今までのこと、これからのこと2
京都駅の構内にある喫茶店に落ち着いた私達は、コーヒーを一口飲んで顔を見合わせた。
国見莉緒(くにみりお)さんは、私が朱雀店に入社した時にお世話になった先輩だ。当時朱雀店は店長、瀬川君、国見さん、花宮健太(はなみやけんた)さんの四人で回していて、店長は店に居ないわ瀬川君は自室に引き籠もってるわで、国見さんと花宮さんにはたくさん助けられた。
そもそもアルバイト募集していたのは国見さんと花宮さんが就職で朱雀店を辞める為だったので、しばらくしたら二人とも退職してしまった。短い間だったが気さくかつ丁寧に仕事を教えてもらい、本当にありがたい存在だった。国見さんに会うのは二人が退職したぶりだ。もともとキツめの美人って感じだったが、大人っぽくより磨きがかかっている。
「国見さんはお時間大丈夫だったんですか?」
「うん、私は大丈夫。ほんとはさっさと帰って家のことする予定だったんだけど、ま、雅美ちゃんに会ったって言えば健太も許してくれるでしょ」
「花宮さん?」
「へへ、まぁね。実は……」
国見さんはそう言って左手の甲を私に見せた。揃えられた指の端から二番目ーー薬指にシンプルな指輪がついている。
「えっ!ご結婚されたんですか!」
「うん、今年の頭に」
「うわ~!おめでとうございます!」
国見さんと花宮さんは、朱雀店で働いていた当時から付き合っていた。お似合いな二人だとは思っていたが、まさか本当に結婚してしまうとは。
「つい先月結婚式だったんだ」
「お写真見たいです!」
「恥ずかしいな~。スマホにはあんまり入ってないんだけど」
そう言いながらも、国見さんはにやにやしていた。気の強い国見さんと尻に敷かれがちな花宮さんってイメージのカップルだったが、今の彼女の表情を見るとお互いがお互いを好きなのが伝わってくる。
「これが会場。友達滋賀に多いし滋賀でやってもよかったんだけど、今京都に住んでるからこっちで挙げた」
「今京都なんですか」
「うん、健太の仕事がこっちだから。同棲してからも私はしばらく滋賀まで通ってたんだけど、入籍のタイミングで辞めたんだ。で、これが一着目のドレス。健太がこれがいいってうるさくて」
寿退社か~。浮いた話が無い私だが、憧れるといえば憧れる。やっぱり辞める理由はそれが一番幸せだよね。
「これがケーキ。迷ったけど結局四角のやつにして。これが二着目。濃い色の方が似合うってプランナーさんに言われたから、青にした」
「きれいな色ですね。白もよかったですけどこっちもいい」
「で、最後に友達と記念撮影。見て、この健太の間抜け面」
そう言いながら国見さんは花宮さん顔をアップにした。大人っぽくはなっているが、花宮さんも変わらない。写真の彼も人懐っこい笑顔を浮かべている。
「いいですね~。結婚とかあんまり考えたことないんですけど、話聞くとやっぱり憧れちゃいます」
「雅美ちゃんはそういう話ないの?」
「全然ないですよ。あの頃から一度も恋人もいませんし」
「気になる人は?」
「も無いです。私の頭が今そういうモードにないんでしょうねぇ」
「まぁまだ若いからね。出会いを待つスタンスで良さそう。大学でもバイトでも出会いなんてたくさんあるし、そのうち素敵だな~って思える人に出会えるんじゃない?」
「そうですねぇ。好きな人とか自然にできたらなーと思うんですけど」
ここで国見さんはやにわにメニュー表に手を伸ばした。開いてこちらに見せてくる。
「ちょっとお腹空かない?軽くケーキとかどう?」
「いいですね」
学校帰りでちょうど小腹が空いていたのである。こういう日はたいていバイト前にコンビニに寄ってお菓子やパンを買い、カウンターで食べるのだ。私と国見さんはロールケーキとスフレを注文した。
「結婚したらやっぱり生活って変わります?」
「そうだね~。まぁでもしばらく同棲してたし、そこまでかな?相手中心の生活には気をつけてるつもりだけど。今日とかも、健太は仕事だから帰ってくる前に夕飯の支度して、洗濯とリビングの掃除もできたらいいなって思ってたけど。ほら今日はさ、私は昼間友達と遊びに出かけてたから。余計に」
「国見さんも今なにかお仕事してるんですか?」
「うん、ドラッグストアで週四回、パートで。健太もまだ若いしそんなにお給料あるわけじゃないからさ。年取るごとに上に行けるタイプの会社だから、死ぬまで働けって言ってるんだけど」
国見さんはそう言ってカラカラと笑った。
「何でも屋が京都にもあればそこに応募したんだけどねぇ」
「朱雀店での実績があれば採用間違い無しですもんね」
「それに何でも屋って給料良かったし。二年目で二十万とか貰えたもんね」
「たしかにそう考えるとドラッグストアで働くより稼げるんですね」
「今のパート先、手取り十万とかだからねー。生活の足しになるくらい」
国見さんはほっとため息をつくと、コーヒーに口をつけた。
「でもまぁ、こんな自由にしてられるのも今のうちだけだしね。やっぱり子供産まれたらとか考えると」
「そっか、ゆくゆくはそうなりますもんね」
「そうだね~。やっぱり子供はいてほしいもんね。二人がいいな。兄弟いる方が楽しそうだし」
「私も兄と姉がいますが、兄とは喧嘩ばっかりでしたよ。まぁおかげで寂しくはなかったですが」
「お姉さんもいたんだ。お兄さんの話は何度か聞いたことある気がする」
「姉は仕事で独り暮らししてるんです。だからあんまり話題に上がらなかったんでしょうね」
ロールケーキとスフレが届いて、私達は無言で一口目を口に運んだ。シンプルな味だが美味しい。国見さんもスフレに満足したようだ。
「店長と瀬川君元気?」
「相変わらずです。瀬川君は部屋から出てこないし、店長は店にいません」
「ははは。あの頃は私と健太が外仕事多かったから店長もけっこう店にいたんだけどね」
「そういえばそうでしたっけ」
「瀬川君は変わらずか。ずっと部屋にいるよねほんと。座敷わらしかと思ったよ」
「なんか懐かしいですね。最初国見さんに座敷わらしだって紹介されたから、実際会うまで女の子だと思ってたんですよ。瀬川君のこと」
「そんなこともあったね。瀬川君部屋にこもりきりだけど、店長とは仲いいよね」
「そうかもしれませんね。まぁだいぶ付き合い長いみたいですしねぇ」
「前にさ、バイト終わりに私と健太が瀬川君をご飯に誘ったんだけど断られて、でもその後店長と食べに行ったりしてたんだよ。もうびっくりだよね」
「なんと言うか、瀬川君らしいというか」
「それから私達が誘うと迷惑なのかなーとか、ちょっと気を遣ったしね。ていうか店長好きすぎだしねあの子」
「私それ気づくのにけっこうかかりましたよ」
「ほんと?見てたらすぐにわかったけど。特に初対面の時の店長以外アテにしてませんオーラ。私達の方が後から入ったからね」
「あー、まぁ初対面の時はたしかに愛想悪かったですけど、今でもそんなに変わらないというか。基本的に感情死んでますし、瀬川君」
「雅美ちゃんも言うようになったね~。店長がふらふら出掛けることにいちいち慌ててたあの雅美ちゃんが」
「さすがに慣れましたよ」
私と国見さんは声を揃えて笑う。お腹が空いていた私はロールケーキをペロリと食べ終えた。
こうして国見さんと話していると、何でも屋に入社したての頃を思い出す。振り返ると様々な依頼を熟してきたものだ。
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