今までのこと、これからのこと




十一月十二日、木曜日。学校帰り、明日は河川敷の掃除かぁ、怠いなぁなんて思いながら電車に揺られている時だった。どこかの駅に着き、端っこの席に座っていた私の耳にドア付近の会話が飛び込んできた。「じゃあ、今日はありがとね」「こちらこそ。また遊びに行こ」というごくありがちな内容なのだが、何かが引っかかったのだ。

試しに顔を上げて会話の主の片割れを確認してみるが、その人物はこちらに背中を向けている。おそらく二十代、茶髪を背中まで伸ばしている女性。ここは京都駅の一つ手前、普段用があるような場所じゃない。

気のせいか、と思い再びぼーっとしようとした時、件の女性がふいに横顔を向けた。私はその顔に見覚えがあり、ついじっと見てしまう。絶対に見たことがある。誰だっけ誰だっけ誰だっけ……。

中高時代の部活の先輩、前のバイト先の仕事仲間、過去に何でも屋を利用したお客さん……。様々な女性をピックアップするもどれも該当しない。そうこうしている間に、女性が完全にこちらに顔を向け、ガン見する私と目があった。その瞬間、彼女が誰だか唐突に思い出す。

「国見さん!」

「雅美ちゃん!?」

スマートフォンを操作していた彼女は、驚いた顔でこちらを見る。それは私も同じだ。彼女は私が朱雀店に入社した時にいた三人の先輩のうちの一人だ。

隣に座っている乗客がちらっとこちらに視線を向けた。私は慌てて声のボリュームを下げて話しかける。

「わー!国見さん!お久しぶりですね!」

「ほんと、久しぶり!全然気づかなかったよ!」

「私もついさっきまで気づかなくて、何か聞き覚えのある声だなと思ったところだったんですよ」

国見さんはドアの横から私の前に移動する。残念なことに他の席は空いていなくて、立たせてしまうのが申し訳ない。

「学校帰り?」

「はい。これからバイトに向かうところです。まだ続けてますよ」

「へぇ!まだあそこで働いてるんだ。なんか嬉しいな」

「国見さん達が辞めちゃったあと、結局誰も入ってこなくて、今店長と瀬川君と三人なんですけど」

「あー、はは、まぁなかなかねぇ。でもまぁあの二人仕事できるし問題ないでしょ。雅美ちゃんも今じゃ立派にやってるんじゃない?」

「いやー、私なんてまだ全然です。なかなか仕事も任せてもらえませんし」

そう言って苦笑すると、国見さんは励ますように強く笑った。

「まぁ下が入ってこない事には受付係しとくしかないからね。でも雅美ちゃんいなきゃ回らない仕事もあったでしょ」

その言葉には曖昧に同意したが、実際人手が足りなければ他店舗から応援を呼べばいいだけで。あー、私って本当に正社員になれるのかな?

「今日は何か依頼入ってるの?」

「今日は何もないんですけど、明日河川敷の掃除しなきゃで」

「うわー、そういうの懐かしい~。健太と二人でよくやったなぁ」

「私もお二人に着いて回ってた頃が懐かしいです」

「雅美ちゃん真面目だったから教えがいあったよ。むしろ私達がふざけててごめんね」

国見さんはそう言って頭を掻いた。ストレートの茶髪がさらさらと揺れる。

ここでアナウンスが京都駅に着くことを告げた。

「ねぇ雅美ちゃん、今日特に依頼ないって言ったよね?」

「はい」

「よかったらちょっとお茶してかない?京都駅なら近くに何かあるでしょ」

その言葉に、私は「是非!」と大きく頷いた。



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