Boys be ambitious7




「朱雀店に来るのは久々ですが、あまり変わっていないようですね」

男性は店の中を見回しながらそう言った。私はその口ぶりに驚き、質問が口をついて出る。

「もしかして、何でも屋の方なんですか?」

「あれ、言ってなかったんですか?」

驚いた私の問いを聞き、男性も少し驚きながら店長の方を見る。店長は「そういえば言ってなかったかも」とまた適当なことを言った。

「私は青龍店の副店長をさせてもらっている、相楽俊治(さがらしゅんじ)といいます。君は確か荒木さん……だよね?」

「はい、荒木雅美です。私のことご存知なんですか?」

「朱雀店は従業員の数が少ないからね。瀬川君とはたまに会うよ。彼は冷静で賢い子だね」

確か独尊君にも同じことを言われた気がする。それでなくとも朱雀店は浮いてるし、もしかしたら他の店舗の人も私の名前くらいは知っているのかもしれない。

「そういえば、うちの店長何とかなりませんかね?この前だって余計なことして依頼人カンカンになって怒ってましたし……。蓮太郎君から何か言ってやってくださいよ」

俊治さんは身を乗り出してそう言った。店長は面倒臭そうに目を細める。

「志歩に言わせればいいじゃん。僕が言っても聞かないでしょ」

「彼女はもう諦めてますよ」

「諦めてるか諦めてないかって言われたら最初から諦めてた気がするけどね、あいつ」

店長が全く乗り気じゃないので俊治さんはガックリ肩を落とした。初輝君が手を伸ばして俊治さんの袖を引っ張る。

「なぁなぁ、せっかく来たんだから何かして遊ぼうぜ」

兄の言葉に来輝君もうんうん頷いた。俊治さんは困ったように眉を下げる。

「いや、今日は帰ろな?お父さん仕事残して来ちゃったから」

その言葉に初輝君も来輝君も「えー!」と不満の声を上げる。俊治さんは腰を上げると、二人の腕を掴み、引き上げるようにソファーから立たせた。

「蓮太郎君も忙しいみたいだから今日は帰ろう」

「じゃあちゃんとまたここに連れてきてくれる?」

「もちろんだ」

「嘘ついたら針千本飲ますんだからね」

「わかったわかった」

お父さんに説得され、幼い兄弟は渋々帰ることを承諾した。よかった、これでいつもの静かな朱雀店に戻る。

「それじゃあ蓮太郎君、お世話になりました」

俊治さんは両手に初輝君と来輝君の手を握って、こちらにペコリと頭を下げた。私も会釈を返し、店長はひらひらと手を振る。

「先日の仁井田さんの件、よろしくお願いしますね」

「はいはい」

俊治さんは息子達を引き連れて自分の店に帰って行った。途端に店の中が静かになる。空になったオレンジジュースの氷がカランと音を立てた。

「お父さんが副店長ってことは、あの二人と店長も親戚なんですか?」

「うん、又従兄弟だよ。陸男と同じだね」

陸男さんと同じってことは、花音ちゃんとも同じってことか。つまり、俊治さんは花音ちゃんの親の兄弟ということだ。

「あの二人も将来どこかの店長になったりするんですかね」

「さぁ、どうだろうね」

その時、テーブルの上のスマホが鳴った。ちゃんと電源を入れ直したことに何故か安心する。俊治さんも「忙しい時に……」的なことを言っていたし、仕事の電話がかかってくるのではと心配していたのだ。

店長はテーブルまで戻ってスマホを手に取り、ディスプレイを確認した。しかし通話には出ずにまたテーブルに置く。

私はその様子を眺めながら、どっと疲れた両脚でゆっくりとそちらに近付いた。

「仕事の電話じゃなかったんですか?」

「んー……、とりあえずそこ座って」

コップを片付けようと手を伸ばした私は、それを聞いてストンと腰を下ろした。すると店長は私の前に片膝をついて屈んだ。

「どこか怪我した?」

「えっ、」

「あの二人と遊んでくれたんでしょ?あいつら加減知らないから」

「あー……、まぁ、ちょっとアザができたかも、って感じです」

心の中では不満タラタラな私だったが、面と向かって聞かれると何故だか言いにくくて、あやふやな言い方をしてしまった。それに店長が悪いわけでもないし。

「大丈夫?冷やす?」

「冷やす程でもないと思うんですけど……」

私はパンツタイプになっているロングスカートの裾を少し捲くって、スネの傷が見えるようにした。すり傷という程でもないが、皮膚と擦れて赤くなっている。そんなに大したことのない傷だったので、店長は安心したようだ。

「このあと青くなるかもね」

「ですかねぇ」

「怪我はこれだけ?」

「そうですね」

そう聞かれて腰と右腕の痛みが頭を過ぎったが、特に言及せずにしらばっくれた。こんなに心配してもらうとそれはそれで申し訳ない。

私の答えを聞くと店長は立ち上がった。私はつまんでいたスカートを離す。

「でも様子がおかしかったらちゃんと病院行ってね」

「はい」

「来るの遅くなっちゃってごめんね」

「いえ、店長が謝ることじゃないので。あの二人には手を焼きましたけどね」

私がタハハとでも言いそうな顔で笑うと、店長は小さく息を吐いた。その時、テーブルの上のスマホが鳴る。

店長はスマホを耳に当てるとそれを肩で押さえて、素早くコップをお盆に乗せるとそれを持って店の裏に消えた。電話をしに行くついでに洗い物を台所に持って行ってくれたようだ。

私は常備されているウエットティッシュを二枚ほど引き抜くと、テーブルを拭いた。ゆっくり時間をかけて拭き、ゴミ箱にティッシュを捨てる。無駄にひと息つき、緩慢な動きで立ち上がった。さっきのコップを洗おうと思ったのだが、電話中の店長が近くにいたらビミョーだなぁと、時間稼ぎをしていたのだ。

ソファーから一歩出たところで、足音が近付いてきたので立ち上がる。暖簾を払って顔を見せた店長は、私と目を合わせるとこう言った。

「雅美ちゃん、僕ちょっと出かけてくるけど店お願いできる?」

「あ、はい」

「何かあったらリッ君に言って」

「わかりました。行ってらっしゃい」

店長は伝えることだけ伝えると、バタバタと出て行ってしまった。裏口が閉まるバタンという音が聞こえる。どうやら本当に忙しいらしい。特に新規の依頼人は来ていないのだが、一応店長には店長の仕事があるようだ。

私は台所へ入ると流しを覗いた。そこにコップはなく、洗浄済みの五つのコップが隣のカゴに置いてあった。どうやら店長が洗ってくれたらしい。

自分の分の紅茶を淹れて店へ戻る。確かファイル整理が途中だったはずだ。だが、いったいどのファイルだっただろう。

私は本棚の前に立ってその背表紙に目を走らせた。まぁ、なるべく年代順に整理をしているから目当てのファイルはすぐに見つかるだろう。

四、五分後、一冊のファイルを持ってカウンターへ向かう私の姿があった。




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