Boys be ambitious6




「でも何も言わずに来るなんて、親は心配するじゃないですか?」

「いなくなってことにも気づいてなかったみたいだけどね」

店長がスマホをいじっていたのは、やはりこの兄弟の親と連絡を取っていたようだ。それにしても、自分の子供がいないことに気づかないなんて、親は一体何をしているんだ。

「じゃあ親が引き取りに来てくれるんですか?」

「うん、すぐ来るって」

店長の言葉に初輝君が大ブーイングを放つ。

「えー!なんで呼んだんだよー!もっと遊ぼうぜー!」

「かまってあげたいけど今日忙しいんだよね」

「このオバサンは暇そうにしてたじゃねーか!」

「だからオバサンって言わないの!」

私はこちらを指差す手を再びパシンと叩いた。

「いってー!このオバサンすぐ叩くんだよ!」

「僕も掴まれた腕が痛かったんだよね」

「私なんてタックルかまされてスネ蹴られてファイル投げつけられたんだけど」

冷静にそう言ってやると二人は気まずそうに黙った。店長の前だからこれ以上突っかかるのはマズイと判断したのだろう。

とにもかくにも、親が迎えに来てくれるというのなら一安心だ。どれぐらいで到着するのかわからないが、それまでこの兄弟を見張っていればいいのだろう。

私はふと視線を落とし自分のスネを見た。擦り傷のようなものができていて赤く腫れている。どうやら、小学生独特の頑丈な作りのスニーカーで蹴られたために、擦れて細かい傷ができてしまったようだ。血は出ていないがヒリヒリする。親が来るまで見張っているだけとは言ったが、その見張るというのが大変なのかもしれない。まぁ、店長がいると割合静かなようだが。

「私お茶淹れてきます」

つい何度もため息をついてしまう。無意識に腰をさすりながら立ち上がると、店長にそう告げて台所へ向かった。このため息ついちゃう癖、何とかしなきゃなあ。

お茶二つ、オレンジジュースを二つお盆に乗せ、店へ戻る。店では店長が誰かと通話中で、 その横で兄弟がぎゃあぎゃあと笑い合っていた。小学生が「うんこ」の一言でこんなに笑えるの、すごい不思議。

店長が電話中だから静かにしといた方がいいかと思ったが、兄弟がこのレベルで騒いでいるなら私が気をつける意味もないだろう。口調からして仕事の電話でもなさそうだし。そう判断して、私はガチャガチャいわせながらテーブルにコップを置く。兄弟はオレンジジ

ュースに飛びついて、それを飲んでいる間だけは静かになった。

「……だからちゃんと期限確認しただろ。……お前が三徹したとかどうでもいいし。……はいはい。次はもっと余裕もって上げろよ。受け取りに行くこっちの身にもなって……いや、それはいい。絶対来るな……いいから……。…………」

店長はしばらく携帯を耳に当てていたが、突然通話を切った。私の幻聴でなければ相手はまだ話し中だったような気がするのだが。直後また電話がかかってくるが、店長がスマホの画面をスッとスワイプすると着信音は消えた。その直後にまた着信音が鳴るが、店長はスマホの電源を落としてしまうと、それをテーブルの上に置いた。

「いいんですか電話無視しちゃっ……」

「蓮太郎!暇になったら遊ぼうぜ!」

「遊ぼうぜ」

世間話を始めようとした私の声は、初輝君の大きな声にかき消された。私はそっと口を閉じる。無理に張り合うつもりはない。疲れるし。

「二人で遊んできなよ。ここ遊ぶもの何もないし」

ノリの悪い店長に二人の小学生はブーイングを上げる。店長はそれを「はいはい」と窘めた。どんなにブーイングが飛んでこようとソファから腰をあげるつもりはないらしい。

テーブルの上のコップが空になってしばらくたった頃、店の引き戸が控えめに開いた。この開け方は間違いなくお客さんだ。私は素早く立ち上がり、来客を迎えるためそちらに出向いた。

「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

引き戸を開けたのは四十歳程の男性だった。年相応に少しふくよか……いやガッチリ?めな体型で、深い緑色のスーツを着ている。すっきりと短い髪の毛は清潔な印象だ。男性は両手をパタパタと振ると、申し訳なさそうに言った。

「いえ、違うんです。ここにうちの子がお邪魔していると聞いて……」

父親の声を聞きつけてか、店の奥から初輝君と来輝君が駆けてきた。親が迎えに来ることは彼らにとって不満だったようで、二人ともプリプリと怒っている。

「何で来たんだよー!」

「別にボクらだけでも帰れたからね」

「お前達なぁ、勝手にこんな遠くに行ったらダメだろう」

父親の注意に、兄弟は「ほらやっぱり怒る」「これだから大人は」という顔をした。私から言わせれば、これだから子供はって感じだが。

「店長さんはいるかな?」

「あ、はい、奥に」

ぶーぶー言う兄弟の手首を握り、男性は私に問いかける。私は慌てて手のひらで店の奥を示した。

男性が兄弟を引き連れて店の奥へ行くと、何か資料のようなものを捲っていた店長が顔を上げた。いつもと違う位置に座っているので、こちらから歩いてゆくと変な感じだ。

「すみません蓮太郎君。うちの子達が」

「いいよ別に。僕もさっき帰ってきたところだし」

「特例が重なって忙しい時期にご迷惑をおかけしました。仕事の邪魔になったでしょう」

「まぁ雅美ちゃんが相手してくれてたみたいだしね」

店長が私の名前を出すと、男性はこちらを振り向いた。済まなさそうな顔で頭を下げる。

「すみません、うちの子達は言うことを聞かないので大変だったでしょう」

「いえ、大丈夫ですよ」

私は「ええ、本当に」という言葉を飲み込んで笑顔を作った。こちらは身体のあちこちに青痣ができたわけだが、わざわざ口にするようなことではない。この父親がダメな親だったら文句の一つでも言ってやろうと思っていたが。

彼は息子達を迎えに来ただけだが、一応お客さんなのでソファーに座るよう勧める。男性は一度は断ったが、お茶を淹れますからと言うとペコペコしながら腰を下ろした。私は台所でお茶とオレンジジュースを用意し、テーブルに並べる。

私の席に男性が、二人がけの席に兄弟が座ったので、私は座る場所がなくなってしまった。仕方がないのでカウンターに座ろうとしたが、男性が気を遣って息子達に席を詰めるよう言った。私は空いたスペースにすっぽりと収まる。




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