Boys be ambitious2




「じゃあとりあえず店の方に戻ろっか」

しかし二人は足を踏ん張り、意地でも動こうとしない。

「誰がメガネの言うことなんか聞くかよ!」

「言うこと聞いてほしいならちゃんとお願いしてくれないと困るね」

私は一度ため息をつくと、笑顔を作って言った。

「ここにいたらさっきのお兄さんにまた怒られちゃうよ?」

結果二人は素直に店に向かってくれた。私は二人をソファーに座らせ、自分も腰掛ける。ジュースでも出すべきなのだろうが、台所に行っているうちにまたふざけ出されたら困る。

「じゃあまず二人の名前を教えて?」

「何でお前なんかに名乗らなきゃなんねーんだよ!」

「人に名乗らせる前にまず自分が名乗るべきだと思うね」

私はクソガキ……いや、男の子達の態度にこめかみがピキッとするのを感じたが、何とか笑顔をひねり出した。自分が引き受けると瀬川君に言った以上は我慢しなければならない。

「私は荒木雅美。雅美お姉さんって呼んでね」

「雅美お姉さんだって!ぷーっ!」

「呼び方を強要しないでほしいね。何て呼ぶかは僕らで決めるよ」

私はふるふると震える右拳を、何とか左手で押さえた。相手は子供、相手は子供、我慢我慢……。

「私も自己紹介したから、次は君達の名前を教えてくれるかな?」

「やだよーだ。バカ雅美ー!」

「そっちが名乗ったからこっちも名乗るとか約束してないからね」

このクソガキが~ぁ。やっぱり一発殴ってやろうか。こういう子は一回痛い目みないと言うこと聞かないんだよ。私がついに拳を振り上げたところで、兄がぴょんとソファーから立った。同時に弟の方が私の拳に気づく。

「なに、もしかして殴るとか?そんなことしたらお父さんに言いつけるよ」

「ぼーりょくなんてサイテーだな !暴力メガネ! 」

弟の言葉を聞き兄も囃し立てる。私は今にも拳を振り下ろしそうになったが、何とか堪えた。親に言いつけられるのは困る。

「なんだよ殴んねーのかよ。ヘタレメガネ!」

「大人は子供を殴れない世の中なんだよ」

「バッカみてー!バーカバーカ!」

くっそ―~ぅ。殴りたい!殴ってスッキリしたい!瀬川君に叩かれた時はこんなこと言わなかったのに、私完全にナメられてる。

「オレ探検してくるー!行こうぜ来輝!」

「ついてこないでよね」

兄が駆け出し、弟も私に一言告げるとその後を追った。二人は

再び店の裏へと飛び込む。私も慌てて立ち上がりその後を追った。

今あの子達についてわかっていることといえば、弟の名前だけだ。しかも直接教えてもらったわけではなく、兄の方がそう呼んだから分かっただけ。こりゃ本当にお巡りさんに来てもらった方がいいかもしれない。迷子がいると言えば来てくれるだろう。

兄弟が飛び込んだのは台所だった。これ以上先に行くと瀬川君が出てくるから怖いのだろう。私も初見で一発ガツンと決めとけばよかった。今更遅いが。

「こら!どこに乗ってんの!降りなさい!」

私が台所に飛び込むと、兄が流し台によじ登ったところだった。引き出しを足場にしたようだ。彼は靴のまま流し台に立っている。

「バカメガネが来たぞー!」

「やっちまえ兄ちゃん」

引きずり降ろしてやろうと近づいた私に、兄が両手をクロスして腰を落とす。まさかと思った次の瞬間、そのまさかの事態が起こった。兄が私をめがけて飛び降りたのだ。

「ジャスティスアターック!」

「ぎゃあ!」

私は反射的に腕で頭をガードする。直後に兄が私に激突し、私は勢いよく後ろに倒れた。腰を床に強打し、おまけに後頭部を壁に打ち付ける。そのあまりの痛みにすぐには立ち上がらなかった。

「やったぜ、怪人メガーネを倒したぞ!」

「さっすが兄ちゃん!かっこいい!」

私のすぐ隣に着地した兄は、両膝を軽く打った程度で済んだようですぐに立ち上がる。おそらく私が衝撃のほとんどを吸収したおかげだろう。反対に私は未だ腰の痛みにのた打っている。

「わかったか怪人メッガーネ!正義にたてつくとこういうことになるのだ!」

「さすがジャスティスライダー!正義は必ず勝つからね!」

私を見下ろして決めポーズを取る兄に弟の歓声が飛ぶ。クソガキが、どっちが悪でどっちが正義だよ。明らかに私が被害者じゃないか。って言うか怪人の名前変わってるじゃねーか。

「弟よ、俺は喉が渇いたぞ!」

「冷蔵庫に何かないか見てみる」

「勝手なことしないで!」

弟がまるで自分の家の冷蔵庫かのようにその扉を開ける。私はようやく上体を起こしたところで、声で注意するのがやっとだった。

「げー!なーんもねぇ!」

弟の背後から冷蔵庫の中を覗き込んだ兄が不満を吐く。私は腰をさすりながら立ち上がり、冷蔵庫の扉をバタンと無理やり閉めた。

「なんで閉めんだよ!」

「お客さんが来てるんだから飲み物くらい出してほしいね」

「そうだぞバーカ!ケチババア!」

こんなに可愛くない子供って世の中にいるのだろうか。さすがにイラついた私は殺気を放ちながら二人を見下ろす。

「君たちみたいな悪い子はお客さんでも何でもありません」

「家に来た人はみんなお客さんなんだぞ。そんなことも知らねーの?メガネはバカだなあ!」

「客かどうかはボクらが決めるからね」

「そうなんだぞ!わかったかメガネババア!」

「そのババアって言うのやめなさい」

「じゃあオバサン!」

兄は口の端で指を引っ張り「い~~っ」と言った。 弟もボソッと「バカでメガネのオバサン」とつぶやく。私は今すぐサンドバッグにしてやりたい衝動を必死に抑え込み、弟の腕をガッと掴んだ。

「いい加減もう警察呼ぶから。外に出なさい」

掴んだ腕を思い切り引っ張るが、小学校低学年にしてはなかなか踏ん張る。当初の私のイメージでは店の外まで引きずり出していたのだが、現実では一歩も動いていなかった。

「痛いじゃん、離してよオバサン!」

弟が必死に腕を引き抜こうとするが、私は絶対に離さない。血の流れを止めてやるというくらいの力でその腕を握った。しかし突然私の腕に衝撃が走る。

「来輝を離せ!ジャスティスパンチ!」

兄が拳を振り上げ、思い切り私の腕に振り下ろしたのだ。衝撃への準備を何もしていなかったせいで、その攻撃をもろに食らう。私はつい弟の腕を掴む手を離してしまった。あと、それはパンチじゃなくてチョップだと思う。

「今だ来輝!」

「うん!」

弟はするっと私の脇をすり抜け脱出した。私がそちらに気を取られていると、兄にスネを思い切り蹴られる。骨を伝う痛みに私はしゃがみ込み足をさすった。

「来輝をいじめた罰だ!」

「兄ちゃんありがとう!」

「怪我はないか弟よ」

「腕がちょっと痛いよ」

背後で繰り広げられている会話を私は歯ぎしりしながら聞いていた。いじめられているのは私の方だし、怪我があるのも私だ。私は視界が滲むのを、奥歯を噛み締めてこらえながらスネをさすった。

「怪人メーガネは俺がやっつけた!街は平和だ!」

「やっぱり兄ちゃん強いね!」

「よーし!基地に戻るぞ!ついて来い弟よ!」

その掛け声と共に兄は走りだし、弟もそれについて行った。二人は店の方へ行ったようだ。私はゆらりと立ち上がり、

ゆっくりとそれを追った。




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