Boys be ambitious




十一月八日、日曜日。私は自分でついたため息のあまりの大きさに驚いた。もはや深呼吸の域だ。

私は今までに何度同じことを言っただろう。次から次へと紅茶の缶を開けるなと。それを今なんて、フタを開けたまま台所に缶が置きっぱなしだ。昨日買ったばかりの紅茶を使い物にならなくする気か?

私は紅茶の缶にきちんとフタをして、開けっぱなしの戸棚に片付けた。ついでに流しに置いてあったコップも洗う。一仕事済ますと、私はようやく自分の部屋へ向かった。

部屋に荷物を置き、腰にエプロンを巻く。ポケットにスマホを滑り込ませて部屋を出た。もうすっかり慣れた動きだ。三分とかからずにできる。

店に出る前に台所に寄り、コップを二つ用意する。ちゃんと古いものから選んで紅茶を淹れる。一つをお盆に載せ、瀬川君の部屋へ向かった。

ドアをノックすると、部屋の中からイスから立ち上がる音がして、ドアが開いた。私はまず瀬川君に紅茶をわたす。

「店長どこ行ったか知ってる?店にいないみたいだけど」

「さぁ……。出掛けたことにも気付かなかったよ」

「そっか……。まぁそのうち帰ってくるよね」

私はほんの一言二言の会話を終え、瀬川君の部屋を後にする。もう一つの紅茶を持って店に出て、本棚からファイルを一冊抜き出してカウンターに座る。今日もお昼までファイル整理をして、午後は店の掃除をするっていういつものコースだな。

一時間程ファイル整理をしていると、突然目の前の引き戸がバンバンと鳴った。引き戸のガラス部分を、誰かが手の平で叩いているのだ。

「な、何……?」

突然の出来事に少しだけ怖くなる私。こんなことするの普通の客じゃない……。でもこんな間昼間から不審者が来るだろうか?私は意を決して立ち上がると、そっと引き戸を開けた。そして目の前の光景にびっくりする。

「こ、子供!?」

「子供じゃねぇよーぅだ!オレもう二年生だぜ!?」

「え、ええと……」

引き戸の前で胸を張る子供に、私は戸惑いの表情を浮かべた。引き戸をバンバン叩いていた者の正体は、二人の男の子だった。どちらも小学校低学年くらいだ。まだ言葉を発していない子の方が少し小さいか。

私は中腰になって男の子達と目線を合わせると、笑顔を作った。

「ボク達は何をしにここに来たの?お父さんかお母さんは?」

「うっせーメガネ!」

前に立っていた方の子が、暴言を吐くと私のメガネに手をのばした。私はそれを避けるため咄嗟に後ろに上体を逸らすが、そのせいで思い切り尻もちをついてしまう。

「だっせーの!バーカ!」

「バーカ!」

男の子は尻もちをついた私の横を、なんともムカつく言葉と共にすり抜ける。背の低い方の男の子もオウム返しのように「バーカ」と言いながら、おそらく兄であろう子の後を追った。

「あ、ちょっと!待ちなさい!」

男の子達が店の裏へ駆けて行ってしまったので、私は慌てて立ち上がりその後を追う。私の制止なんて聞きやしない。

男の子達はすばしっこい動きで台所の脇をすり抜け、掃除用具のロッカーの前を通り、靴も脱がずに廊下の上に乗った。

男の子達が、左と目の前の階段と右、どこに行く?というようなアイコンタクトを飛ばしあったとのろで、すぐ左の瀬川君の部屋のドアが開いた。彼は二人の男の子を上から下まで眺めると、無言のまま近づき、持っていたファイルで兄の頭を思い切り叩いた。バシンッという音が廊下に響く。

「いって~」

「ここは土足厳禁」

頭を押さえて瀬川君を睨む兄に、瀬川君は冷たく言い放った。瀬川君が弟に目を向けると、弟はパッと頭に手をやりながら土足区域まで下がる。

「瀬川君!」

私はようやく三人に追い付く。この男の子達にも言いたいことは山ほどあるが、とりあえずまずは現状確認だ。私は瀬川君に顔を向ける。

「この子達知り合い?」

「いや……、見たことないけど」

知り合いでも何でもない余所のお子さんの頭を思い切り叩いたのか。瀬川君による制裁は老若男女平等に下されるようだ。

「君達どこから来たの?親は?」

「うるせーバーカ。お前それしか言えねーのか」

「頭の悪いメガネ」

私がつい拳を握ったところで、瀬川君が二人の頭をバシンバシン叩いた。私はそっと拳を下げる。

「客じゃないなら帰って。邪魔だから」

瀬川君が無表情無抑揚で言い放つ。幼い兄弟は彼を危険対象と判断したのか一歩下がった。瀬川君もイライラしているように感じる。子供が苦手なのかもしれない。

「ううううう、うるせーぞ。バーカバーカ」

「ボクらが客じゃないって証拠はどこにあるの?」

「なら客だっていう証拠はどこにあるの?」

瀬川君は兄の方を完全にスルーして、弟の方にそう返す。二人は素直に押し黙った。それにしても、兄と弟の語彙力の差も気になるところだ。

「帰らないなら警察呼んで引き取りに来てもらうから」

「ケーサツなんて怖くねーぞ!」

「警察がそんなことで動いてくれるの?」

「さぁ、動くんじゃない?あそこの交番いつも暇そうだから」

瀬川君がスマホを取り出したのを見て、二人の男の子は明らかにビビり始めた。私はそんな二人がちょっと可哀想になって、瀬川君にこう言ってしまう。

「ま、まあ、もしかしたら本当に何か用があるのかもしれないし。私が店の方で話聞いてみるからさ」

「荒木さんがそう言うならいいけど……」

瀬川君は【110】まで入力して後は通話開始ボタンを押すだけ、というスマホを持つ手をおとなしく下げた。正直、瀬川君がかなりイラついているので、彼から子供達を引き離したかった。

瀬川君は「何かあったら呼んでね」とだけ言い、自室へと消えていった。兄は瀬川君の姿が完全に見えなくなってから「完全勝利!」と叫び、弟は「まぁ当然だけどね」と余裕ぶって言った。私はそんな二人の背中を店の方へ押す。




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