恋愛ウイルス蔓延中2




翌日。十月十二日、月曜日。バイトをしに店へ向かうため、いつもの道をてくてくと歩いている。学校の帰りに寄り道をした今日は、いつもより一時間ばかり遅刻気味だ。

気持ち早めに歩いていると、道中の石積みに独尊君が座っているのが見えた。だからこんな所で待たずに店に行けばいいのに。十月も半ばで肌寒くなってきたし、外で待つのは辛いだろう。

「独尊君、またこんな所で待ってたの?」

「お前おせーよ!一時間半も待ったよ!今日バイト休みかと思ったわ!」

「文句言うなら店で待ちなよ。こんな所で勝手に待ってたのそっちでしょ」

私が正論を言うと、何も言い返せなかったのか独尊君は黙った。私は独尊君の隣に腰を掛ける。前々から思っていたのだが、この石積みは誰かの家の敷地内だ。勝手に座ってもいいのだろうか。

「今日はどっちの話?唯我さん?花音ちゃん?」

「……花音さん」

「私ちょうど昨日会ったところだよ。惜しかったね。昨日の朝来てれば花音ちゃんに会えたのに」

「マジかよ。でも昨日の朝はあのメガネに押し付けられた雑用が……」

鳩の仕事って雑用とかもするんだ。まぁ配送システムがしっかりと確立されている現代で、わざわざ手で運ばなければならない荷物なんてそうそうないか。店舗も全て県内にあるから免許持ってる従業員が自分で運んでもいいわけだし。だとしたら、本来の仕事が無いときは雑用を任されているのも当然か。

「花音ちゃんに会う機会はあるの?」

「全然ねぇよ。何回か仕事で玄武店にも行ったけど、姿さえ見てない。でも用事もないのに店に行くのも変な話だし……」

「社員さんが対応してるのに花音ちゃん呼んでって言うのももっも変な話だしね」

「俺ら鳩が行くと、普通は店長が相手するもんだよ。あの日は店長と店長補佐が出払ってて、おまけに副店長が体調不良で休みだったから副店長補佐の花音さんが対応したんだ。こんなミラクル二度とねーよ」

なるほど、つまり上三人の誰か一人でも店にいる限り、何度玄武店に行こうが花音ちゃんは出てこないというわけか。

「じゃあやっぱり仕事以外で会う方法を考えなきゃだめだね」

「つっても接点ないからなぁ……。学校も遠いし、使ってる路線も違うし」

「学校の帰り道に偶然を装って会うとかは?その近くの店に用事があったとか理由つけて」

「それで出会えたとして、どうやって話し掛けるんだよ」

「この間仕事で会ったんですけど覚えてますか……とか」

「俺のことなんて覚えてねぇよ。ずっと姉ちゃんとばっか話してたし……」

悲観的なことを言う独尊君を、私は少し眼光鋭くして見る。

「そんなこと言って、ほんとは話し掛ける勇気がないだけでしょ?」

「そ、そんなのとねーよ!ただ、よく知らない奴が突然話し掛けて何だコイツって思われねぇかなって思っただけで……」

「ビビってちゃだめだよ!接点がないなら尚更どんどんアタックしないと!」

「で、でもよぉ……」

「男は度胸!」

私が詰め寄ると、独尊君は「おお……」と感嘆した。前から思っていたが、こいつ押しに弱いな。

「わかったよ荒木さん、俺やるよ!その偶然を装ってバッタリ作戦!」

「よく言った!それでこそ恋の戦士だ!」

独尊君がやる気になってくれたところで、戦略を考えよう。

「まず最初に、花音ちゃんがどの道を通って店に向かっているのかを知らないとね。これは玄妙駅から花音ちゃんの後をつければわかるよ」

「ストーキングすんのかよ」

「だってそれしか方法ないでしょ。本人に聞くのもおかしいし」

私はストーキングの正当性を述べたが、独尊君はまだ微妙な顔をしていた。こいつ見た目は不良っぽいのに案外真面目だよね。

「わかった、帰り道調べるのは私がやるよ。女性の私だったら犯罪にならないでしょ」

本当は顔がバレていない独尊君にやってほしかったのだが、本人が渋っているのなら仕方ない。これで独尊君のやる気が削られたら困るし。

「帰り道わかったら報告するね。そしたら言い訳に使えそうな適当なお店見つけよう」

「荒木さん、あんたいい奴だな」

「任せなさい」

私はドンと胸を叩いたが、強く叩きすぎて若干むせた。独尊君の視線が呆れ混じりなものに変わった。

「じゃあ私そろそろ行くね。あんまり遅すぎると二人とも心配するし」

今日はにっしーの所に寄ってきたのでもともと遅れるとは伝えてあるのだが、だからといって遅れすぎるのもいけない。私は石積みからぴょんと飛び降りた。独尊君もそれに続く。

「ああ、また来る」

「次は店で待ってなよ。もう冬が来るんだし」

「それは嫌だ!」

独尊君はそう答えると駅の方へ早足で去っていった。と思いきや、途中で振り返ってこちらに大きく手を振る。私も振り返すと、すぐにまた前を向いて歩いていってしまった。



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