恋愛ウイルス蔓延中
十月十一日、日曜日。時刻は午前十時五十五分。場所は何でも屋朱雀店近くのファミレス。四人用のテーブル。目の前にはレアチーズケーキブルーベリーソース乗せ、出来たてのチーズインハンバーグ。そしてため息をつく花音ちゃん。
「蓮太郎さんはこんなに朝早くからどちらへ行かれているのでしょう」
「ね。黙っていなくなるなんて困るよね」
たぶん花音ちゃんがいないどこかだよ、という言葉は飲み込んで、当たり障りのない返事をする。
今日も朝からバイトへ向かっている途中で、花音ちゃんから電話がかかってきたのだ。今朱雀店にいるからどこか近くで落ち合いましょう、ということらしい。どうやら店に行っても店長はいなかったようだ。いつものことだが。
おそらく今日も「また蓮太郎さんに会えなかったわー辛いわー」という話を聞かされるんだろうなとわかりつつも、断る理由もないのでこうして馳せ参じたわけだ。まぁ花音ちゃんが恋愛相談できるの私くらいしかいないしね。私が聞いてあげなきゃ。
「それにしても、朝からハンバーグって大丈夫なの?」
「今日は朝食を食べてきておりませんの。蓮太郎さんに会うのにぽっこりお腹はいけませんものね」
花音ちゃんはそう答えると、手を合わせてハンバーグを食べ始めた。私はしっかり朝ご飯を食べてきたので、こってりとしたハンバーグを見ていると、胸のあたりが少し気持ち悪くなる。
「雅美さん、私そろそろこの恋にも決着をつけたいのですが、どうしたら蓮太郎さんは振り向いてくださると思います?」
「難しい問題だねぇ……」
私は言葉を濁して答えた。チーズケーキを一口口に含む。どうやったら振り向いてくれるか、そんなもの知っていたらとっくに教えているのだ。
「ではぶっちゃけ蓮太郎さんって私のことどう思っていると思います?」
「うーん……それは……」
「もっとぶっちゃけますと、蓮太郎さんって私のこと女性として見てくださっていると思います?」
「ど、どうだろう……」
たぶん見てない……なんて正直なこと私は言えない。でもこの質問をしたということは、花音ちゃんもうっすらわかっているのではないだろうか。だからといってハッキリ「思わない」とは言えないが。
「でもさ、花音ちゃんと店長って子供の頃本部で過ごしてたんでしょ?だったら女性というよりは妹みたいな感じで接してるのかも……」
「でも幼い頃から一緒にいたというわけでは無いのですわよ?お兄様とはよく遊んでいたみたいですが、私が蓮太郎さんとお話するようになったのは九年ほど前からですわ」
「九年前ってことは、花音ちゃんは小学三年生?三年生なら全然兄弟っぽいよ。だって店長だってまだ十四でしょ?」
「私はその時からすでに蓮太郎さんに恋をしている自覚はありましたわ」
なんておませさんなの。いや、私が疎かっただけなのか?
「あれ?そういえば花音ちゃんと店長って続柄的にどういう関係なの?親族……だよね?一応」
「はとこですわ。またいとことも言いますわね。結婚はできますわよ」
「そこは心配してないけど……」
そっか、はとこか。ということは、親同士がいとこという関係だ。私は頭の中にぼんやりと家系図を浮かべた。
「やはり血縁関係があるから女性として見てもらえないのでしょうか」
「それもあるかもしれないけど、単純に花音ちゃんが高校生だからっていうのもあるんじゃない?」
「高校生はもう立派なレディですわよ」
「こっちはそう思ってても、向こうは違うかもしれないじゃん」
花音ちゃんがモヤモヤを顔に出す。私は一息置いて説得を始めた。
「私だって高校生の時は自分はもう大人だって思ってたけど、大学生になったとたん高校生ってまだまだ子供だなって思うもん」
「つまり私がお子様だということですの?」
「花音ちゃんがっていうか、高校生っていう括りで見たら。やっぱり子供に見えちゃうんじゃないかなっていう」
花音ちゃんの機嫌を悪くしたくなくて言い訳臭い言い方になってしまったが、実際のところそうではないだろうか。花音ちゃんは高校生の中でも大人びている方だとは思うが、年を取ると高校生を「高校生」っていうひと括りで見てしまうものだ。
「となりますと、どうしたら一人の女性として見てもらえますの?」
「それは……高校を卒業してからとか?」
「それでは一歩も進みませんわ。私は今恋をしているのです。今振り向いてほしいのですわ」
「と言われてもなぁ……」
私はわかりやすい説明をするために、少しの間頭の中で言葉をまとめた。
「こんなこと言って申し訳ないんだけど……。要するに、店長からしたら花音ちゃんは恋愛対象外ってことでしょ?だから女性として見てくれないというか……」
「ならどうしたら恋愛対象内に入れますの?」
「そこはやっぱり、花音ちゃんのいいところをアピールしていくしかないんじゃない?相手の対象内に入らないことには女性として見られていようがいまいがあんまり関係ないと思うんだ」
「私、アピールはそこそこしていると思うのですけれど……」
「でも店長基準で考えてるでしょ?もうそれ以前の問題だと思うよ。恋愛アピールは対象内に入ってからの話だよ。まずは花音ちゃんの存在をアピールしないと」
「よくわかりませんわ」
「だから、対象内に入るための存在アピールだよ。相手の視界に入らないと話にならないからさ」
花音ちゃんは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。自分の伝えたいことが上手く言葉で表せなかったのかもしれない。
私は今まで、花音ちゃんに会うたびに様々なアドバイスをしてきたが、そもそもそれが根本的に間違っていたのかもしれない。花音ちゃんのアタック方法だって私がしてきたアドバイスだって、店長の恋愛対象内に入っていることが前提だった。もしかしたら、というかたぶん、花音ちゃんの闘いはリングにすら上がれていないのだろう。
私はすっかり忘れていたチーズケーキの存在を思い出し、ケーキにフォークを突き立てた。それを見た花音ちゃんもハンバーグを一口頬張る。出来たてだったハンバーグは、もう湯気がすっかり姿を消していた。
「そもそも思ったのですが、蓮太郎さんと会う頻度が少なすぎますわ。これでは存在アピールどころではありませんわよ」
「確かにねぇ……。でも花音ちゃんが来ると店長逃げちゃうからなぁ」
「雅美さんに足止めしておくことはできませんの?」
「できたらしてるよ。店長ってどこから花音ちゃんが来る情報仕入れてるのかな?」
花音ちゃんが店に来る少し前、店長はいつも出かけてしまう。これはどこからか花音ちゃん来訪の情報を得ているからだろう。それはわかっているのだけど、どこのどいつが垂れ込んでいるのかがわからない。
「初めはお兄様だと思っていたのですけれど……」
「違ったの?」
「明らかにお兄様が知らないタイミングで会いに行ったことが何度かありますが、やはりお店にはいらっしゃいませんでしたわ。まぁお兄様も密告している人間の一人ではあるようですけれど」
「じゃあ玄武店の従業員の中に店長とグルの人がいるとかは?」
「それも考えましたけれど、その可能性は低いと思いますわ。学校の帰りに直接向かったことがありますけれど、やはり蓮太郎はいらっしゃいませんでした」
だったら一体どこの誰が密告しているのだろう。その犯人がわかれば、店長を花音ちゃんから逃さない方法だって見つかるかもしれないのに。
「どなたか存じませんけれど、本当に迷惑ですわ。人の恋路を邪魔するなんて」
プンスカしながら、ハンバーグの最後の一口を水で流し込む花音ちゃん。それからメニューを手に取り、デザートのページを開いた。
「花音ちゃんって、他に味方作ることはできないの?花音ちゃんの恋を手伝ってるのって私くらいな気がするんだけど……」
「玄武店の方々にもあまり言ってませんわね……。言ってしまってもよいとは思っているのですが、あまりペラペラ話されると困りますし……」
「何で?そりゃ自分のこと噂されるのは嫌だけど」
「蓮太郎さんのお母様に知られると困るんですのよ。あの人蓮太郎さんのことが大好きですから」
「えっ、そうなの!?てっきり逆だと思ってた……」
花音ちゃんは一瞬わけがわからないという顔をしたが、すぐに私の言葉の意味を理解したようだ。
「荷太郎さんも才能あふれる方だとは思いますけれど……。とにかく、そんなわけで、あのお母様に目をつけられたくないんですの」
花音ちゃんは「やれやれ」というため息をついた。それからテーブルの上のベルを押して、やって来た店員にチョコレートパフェを注文した。朝からよく食べる。
「でも花音ちゃんって子供の時から店長のこと好きだったんだよね?その頃もバレてなかったの?」
「それは子供の恋で誤魔化しましたわ。今はお母様の前では気がないフリをしていますの」
花音ちゃんは「大変ですわ」と付け足した。ここで私は唐突に閃く。
「さっきの話に戻るけど、店に来るとき変装して来れば?」
「変装ですの?」
「うん。帽子とかマスクで顔隠したり、服のテイスト変えてみたり。もし誰かが店長に教えてるなら、変装で回避できるんじゃないかなって思うんだけど」
どの時点で密告されているのかはわからないが、玄武店を出る時から変装していれば何とかなるんじゃないだろうか?花音ちゃんだと認識できなければ密告もできない。まぁ、それ以外の方法で花音ちゃん来訪の情報を得ているなら通用しないけれど。
「変装、アリかもしれませんわね」
「言っとくけどこの前みたいに黒いコートにサングラスとマスクはだめだよ?ちゃんと周りに溶け込む自然な格好じゃないと」
「わかりましたわ。やってみます。私、この恋を成就させる為ならなんだってやりますわ!」
私が見てなくて大丈夫かなぁ?変装で大事なのは普段の自分のイメージを払拭することだ。花音ちゃん「変装」という言葉に変なイメージ持ってるから、この前みたいに余計に目立つ格好にならなければいいけど。
「応援してるからね、花音ちゃん」
とは言ったものの、無理だろうなというのが正直な気持ちだ。花音ちゃんが頑張っているのは知ってるし、もちろんその恋が成就すればいいとは思っているのだが。しかし現実というのは残酷なわけで。
店員さんがやって来てパフェを花音ちゃんの前に置いた。チョコレートアイスとチョコホイップにブラウニーが添えてあり、さらにチョコレートソースがかかっている。何ともチョコ尽くしだ。鳥山さんが見たら眉をひそめるだろう。
チョコレートパフェを切り崩してゆく花音ちゃんを眺めながら考える。彼女はもうこの恋を諦めたほうがいいのではないだろうか。今の恋を諦めて新しい恋をした方が、彼女自身幸せになれるのでは。きっと花音ちゃんなら彼氏の一人や二人すぐできるよ。
まぁ応援すると言ったからには、口には出さないけどね。
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