融解、そして凍結3




ようやく朱雀店についたのは、もう四時前だった。時刻を確認するためにスマホを出したのだが、着信が計十件も入っていて戦慄する。とりあえず一言謝罪しなければと恐る恐る引き戸を開けたが、店内は静かだった。

「おはようございま~……す」

誰もいないのかな?と思いつつ店の中を進むが、いつも店長が座っているソファーに瀬川君がいてビクッとする。気配がしなかったんだけど彼は幽霊か何かなのだろうか。

瀬川君は読んでいた文庫本をテーブルに置くと、「おはよう」と挨拶を返した。「おはよう」と言うにはいささか遅い時間だが。それから瀬川君は「店長がいないから僕が言うけど」と前置きしてからこう言った。

「荒木さん今日本部に行ってたでしょ」

「え!?なんで知ってるの?」

「陸男さんから連絡が来たから。店長じゃなくて僕に連絡したことを感謝した方がいいよ」

瀬川君はテーブルの上の文庫本を手に取ると立ち上がった。しかしまだ裏へ向かうわけではないらしい。私は下げていた視線を上げて瀬川君を見上げた。

「店長に見つかったらやばかった?」

「というか店長がやばかったと思うよ。アルバイトが無断で本部に侵入するなんて上司の教育不足だから」

「私けっこういろんな人に会ったけど大丈夫かなぁ……」

「陸男さんができるだけ何とかするって言ってたけど、あとは荒木さんの本部での行動次第だろうね。怪しい行動をしていなければ誰も素性を調べようとはしないはずだし」

神原さんと建物内を回っている時や聞き込みで、かなり沢山の人と顔を合わせたので不安になったが、瀬川君の言葉にとりあえず一安心することにする。

「とにかく、指示がある時以外本部には入っちゃだめだよ。僕らは社員じゃないんだしそれともう一つ」

まだ何かあるのか……と思いながらも顔には出さないように努める。年齢では私の方が一つ先輩でも、仕事上では瀬川君の方が三つも先輩なのだ。楯突けるわけがない。それに、瀬川君は実質この店の副店長だし。

「神原さんに簡単について行っちゃだめだよ」

「えっ、陸男さんそんなことまで……」

「ばらしたの」という言葉は喉の奥に引っ込んでいった。この言い方じゃ陸男さんを責めてるみたいだったから。

「あの人に何言われても全部聞き流した方がいいよ。一回構うと後がしつこいから」

「うん、気をつけるよ……」

とは言ったが、あの雰囲気だと神原さんに会う機会はもうほとんどないだろうなと思う。私が本部に行くこともそうそうないだろうし、仮に正社員になれたとしてもしばらくは朱雀店にいるだろうし。だが話がややこしくなったら困るので、このことは今は黙っていようと思った。

「あの人が一回人を殺してることを忘れないようにね。あと……」

私は内心で、さっき「もう一つ」って言ったじゃん!それ二つ目じゃん!とツッコミを入れた。が、もちろん顔には出さないでおく。

「遅れる時はちゃんと連絡して。心配するから」

瀬川君はそれだけ言うと、私の「ごめん」という謝罪を聞くのもそこそこに、さっさと店の裏へ消えてしまった。

今のはもしかして説教だった……のか?「店長の代わりに言う」と前置きしていたから、もしかしたらそうだったのかもしれない。

私はとりあえず鞄をソファーに置くと、いつも自分が座っているカウンター側の一人掛けソファーに腰を下ろした。そういえば、ちゃんと出勤したことを店長に報告した方がいいかな。連絡もなしに大遅刻したから、もしかしたら事故にあっていると心配されているかもしれないし。

鞄からスマホを取り出し、画面を覗き込む。ひとまず着信履歴を確認してみたが、店長の携帯電話から四件、瀬川君の携帯電話から四件、カウンターの店の固定電話から二件の計十件だった。こんなに電話してもらって申し訳なくなる。

とりあえず店長に謝罪と今出勤したことをメッセージで伝え、鞄を置きに自室へ向かう。エプロンを着けて店に戻ってくると、店長からメッセージが返ってきていた。【遅れるときは連絡してって言ったじゃん。でもとにかく無事でよかった】とのことだった。

ブルーライトが眩しくて、画面を見ているうちに目の奥が熱くなった。



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