迷子の子猫の探し方2




今後絶対瀬川君に逆らわないことを心に誓い、私は店に戻った。ソファーでは店長が眠さに耐えながらノートパソコンで仕事をしているが、そんなに眠いなら寝ればいいのに……と思い、その直後首を振った。いやいや、眠らせてはいけない。店長が寝ないように私が話しかけ続けなければ!

「店長、今日すっごい面白いことがあったんで聞いてください」

ソファーに座りつつそう切り出すと、店長は顔をこちらに向けた。

「今日グループの人と制作についての話し合いで学校の帰りにファミレスに行ってたんですけどね、メンバーのうち二人と帰り同じ電車になったんですよ。で、ここまで来てバラバラに帰るのもおかしいと思って三人で電車に乗ってたんです。同じグループってだけですごい仲いいわけじゃないし別に一人で帰っても全然よかったんですけどね。一人の方が気楽ですし。で、乗った電車がけっこう混んでて。何か旅行の団体さんみたいな人達がいて座れなかったんですよ。満員電車ってほとでもなかったんですけど、三人で座れる場所が空いてなくて。一人だけ立ってるとかだったらちょっとあれですし気を使いますよね。特別仲いいわけじゃないから尚更。それで、ドアの近くが空いてたからそこに三人で立ってたんです。それで、」

「雅美ちゃん」

「車内もぎゅうぎゅうって程じゃなくて、座席が空いてないかくらいで結構余裕があって。私達はドアの前を広々使ってたんですけどね。それでとある駅についた時に……」

「雅美ちゃん」

「二十五歳くらいの女の人が近くの席を……何ですか?」

「長い」

「長くないですよ全然」

「いや、長い。それで無駄に説明が多い」

店長がつまらなさそうな顔で言うので、私は仕方なく口を閉じた。が、すぐにまたそれを開く。

「で、二十五歳くらいの女の人が近くの席を立ったんですよ。その駅で降りるために」

私は構わずに先を続けたが、店長は何も言わなかった。諦めて黙って聞く気になったか。

「そしたら女の人が立ち上がった時に、膝に乗せてたパスケースが落ちたんですよ。でも女の人は気付かなくて。私の友達の一人がすぐに拾って渡そうと思ったんですけどね、女の人はもう電車から降りちゃって。どんどん遠ざかっていくんですけど、私達の降りる駅そこじゃないしどうしようかってなった時に、その友達の取った行動が!」

そこで私は一度黙って間を溜めた。この話で面白いのはここからなのだ。

「その女の人の背中に向かってパスケースをこう、下投げで放ったんですよ。そしたらなんと!女の人が肩にかけてたバッグの、こう、後ろのとこからスポッて!シュートしたんですよ!電車内は拍手喝采!友達は一時の英雄に!どうですか!すごくないですか!?」

「うん、すごいすごい」

店長の薄い反応に私は大きなため息をついた。

「何ですかその反応。こんなに面白いこと他にないですよ」

「雅美ちゃんの話し方がもうちょっと上手ければ面白かったかも」

「すみませんねぇ私は芸人じゃないんで」

店長はあの光景を実際に見ていないからそんなに薄い反応ができるのだ。だって立ち去る女性のバッグのあんな隙間に、閉まりつつある自動ドアの隙間からスローインだぜ?凄すぎでしょ!一ミリでも軌道がずれていたらアウトだったんだよ!?

「わかりました、なら店長のためにもう一つ面白い話をしましょう」

「自称面白い話はいいよもう」

「ダメですちゃんと聞いてください。頭から終わりまでちゃんと聞いてください」

私は一度頭の中で文章をまとめてから話し出した。

「ドリームランドって万引きしてお土産売り場を出ても捕まらないらしいんです。さらにそのままアトラクションに乗っても捕まらないらしいんです。でもドリームランドを出た途端捕まるらしいです。どうですか!?すごくないですか!?しかも話も簡潔!」

自信満々に店長の反応を見るもまたしてもビミョーそうな顔。私が「何か言えよ」と目で促したので、店長はしばらくなんて言おうか考えてから、「この間万引きしなくてよかったね」と言った。この話は私の取っておきの豆知識だったのに。

「じゃあもういいですよ。じゃあもう二度と店長に面白い話なんてしません」

「雅美ちゃん今日面白い話なんてしたっけ」

「しましたよ。爆笑必至の最高傑作を」

私はテーブルの上のリモコンを取ると、テレビのチャンネルをぱちぱち変えた。もうすぐ夜の八時。この時間なら何か面白い番組がやっているだろう。

「あ、この番組木曜日でしたっけ。これ見ましょう」

「別に何でもいいけど、雅美ちゃん今日珍しく何もしてないね」

「し、してますよ。ファイルの整理とか」

と言ったものの、握りしめたペンは全く進んでいない。しかし私がファイル整理に集中できないのは店長のせいだ。それに私だって今日は久々に学校に行って疲れているんだから。

リモコンをテーブルの上に置き、ファイルを完全に閉じてテレビに集中する。この番組は毎回ゲストの芸能人と一時間トークをするだけなのだが、常連メンバーが全員芸人さんなので話が面白い。司会も最近番組を指揮れるようになってきたコンビだが、進行が上手くて番組も盛り上がる。普段はバイトで見れないのだが、たまに好きな芸能人がゲストで呼ばれるときは録画しているのだ。

「今日のゲストは結城さやかさんですね。マスカラのCMやってるモデルさんですよ」

「何かこういう子ってみんな同じ顔に見えるよね」

「流行りのメイクですから……」

私は化粧はあまりしない方なのでよくわからないが、学校の女の子達はこんな感じの化粧をしている子が多い。聞いたところによると、このモデルがイメージキャラクターを務めるマスカラも最近バカ売れなのだとか。私も流行に乗ってもう少し化粧をした方がいいのかと悩むが、結局面倒臭いんだよね。

「店長は好きな芸能人とかいないんですか?」

「あんまり興味ない」

「いつもだらだらテレビ見ながら仕事してるくせに……。あ、飛び飛びマンは?」

「最近やたらテレビに出るようになってきたからなぁ……」

つまりあのマイナー感がよかったということか?うーん、よくわからん。だが芸人のブームなんて一過性、どうせすぐにテレビから姿を消すだろう。

店長とくだらない雑談を交えながらテレビを見る。番組の間には先程私が言ったマスカラのCMが流れていた。

「あ、このモデルチーズケーキが好きなんですね。私もなんですよ」

「リッ君に言わせればチーズケーキは甘さが足りないらしいけどね」

「チーズケーキは甘くならないからいいっていうのに、わかってないですね瀬川君は……あ、猫飼ってるんですね。白と黒でにひ、き……」

突如笑いを堪え出した私に、店長が訝しげに目を向ける。私は何とか真顔に戻ろうとするが、込み上げてくる笑いを抑えることはできなかった。

「どうしたの雅美ちゃん。何にツボってるの?」

「す、すみません、ちょっと……すみません」

このままここにいるのは危険だと思い、私は顔を手で覆いながら裏の暗がりに姿を消した。そのまま廊下を駆け抜け、瀬川君の部屋のドアを開け放つ。

「何で私にだけこんな苦行を強いるの!?」

廊下を走る足音で私が来るのを予想していたのか、瀬川君はすでにイスごとこちらを向いていた。

「荒木さん、用がある時はまずノックを……」

「何で私にだけこんな苦行を強いるの!!」

私は先程同様瀬川君の言葉を遮る。瀬川君は顔色を変えずに言った。

「荒木さんが帰れるまであと二十分だよ。頑張って」

「あと二十分……でもその二十分が長い!」

いや、テレビを見ていれば二十分なんてあっという間だ!あと二十分すれば私は開放されるのだ!私が立ち直った直後、瀬川君はたいして興味もなさそうに尋ねた。

「そういえば、今店長何してるの?」

「テレビ見てるけど」

「そっか……。ほんとに気付かないんだね。あとで写真でも撮っておこうかな」

「やめとこう。殺されちゃうよ」

「大丈夫だよ、僕の姉はまだ生きてるから」

本気か冗談かわからない瀬川君の言葉を聞いて、私は再び店に戻って来た。壁の時計を見上げれば時刻は午後八時五十分。九時きっかりに帰る準備は万端だ。部屋から荷物を持ってきた私を見て、店長は不思議そうな顔をする。

「雅美ちゃん何で荷物持ってんの?」

「え!?これは、ちょっと……」

「早く帰りたいなら言ってくれればいいのに。どうせ仕事ないんだから」

「いえそういうわけでは……。ただちょっと見たい番組があるだけで」

見たい番組なんて無いし帰ったらどんな番組がやっているのかすらもわからないが、店長は私の答えに納得したようだった。私は顔には出さないようにホッと胸をなでおろす。

マスカラのモデルがゲストの番組もついにスタッフロールが流れ、司会の「また来週」という一言と共にエンディングを迎えた。時刻は八時五十七分。スタッフロールが流れ終わるまでの時間で、私は心を決めた。瀬川君はああ言ったが、やっぱり店長にちゃんと伝えよう。

九時きっかりになったのを確認して、私は荷物を持ってソファーから立ち上がった。私も今日はもう帰るし、言ってしまっても大丈夫だろう。

立ち上がった私は店長に「じゃあ帰りますね。お疲れ様です」といつもの調子で言った。店長もいつも通り「お疲れ。気をつけてね」と返す。私は鞄を肩に担ぎ直し、引き戸に向かって歩き出した……と見せかけて、本棚の前でいったん足を止める。

本棚の前。ここが、ソファーが見え、ソファーから見えるギリギリの位置なのだ。カウンターと引き戸の前じゃ壁に遮られてお互いが見えなくなる。

「そういえば店長、一つ言い忘れてたことがあるんですけど」

私は振り返って、なるべくギリギリの位置から声をかけた。本日何度目かのあくびをしていた店長が、その呼びかけに振り返る。私はこっそりと逃げ出す準備を整えながら、ついにそれを口にした。

「頭に猫耳ついてますよ」

店長の表情が固まったのを確認もしないうちに、ダッシュで店を飛び出した。ごめん瀬川君、でも私も明日怒られる予定だから安心して!でもね、普通は頭に何かくっついていたら気が付くと思うんだ!

家につくとメッセージが一件届いていた。確認してみるとそれは瀬川君からで、文面は【何で言ったの】という簡素なものだった。私は【安心して、私なんて「にゃー」とか言わせちゃったから】と返信すると、静かにスマートフォンを机に置いた。




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