めんどくさい程遠回り5
店の近くのコンビニの前で私は足を止めた。鳥山さんに言われると、店に帰っても店長は怒っていない気がしてきた。でもあんなことを言ってしまったのだから、お詫びにコンビニでアイスでも買って行こうと思ったのだ。
コンビニに一歩足を踏み入れると、冷たい空気が私を包み込んだ。店内にはちらほらと人がいるが、混んでいるという程ではない。真っ直ぐアイスコーナーを目指した私は、その隣の棚の前にいる人物を思わず二度見した。
「あのー、お兄さん?」
こちらに背を向けてスイーツを吟味しているその背中に、そっと声をかける。こんな真夏にこんな全身真っ黒の格好してる人、度が過ぎた中二病かお兄さんくらいしかいないよ。
「荒木さんじゃないか。買い出しか?」
「ええまぁ……。……いえ、やっぱり違います」
つい当たり障りのない返事をしてから、考え直して言い直す。お兄さんは顔にクエスチョンマークを浮かべた。
「実は店長とケンカしちゃいまして……」
「ケンカ?蓮太郎がケンカなんて珍しいな」
「いえ、私が一方的にぶちまけて、逃げてきてしまいました……」
私は目の前のプリンを手にとって、元の場所に戻した。無意識の行動だった。
「何て言って謝ったらいいでしょうか」
隣のお兄さんを見上げると、隠れた片目からは上手く表情が読み取れなかった。お兄さんと並ぶ時は左側に立たないとダメだなとぼんやり思った。
「荒木さんが何て言ったかはわからないが……何も言わずに普段と同じ顔をしていた方がいいんじゃないか」
「謝られなかったらムカついたりしません?」
「そういうことを気にするタイプじゃない」
そう言ったお兄さんだが、言葉の割に自信なさ気だったように思う。お兄さんは目の前のスイーツを手に持ったが、よく見もせずにすぐに棚に戻した。私と同じで手持ち無沙汰だったのだ、おそらく。
「荒木さんが蓮太郎に何て言ったのか、差し支えなければ聞いてもいいだろうか」
三十秒程お互いに黙ったままだったが、ふいにお兄さんが口を開いた。
「……できない人の気持ちなんて店長にはわからない、努力したこともないくせにって言いました」
「荒木さんにそれを言われたら、少しはショックかもしれないな」
「反省してます……」
お兄さんは先程手に取ったデザートをカゴに入れた。更にチーズケーキとシュークリームを立て続けにカゴに放り込む。
「実は昔、俺も似たようなことを言ったことがある」
「店長は何て言い返しました?」
「何も言わなかった。それからしばらく口を利いてもらえなかった」
「しばらくってどれくらいですか?」
「一週間くらいだったかな。言っておくが荒木さんを脅しているわけじゃないぞ?あの時は俺も蓮太郎も子供だったから」
子供だったからケンカした、だろうか。それとも子供だったから今店に帰っても店長が口を利いてくれないなんてことはないだろう、か?または子供だったから一週間で済んだ、とか?あるいはその全てだろうか。
「俺と蓮太郎の間に溝が出来たのはそれからかもしれないな。それでも蓮太郎は俺を慕ってくれたが、俺が耐えられなかった」
「…………」
「暗い話をしてしまったな。実はこれから朱雀店に行こうと思っていたんだが、荒木さんに譲ろう」
お兄さんはカゴをレジに出すと、会計を済ませた。それからまだデザートの棚の前に突っ立っている私にコンビニ袋を差し出した。
「あんまり遅いと心配するだろうから、早く帰ってやりなさい」
私は「ありがとうございます」と呟いてコンビニ袋を受け取った。中にはたくさんのデザートが入っていた。
駐車場に停めてあった車のドアがバタンと閉まった。私はお兄さんの車が去って行くのを見送った。
今日だから何となくわかる気がする。昨日や明日じゃわからなかったかもしれない。あの続きはきっと、子供だったから店長もお兄さんも一番辛かった、だ。
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