めんどくさい程遠回り3
「先輩!荒木先輩!」
自分の名前が呼ばれて振り返る。キョロキョロと辺りを見回してみるが知り合いの顔は見当たらなかった。しかしすぐ横を通り過ぎた軽自動車が、ちょっと先でUターンして私の目の前で停車した。
「荒木先輩!お久しぶりです!」
「椏月ちゃん!久しぶり~!」
軽自動車の運転席の窓が開いて、助手席に座る椏月ちゃんが手を振った。運転席にいるのは確かお兄さんだ。助手席側の窓も開いているところを見ると、さっきはそこから声をかけたらしい。私は道の左側を歩いていた。
運転席を間に挟んだ状態じゃ喋りにくいと思ったのか、助手席側のドアが開いて椏月ちゃんが降りた。車の前方から私の方に回り込んでくる。
「荒木先輩、こんなところで何してるんですか?仕事ですか?」
「うーん、ちょっと……」
「何かあったんですか……?」
曖昧に答えると椏月ちゃんが心配そうな顔をしてしまったので、私は正直に白状することにした。
「実は、店長とケンカしちゃって……」
私の言葉に椏月ちゃんは驚いた顔をした。
「意外ですね!先輩と店長さん、すごく仲がいいのに」
「そんな特別仲いいわけじゃないよ。普通くらい。ただ、今日は私が言い過ぎちゃったから帰りにくくて……」
「それで暑いのにこんなところ歩いてたんですね」
「行くあてがなくて」
困ったように笑ってみる。どんな感じで店に帰ればいいか椏月ちゃんに相談しようかとも思ったが、店長のことをほとんど知らない椏月ちゃんに相談しても、彼女が困るだけだと思い止まった。
「でも店長さんなら怒ってないと思いますよ。帰っちゃっても大丈夫ですよ」
「そうかなぁ……。でもすごく嫌なこと言っちゃったし……」
「気にしてないですって」
椏月ちゃんはそう言って笑ったが、私にはどうしてもそう楽観的にはなれなかった。しかし私を元気づけようとしてくれている椏月ちゃんの言葉をわざわざ否定するのは彼女に悪い。私もヘラっとした笑みを返した。
「そうだよね、これから帰ってみるよ」
「そうですよ。お昼ご飯もまだなんじゃないですか?」
「ああ、それは大丈夫。店長自分で作れるから」
「えっ、あたしの時は毎日コンビニ弁当だったのに……」
そういえば椏月ちゃんが朱雀店に助っ人に来ていた時のお昼ご飯は毎日コンビニ弁当だったな。どっちかというと店長が作る割合の方が多い朱雀店が、三日も連続でコンビニ弁当なんて珍しい。
「あたしも食べたかったなぁ~」
「また遊びに来たらいいよ。二時頃来たらたいていご飯食べてるから」
「じゃあ近々お邪魔しちゃいますね」
椏月ちゃんのお兄さんが車の中で待っているのに、立ち話し過ぎただろうか。椏月ちゃんは隣の市に住んでいるらしいが、何をしにここまで来たのだろう?
「そういえば椏月ちゃんは時間大丈夫?どこかに行くみたいだけど」
「全然大丈夫ですよ。お兄ちゃんとご飯食べに行くとこだっただけですから」
へぇ、椏月ちゃんはお兄さんと仲いいんだな。私もお兄ちゃんいるし仲は悪くないが、二人で外食をしたりはしない。
「じゃああんまり話してちゃ悪いね。お兄さんも待たせてるし」
「お兄ちゃんなんて待たせても全然いいんですけどね~。でもまぁお腹もすいてきたんでそろそろ行きますね」
「うん、声かけてくれてありがとう」
椏月ちゃんは再び車の前を通って回り込むと、助手席に乗り込んだ。彼女は私に大きく手を振り、お兄さんは会釈をして車を発進させる。私は去ってゆく車にしばらく手を振っていたが、すぐに前を向いて歩き出した。その直後Uターンした車が私を追い越していった。
椏月ちゃん達もご飯食べに行くみたいだし、今度こそハンバーガーにありつきに行こう。私は少し汗ばんだ額をハンカチで拭うと、ファーストフード店を目指して歩き出した。
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