これがガールズトーク?2




【花音ちゃん帰りましたよ】という文章と、メッセージの送信先が店長であることを確認して、私は送信ボタンを押した。すみません店長、私は基本的に花音ちゃん派なんです。

それに花音ちゃんと深夜さんの相手を私一人に任せて、自分だけさっさと逃げたのも許せない。それに比べれば、こんな些細な嘘くらい許してくれなくては困る。

私は心の中で合わせていた手を離し、実際の手でスマートフォンをポケットにしまった。くるりと振り返り、花音ちゃんと深夜さんの方を向く。

「店長に連絡しました。私達は外に隠れてましょう」

最初の一文は二人に、次のは深夜さんにあてたものだ。花音ちゃんが緊張で顔を真っ赤にして頷き、深夜さんが「よし来た!」と言って引き戸の方へ向かった。

「じゃあ、頑張ってね」

私は花音ちゃんにそう言い残して、深夜さんに続いて店を出た。花音ちゃんは今頃カウンターに座ったところだろうか。私と深夜さんは店の向かいの建物の陰に身を潜める。建物と建物の狭い隙間に、雑草が壁になって隠れるのにもってこいだ。

「店長、どれくらいで帰ってくるでしょうか」

真後ろで私同様身を縮めている深夜さんに話しかける。この建物同士の隙間は本当に狭いので、身体を方向転換することができない。私は前を向いたまま深夜さんに話しかけた。

「ちょっと連絡して聞いてみるわ。アタシは店にいることになってんだろ?」

「はい、お願いします」

後ろで深夜さんがスマホを操作している気配を感じる。しばらくして、深夜さんが「お」と声を上げた。どうやら返事が返ってきたらしい。

「花音は帰ったか?だってよ」

「店長私のこと信用してないのか……。まぁいいです。もちろん帰ったと返してください」

深夜さんが再びスマホを操作する。更に返ってきた返事には「すぐ戻る」と書いてあったらしい。しめしめ、まんまと引っかかったな店長め。

私は店の中にいる花音ちゃんに店長はすぐに戻るらしいことを伝え、スマホを握りしめた。店長の姿が見えたら私が花音ちゃんに電話をかける。通話状態にしておけば、ここにいても店の中の花音ちゃんと店長のやり取りが聞こえるってわけだ。我ながら上手いこと考えたと思う。

あれから十五分ほど経っただろうか。建物と建物の隙間で雑草に隠れてしゃがみ込む私の目の前に、一人分の足が立ち止まった。今まで目の前を通過する足ばかり見ていたから、びっくりして顔を上げる。そして私の表情は引きつった。

「て、店長……」

「二人はいつから汚い隙間に入り込むことを趣味にしたの?」

「あ、あはは……」

「あれ?それとも僕の店ってここだっけ?」

「店長、何でわかったんですか……?」

私が冷や汗をダラダラ流しながらそう問うと、店長はニヤッと笑ってこう答えた。

「何でも屋だから」

私の後ろで深夜さんがジタバタしているのを感じる。私は比較的小柄だからこの隙間にもまぁ入れたが、深夜さんには少し狭すぎたらしい。店長が深夜さんの腕を掴んで引っ張ると、彼女の突っかかっていたお尻がスポンと抜ける。

「で?花音はまだ店にいるの?」

「ぅ……。すみません……」

店長はため息をつくと店に目を向けた。私は立ち上がって弁明する。

「でも花音ちゃん頑張ったんで一回だけチャンスをください!お願いします店長!」

「やだ」

「そこを何とか!一回だけでいいんで!」

予測通り即答する店長に、私はガバッと頭を下げた。店長が少しだけうろたえた様子で「何で雅美ちゃんが頭下げんの」と言った。

「アタシからも頼むぜレン」

「どういう理由で深夜はそっち側なわけ?」

「だって可哀相だろうが」

深夜さんが珍しく空気を読んで助太刀してくれる。私はここぞとばかりに畳み掛けた。

「いつまでも店長の知ってる花音ちゃんじゃないんです!今見たらイメージ変わるかも!いや、変えてみせます!だからちょっとでいいんで花音ちゃんに時間をください!」

「雅美ちゃんは選挙活動でもしてるの?」

「店長だっていつまでもしつこく付きまとわれたら迷惑でしょう!それを今日私達で改善したんです!絶対良くなってます!ちょっとだけ相手してあげてください!」

再び頭を下げる私。店長はチラっと深夜さんの顔を見て、もう一度私を見て、二度目のため息をついた。

「わかったよ。ちょっとだけだからね」

「ありがとうございますっ!」

私は自分のことのように喜び飛び跳ねた。そうと決まればさっそく店長を店に入れないと。花音ちゃんがずっと待っている。私は店長の背中をグイグイと押した。

店長が店に入る直前、私は花音ちゃんに電話をかけた。花音ちゃんの声は返ってこなかったが、通じてはいるようだ。店の中の音が聞こえる。

私が耳を澄ましていると、ガラガラと引き戸が開く音と、ガタッと花音ちゃんがイスから立ち上がる音が聞こえた。目の前では店長が店に入ったところだった。私は通話状態をスピーカーモードにして、店内の会話が深夜さんにも聞こえるようにした。

《お、お帰りなさいませ!蓮太郎さん。なにか飲み物を用意いたしましょうか?》

《いいよ別に。っていうか僕の店だしここ。それより早く帰ったら?陸男も探してたし》

《今日の仕事は終わっているので大丈夫ですわ。お兄様は心配性ですのよ》

「ひとまずは上手くいったな」

「店長が開口一番帰れって言ってくるのはわかってましたからね」

《残念だけど僕の今日の仕事は終わってないんだよね。ほら、帰った帰った》

「店長普段仕事なんてしてないくせに!全部瀬川君に押し付けてるくせに!」

「あれでもかなり忙しいんだぜ?あいつ」

「なら見えるところでしろって話ですよ!」

《な、なら私もお手伝い致します!あ、ちょっとお待ちになって!》

たぶん店長がソファーの方へ移動したのだろう。花音ちゃんがそれを追いかける。突然バラエティー番組独特の笑い声が聞こえた。テレビをつけたらしい。

《れ、蓮太郎さん、私の話も聞いてくださいまし!》

《聞いてる聞いてる。帰らないこともわかったから》

「頑張れ花音!」

「負けるな花音ちゃん!」

突然テレビの音が消えた。一瞬何事かと思ったが、花音ちゃんが電源を消したのだと想像した。やるじゃん花音ちゃん。しかし今彼女の顔は真っ赤だろう。

《全然聞いてないではありませんか!ちゃんと私を見ていただきたいのです!》

《泣くな面倒臭い》

《泣かせているのは蓮太郎さんではありませんの!》

この花音ちゃんの声は少し震えていた。外で待機している私と深夜さんはハラハラし出す。

「た、助けに行った方がいいか?」

「待ってください、もう少し様子を見ましょう」

「でももう台本から脱線してるし……」

《ちゃんと私の気持ちを聞いてくださいっ。私、蓮太郎さんのこと━━》

まさかここで告白!?いや、そんなこといつもしてるけど!日常茶飯事だけど!けど!

深夜さんですら黙ってスマホに集中している。が、私達の期待に反して花音ちゃんの言葉は突然途絶えた。私と深夜さんはクエスチョンを浮べる。しばらくすると、おずおずとした花音ちゃんの声が聞こえてきた。

《あ、あの、蓮太郎さん……?》

「何だ、何が起こったんだ?」

「深夜さん少し静かにしてください」

私は何とか現状を把握しようとスマホの向こうに耳を澄ませた。

《花音今日はもう帰れ。続きはまたいつか聞くから》

《は、はい……》

花音ちゃんの返事が聞こえて数十秒後、店の引き戸が開いて何やら思案顔の花音ちゃんが出て来た。こちらに向かってくるが、危うく自転車に轢かれそうになっている。

「どうしたの花音ちゃん!」

「おいしっかりしろ!」

私達は花音ちゃんに詰め寄る。深夜さんは花音ちゃんの肩をガクガク揺すった。しかし当の花音ちゃんは頬を赤くして上の空だ。

「おい、何があったんだよ!?」

「いえ、何でもありませんわ……。私、帰ります」

そのままふらふら歩き出した花音ちゃんは、ゴンと目の前の電柱に額をぶつけた。それでも尚彼女は上の空だ。

「ダメだこりゃ。アタシこいつ家の近くまで送ってから帰るわ。場所どこ?」

「玄妙駅の近くですけど……。いいんですか深夜さん?店長に用があったんですよね?」

「まぁ仕事休みならいつでも会えるしな」

深夜さんはそう答えると、花音ちゃんに肩を貸した。それから片手を上げて私に「じゃあな。レンによろしく」と言うと、駅の方へ歩いて行った。

店に戻ると、店長は普段と変わらない様子でソファーに座っていた。私は彼に近付き尋ねる。

「花音ちゃんに一体なんて言ったんですか?」

私の質問に店長はテレビを見たまま「何も言ってないよ」と答えた。それから、「熱があったから早く帰った方がいいって言っただけ」と付け足した。うーん、よくわからない。花音ちゃんに聞いたら教えてくれるだろうか。




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