今宵の喜劇にカーテンフォールなど必要なかったのです2





「……というわけなんです!絶対怪しいですよね!?」

「そんなことより雅美ちゃんよく無事だったね。何で明らかに怪しい奴らに突っ込んで行くの?馬鹿なの?」

店につくなり先程の出来事を息巻いて説明したが、店長は呆れたような顔でそう言っただけだった。

「そんなこと言ったって、私が行かなきゃ他に誰が行くんですか。じゃあ店長なら助けなかったんですか?」

私はその素っ気ない反応に少し怒り気味に言い返した。

「そうじゃなくて、雅美ちゃんが一人で行かなくても他にやり方あったんじゃないかってこと。バンとその白衣の奴らの写真撮っとくとか。それだけ情報があればうちならどうとでもなるんだから」

「そ、そうかもしれませんけど……」

「そいつらがもっと危ない連中だったら雅美ちゃん口封じに殺されてたよ?そんなこともわからないの?」

「あの、店長……」

「何」

一瞬聞かない方がいいかと思ったが、ここまで言ったのなら潔く聞いてしまおう。店長も私の次の言葉を待ってるし。

「もしかして怒ってます?」

「……別に怒ってないけど」

「そうですか……」

いや、絶対怒ってる。理由はわからないけど明らかに機嫌が悪い。私がいない間に神原さんでも来たのか?

とにかく、店長が怒っているせいであの白衣の人達に対する私の怒りは削がれてしまった。店についたらあのチビや部下の二人についてもっとボロカス言ってやろうと思ってたのに、今では憤りのいの字も出てこない。とりあえず、これ以上店長の機嫌を悪くしないためにも話題を少しずらそうと思う。

「それにしても、白衣を着ていたってことはやっぱりあの人達はメルキオール研究所の人達なんでしょうか」

「一概にそうとは言えないんじゃない?あそこには一回入ったことあるけどそんな危険な実験はしてなさそうだったし、小さい研究所だから出来ることもたかが知れてそうだしね」

「店長あの研究所の中見たことあるんですか?」

「まぁ、冴ちゃんの付き添いでちょろっと。それに、この辺にある研究所って別にメルキオール研究所だけじゃないし」

「えっ、他にあるんですか!?この近くに!?」

「うん、小さいのが一つとものすごく大きいのが一つ。メルキオール研究所のイメージが強烈でほとんど知ってる人はいないけどね」

知らなかった。この辺りに三つも研究所があるだなんて。でも確かに、メルキオール研究所は目立っているから他に目が行かないのも頷ける。あの研究所は寂れた町外れにポツンとあるし、何より半球形の建物は嫌でも記憶に残る。そして、メルキオール研究所の面々は基本的に個性が強い。らしい。

メルキオール研究所の面々の個性が強いという話は完全に人から聞いただけのものだしあくまでも噂だが、北野さんや冴さんが馴染んでいるのを考えるとおそらく間違いではないのだろう。とにもかくにもあの研究所のイメージは強烈だ。

「その二つの研究所はどんな研究所なんですか?」

「小さい方はメルキオール研究所の下位互換だね。もともとメルキオール研究所にいた人が独立して今の所長をやってる。大きい方は……僕この研究所怪しいと思うんだよなぁ」

「何かあるんですか?」

「すごい大きい建物で内装も綺麗で、中では人がいっぱい働いてるのに世間の認知度はゼロに近い。うちの黄龍みたいな隠し方してるよね」

「どんな研究してるとかはわからないんですか?」

「その研究所のホームページ見たことあるけど、普通に病院みたいな研究してたよ。病原菌がなんたらとか、治療法がなんたらとか。でもたったそれだけの研究をするのにあんな大きな建物はいらないと思うんだ」

「世間に隠れて何か怪しい研究をしてるってことですね!」

「言っとくけど今日雅美ちゃんが見た人達がその研究所の人達と決まったわけじゃないからね?かもしれないの話をしてるんだから」

「わ、わかってますよ」

とは言ったものの、私の中ではその研究所が怪しいと確定していた。きっと何か危険な研究をしているに違いない。あの男の子は大丈夫だろうか。ずいぶんと乱暴な扱いを受けていたが、もしかしたら実験の被験者だったのかもしれない。あの髪の毛、何かの薬物の投与であんな白色になってしまったのだとしたら……。そう想像して、私は思わず身震いをする。想像に耽っていた私を店長の声が現実に引き戻した。

「まぁ気になるなら雅美ちゃんもそのホームページ見てみればいいよ。ユーフォリア研究所って検索したら出てくるから」

「家帰ったら見てみることにします……」

ユーフォリア研究所という名前を私は脳みそに刻み込んだ。話が一段落すると喉が渇いていることに気が付く。結局あの男の子にわたせなかったスポーツドリンクは、テーブルの上で水滴の水溜りを作っていた。

私はスポーツドリンクを取り水滴をティッシュで拭き取ると立ち上がった。

「お茶淹れてきます」

そう言ってカバンを持って店の裏へ向かう。自分の部屋に荷物を置いて腰にエプロンを巻き、台所へ向かった。途中瀬川君の部屋の前を通ると、相変わらずカタカタとキーボードの音が聞こえてきた。

台所でスポーツドリンクを入れるために冷蔵庫を開けると、私は思わず「おっ」と声を出してしまった。この箱は梅ヶ沢じゃないか。私は冷蔵庫の中に人気高級菓子店である梅ヶ沢の箱が入っているのを見つけた。まるで義務のように箱の中身を確認すると、プリンアラモードが四つ入っていた。

「これは食べてもいいってことなのかな……」

いや、一度店長に聞いてからにしよう。私は箱を元あった場所にしまい、紅茶を淹れた。二つのカップに氷を投入する。冷たくて美味しそうだ。私はカップをお盆に乗せて店に戻った。

「店長、紅茶淹れてきました」

私が店に戻るなり、店長は私が座っていたソファーを指差して尋ねた。

「そういえば雅美ちゃん、これ何?」

店長の指の先を辿ると、ソファーに立てかけるように浴衣の入ったショッピングバッグが置かれていた。しまった、部屋に持って行くのを忘れてた。

「浴衣ですよ。今日買ってきたんです。二十二日に花火大会あるの知ってます?」

「ああ、あれね……」

テーブルに紅茶を置きながら答えると、店長は何ともいえない顔をした。興味がなさそうだから花火大会のことなんて知らないと思っていたが、店長は意外にも情報を得ていたらしい。私はソファーに腰を下ろしてさっそく紅茶に口をつけた。

「友達と行こうと思うんですけど、いいですよね?四時くらいまでは仕事しますから」

「それは全然いいけど。今日はわざわざこれ買いに行ってたの?」

「お祭りなんて久々ですもん。やっぱり浴衣着なきゃ」

「ふーん。そういうもんなのか」

店長はまるで興味がなさそうにそう言って紅茶に手を伸ばした。この人こんなんで人生楽しいのかな。まぁ友達は多そうだからそれなりに楽しいのか。私はカップを置くために視線を下げて気が付いた。

「あれ?それ花火大会のチラシじゃないですか?」

店長が座っているソファーの横に置いてあるくずかごに、花火大会のチラシが丸めて捨ててあることに気が付いた。このチラシはフルカラーだから丸めてあってもよくわかる。

「うん……」

「どうしたんですかそれ……あっ」

そこで私は気が付いた。私に花火大会の情報をくれたのは誰だったっけ?

「もしかして花音ちゃんですか?」

「冷蔵庫見た?今回は梅ヶ沢で釣ってきたよ」

あのプリン花音ちゃんが持って来たものだったのか……。きっと今日も花音ちゃんの誘いを無下に断ったんだろうなぁ、店長は。私はさっき店長の機嫌が悪かった理由をなんとなく察しながら、花音ちゃんに味方するセリフを言った。

「花火大会くらいいいじゃないですか、行ってあげてくださいよ」

「何で雅美ちゃんちょいちょい花音の肩持つの?」

「だって花音ちゃん可哀相じゃないですか。あんなに頑張ってるのに」

「その努力で迷惑してる人がここに一人いるんだけど」

何でそんなに花音ちゃんを拒否するのかなぁ。確かにすぐ「結婚して」とか言う直情径行なところはあるけれど、かわいいし、身だしなみにも行動にも気を使っているし、何より自分のことをこんなに好きでいてくれる人滅多にいないのに。実際に付き合ってみれば結婚して発言も減ると思うんだけど。

「でもたまにはちょっと優しくしてみたり……」

「第一、僕が行ったら当日リッ君一人じゃん。あ、でも雅美ちゃんが店番しててくれるなら仕方ないから花音に付き合おうかなー」

「いや止めといた方がいいですよ。おとなしく店にいましょう。花音ちゃんはまた今度ということで」

「わかってくれて嬉しいよ」

ごめん花音ちゃん、私は花音ちゃんの幸せより自分の幸せを選んだよ。せっかくにっしーと約束したのに店番なんてしてられますか。そんなことより、あのプリン食べていいか聞いてみよう。梅ヶ沢なんて滅多に食べられないからね。

結局今日の仕事はプリンを食べて雑談をしただけで終わってしまった。お客さんが来ないのはいつもの事だが、あんまり来なさすぎると毎日暇で仕方ないな。まぁ店長とダラダラくだらない話するの嫌いじゃないけど。

「じゃあ私帰りますね。お疲れ様です」

「お疲れ。気をつけて帰ってね」

店長に軽く挨拶して店を出る。駅から店まで来る時もそうだったが、浴衣がけっこうかさ張って自転車を漕ぐのが一苦労だ。私は上手くカゴに荷物を乗せて自転車を漕ぎ出した。少し蒸し暑いが、空が晴れてていい夜だ。花火大会の日もこんな夜になったらいいな。



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