知らない方が幸せ2




「無事ゲットしてきましたよ~。鱒之助」

「ふん、当然だ」

「お疲れ様。四人とも」

順位発表や授賞式が終わり、青龍店の四人が私達がいるところまでやって来た。準優勝賞品が入った紙袋をぶらぶら揺らしてみせた比叡野さんに勇人さんが上から目線で鼻を鳴らし、青龍店のお姉さんが四人を労った。比叡野さんは鱒之助グッズを店長である勇人さんではなく、迷わずお姉さんにわたす。

「思っていたより量があるのね」

「そっすね。マスコットセットとかあるみたいですよ」

どうやら青龍店の皆さんは準優勝賞品についてちゃんと調べていないようだ。コンテストの公式ホームページに行けば画像つきで載っているのに。

「やることは終わった。とっとと店に帰るぞ」

「そうですね。では私はここで」

これ以上朱雀店の奴らと居たくない!という顔をしながらずんずん歩いてゆく勇人さんに、お姉さんは澄ました顔で言った。勇人さんが慌てて振り返る。

「何言っている、お前も店に帰るんだ」

「私は今日直帰希望を出していたはずですが」

「聞いていないぞ!いつ出した!」

「昨日の夜十一時頃に。店長は外出してらしたので副店長に許可をいただきました」

しれっとそう言ってのけるお姉さん。比叡野さんと麻沼さんは苦笑いを浮かべその様子を見ていた。

「いや、お前そんな……勝手に……」

「勝手ではありません。きちんと会社のルールに則っています。それとも店長には私の私生活に介入する権利がおありですか?」

「そ、そんなことはもちろんないが……」

「そうですか。安心しました。それではお疲れ様です」

すぐ隣に立っていた店長がスッと私の背中に隠れた。どうしたのかと思ったら必死に笑いを堪えていたので、そのままそっとしておいた。

お姉さんは突き放すように「お疲れ様です」と言うと、もう勇人さんなんて見えていないかのようにクルッと二組のカップルの方を向いた。

「あなた達も今日は疲れただろうからこのまま家に帰りなさい。報告書はたいして書くこともないから店に帰ったら店長が書いておいてくれるでしょう」

「さすが青龍店最後の良心!わかってる!」

「ありがとうございまーす!」

お姉さんの言葉に盛り上がる四人。見ている限りこの四人は勇人さん派ではないようだ。おそらくアルバイトなのだろう。反朱雀派ではない唯我さんと独尊君もアルバイトだし、おそらく反朱雀思考なのはガッツリ何でも屋色に染まっている正社員の皆さんなのだ。

「ちょ、ちょっと待て。報告書は自分で書く決まりだろう。それに私は帰っても他の仕事がだな」

勇人さんがお姉さんに近寄る。しかしお姉さんは冷めた眼差しを向けた。

「店長は今日何もしていないようですが、一体何をしに来られたんですか?せめて報告書くらい任されたらいかがですか。三十分もかかりませんよ」

「わ、私にはお前達を指揮するという大事な役目が……」

「今日店長に指示された記憶がありませんが」

「それはお前の勘違いで私は……」

しばらく勇人さんとお姉さんの様子を見ていた色摩さん、贄里さん、比叡野さん、麻沼さんだったが、くるりと私達朱雀店の方を向くと軽く頭を下げた。

「何か終わりそうにないんで俺ら帰りますね」

「今日はわざわざ来ていただいてすみませんでした」

「またお会いする時はよろしくお願いします」

「お疲れ様でした」

私達がお疲れ様と挨拶を返すと、四人は勇人さん達の横をすり抜けてさっさと帰って行った。私は四人の背中から視線を動かし、二人の会話に意識を戻す。

「だいたい、お前は私の車で来たのだろう。どうやって帰るんだ?」

「それは大丈夫です。蓮太郎君に送ってもらいますから」

「なにッ!?」

「え?俺?」

お姉さんがこちらを振り向く。勇人さんと店長はそれぞれの反応を見せた。

「いいでしょう。まだ一人乗れるのだから」

「僕は別にいいけど」

店長の返事を聞くや否やお姉さんは荷物をまとめ出した。そしてまとめた荷物━━ビニールシートとパラソルを勇人さんに突き出す。

「では私はこのまま家に帰るのでこれお願いします。店の備品ですので」

「あ、ああ……」

勇人さんは気の抜けた返事をして荷物を受け取った。それを確認するとお姉さんは勇人さんに背を向けてこちらに近づいてきた。

「行きましょう」

立ち尽くす勇人さんには目もくれず淡々と言うお姉さん。

「あ、あの、勇人さんはいいんですか?」

「店長は向こうの駐車場に車があるから。あなた達は裏の駐車場に停めたでしょう?」

そう説明するとお姉さんはさっさと歩き出した。私達朱雀店の面々もそれについて行く。後には大量の荷物を抱えた勇人さんだけが残された。

私と瀬川君が後部座席に座ったので、必然的にお姉さんは助手席に座ることになった。普段自分が座っている席に他の人が座っているのは妙な気分だったが、それはきっと瀬川君も同じだろう。

「で、どこまで送ればいいの?」

「私の家まででいい」

「僕が君の家を知ってると思った?」

「あら、知らなかったの?」

そのあとお姉さんは「案内するわ」と付け足した。車はどんどん進み、窓の外はやがて見慣れた景色に変わった。店長は何でも屋朱雀店の前に車を駐車させる。

「リッ君と雅美ちゃんは先に降りて」

「わ、私達は降りなきゃダメなんですか?」

私の言葉に、すでにドアノブに手をかけていた瀬川君が振り返った。店長も少し驚いた様子で答える。

「青龍なら遠いだろうから先に降りてもらおうと思ったんだけど」

「そ、そうですよね。すみません……」

変なことを言ってしまったようだ。私は車を降りようと慌ててドアを開けた。

「雅美ちゃん!」

開けたドアのスレスレを車が通り過ぎて行った。あと一センチドアを開いていたら接触していただろう。私の心臓はバクバクいっている。

「荒木さん、大丈夫?」

「何やってんの雅美ちゃん。死にたいの?」

「す、すみません。ぼーっとしてて……」

私のことを心配してくれている瀬川君、呆れたような口調をしながらも私が無事でホッとしている店長。お姉さんは私を見て「とにかく怪我がなくてよかった」と言ってくれた。

今度はちゃんと安全を確認して車から降りる。私と瀬川君が降りると車は発車してすぐに見えなくなってしまった。

「荒木さん、今日は仕事するの?」

「あ、うん。瀬川君はするんでしょ?私だけ帰るわけにはいかないよ」

私と瀬川君は連れ立って店の中に入った。瀬川君はまたすぐに自分の部屋にこもってしまうのかと思っていたが、彼は来客用のソファーに腰を下ろした。

「どうせたの瀬川君、店にいるなんて珍しいね」

私もソファーに座り、テレビの電源をつけた。

「店長が帰ってくるまで待ってようと思って」

「何か用事があるの?」

「うん、ちょっと」

それきり瀬川君は黙ってしまった。私も無理に話をせずぼーっとテレビを眺めた。静かな時間だった。先程までの浜辺のうるささが嘘のような、静かな時間だった。



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