無力と無気力4
翌日。七月二十五日、土曜日。午前十一時。普段なら店のカウンターに座ってファイル整理をしている時間だが、私は今ファミレスの四人掛けテーブルのソファーに座っていた。向かいに座っているにっしーがカルピスを一口飲み、再び口を開いた。
「それで私はじゃあお取り替えしましょうかって言ったんですけどね。親切心で。でもそのお客さんはもういいわ!って。その言い方ってどうなの?と思いません?自分で勝手に落としたくせに。そのソースでベタベタになった床掃除するのも私達店員なんですからね!?」
「ねー。何でそういうお客さんっているんだろうねー」
「独り身で寂しいからって店員に当たらないでほしいですよね。壁にでも喋ってればいいのに」
私はにっしーの愚痴に頷いて同意した。にっしーはかれこれ二十分は仕事のお客さんの愚痴を言い続けている。今日も昼から仕事らしいので、溜まっているイライラをきれいサッパリここに吐き出していくつもりだろう。
「そういえばあっらーはお客さんへの不満とか無いんですか?」
「うーん、うちは接客業とは言い難いからなぁ……。お客さんと会話はするけど、メインの仕事はそっちじゃないし」
「あっらーの仕事って“何でも屋”ってやつですよね?私詳しく知らないんですけど、どんなことするんですか?」
私は友人達に自分のバイト先の話をほとんどしたことがないが、これは意図的であった。私の仕事を一言で説明するのは難しいし、何より「殺人」や「窃盗」などの犯罪絡みの依頼もある。箝口令が敷かれているわけではないが、無関係な人に詳しく説明したくなかったのだ。
「まぁ町の便利屋さんって感じかな。ペットの猫探しとか、町のゴミ集めとかするの」
「何か楽しそうですね。私の仕事は同じ動きを繰り返すだけなんで、あっらーみたいにいろんな事があった方が充実しそうですよね」
「依頼がなくて暇なときの方が多いけどね」
にっしーのバイトはスーパーのレジ打ちだが、同じ動きの繰り返しと文句ばかりのお客さんに疲れているようだ。私も昔飲食店でバイトをしていたことがあるが、常に笑顔を浮かべているというのは思いの外苦しいものだ。
「でも結構いろんな場所行けたりするよ。この間はドリームランド行ったし、明日は琵琶湖に行くんだ」
「えっ、琵琶湖ですか?私の友達も明日行くんです。ベストカップルコンテストっていうのに出るって」
にっしーの言葉に私は驚いた。ベストカップルコンテストなんて、まさに明日の私達の目的だ。ということは、にっしーの友人達もライバルになるのか。いや、私達が狙っているのは二番だからライバルではないのか?にっしーの友人達の目標はもちろん優勝だろう。
「そのベストカップルコンテストってやつ、詳しく知ってる?」
「知ってますよ。ビーチバレーするんですよね」
「優勝とかってやっぱりビーチバレーで決まるのかな?」
「何かビーチバレーの得点と、その他の審査の時の審査員の得点の合計らしいですよ?友達がそう言ってたんで」
「その他の審査?」
私はなるべく詳しい情報を集めようと身を乗り出した。
「よくある愛の叫びですよ。ビーチバレーで得点が高かったチームが最終審査に進めるんです。ステージの上で相手への気持ちを叫んで、熱々だったカップルには高い点がつきます」
なるほど、だから依頼人の佐々木さんは「基本的にはビーチバレーで決まる」と言っていたのか。ビーチバレーで良い点を出さなければその時点で失格。最終審査に残れない。おそらく沢山いる参加者を絞るためにビーチバレーをするのだろう。
「つまりビーチバレーでそこそこの点でも、審査員に二人のラブラブ度が証明できたら優勝できるかもってことだよね?」
「まぁそういうことですけど……。どうしたんですか?もしかしてあっらーも出るんですか?ベストカップルコンテスト」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
しまった、ついガツガツ聞きすぎた。私が誤解を解くための言葉を頭の中で組み立てているうちに、にっしーは次の言葉を発していた。
「私は明日もバイトなんで行けませんが、あっらーのことも応援してますね」
そう言ってにっしーはニコッと笑った。
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