無力と無気力3




三日後、七月二十四日、金曜日。夕方、学校が終わって店に行くと、店先に違和感を覚えた。店には入らずに、しばらく店先を眺めてその違和感の正体にたどり着く。瀬川君の自転車が無いのだ。

瀬川君はこの近くの高校に通っていて、いつも私より一、二時間早く出勤しているのだが、どうやら今日はまだ来ていないらしい。昨日は元気そうだったから風邪ってことはなさそうだし、学校の用事か何かで遅れているのだろうか?

「おはようございまーす」

瀬川君がまだ来ていない理由は何であれ、とりあえず店の中に入る。目の前に座っていた店長がスマートフォンから顔を上げて私に挨拶を返した。

「瀬川君まだ来てないんですか?」

「何か文化祭の打ち合わせで遅れるんだって。もう終わったからこっち向かってるって今連絡きた」

店長はそう答えるとスマホをポケットにしまった。私は店長に適当な言葉を返すと、荷物を置きに自室へ向かう。

店に戻ると店長はもうソファーに座ってテレビを見ながらノートパソコンで仕事をしていた。私は台所で淹れたお茶をテーブルに置き、自分もソファーに座る。すると店長が話しかけてきた。

「あのさ雅美ちゃん、二十六日青龍の人も来るって言ったらどうする?」

「えっ!?来るんですか!?」

私は口をつけようとしたコップを引き剥がす。店長は苦々しげに頷いた。

「ちょっと待ってくださいよ。どうしてそんな事になったのかいきさつを説明してください」

私は身を乗り出して尋ねる。まぁ青龍店の店長である勇人さんが来るってわけではないと思うが……。青龍店にだって唯我さんや独尊君みたいな人がいることも知っている。とにかく何故そんな事になったのか経緯を知りたい。

「朱雀店が行くなら自分達も行った方がいいって言い出した人がいたらしくてさ」

「誰がそんなこと言い出したんですか!」

「青龍店の副店長補佐。あの人勇人の思想を信仰してるかるさ」

「何てはた迷惑な……。それで、どんな人が来るんですか?」

「副店長補佐と、店長会議に来てたパーマ頭の人」

店長の言葉に私は思い切り不愉快な顔をした。私の反応に店長は苦笑を返す。

しかし私のこの反応は至極当然だ。青龍店の副店長補佐はさっきの店長の言葉を聞くに反朱雀派の人だろうし、パーマ頭のお姉さんは言わずもがなだ。こんな面子で琵琶湖に行っても空気は最悪だろう。

「何とかならないんですか?」

「一回行くって言ったのをやっぱ行かないって言ったら向こうは調子に乗るだろうからなー。せめてついて来るのがまともな精神の人だったらよかったんだけど」

「わかりました、ならこの際ここでコテンパンにしてやりましょう!二度と喧嘩売れないくらいに!」

私が拳を握りしめてそう言ったところで、ガラガラと引き戸が開く音が聞こえた。振り返ると瀬川君が店に入ったところだった。

「瀬川君おはよう」

「おはよう荒木さん」

「あ、そうだリッ君。玄武店から補足説明の催促来てたよ」

「確認しておきます」

私と店長の言葉にそれぞれ返事をすると、瀬川君はさっさと店の奥へ向かおうとした。私は慌ててそれを呼び止める。

「あ、待って瀬川君」

私の声に瀬川君は振り返った。二十六日のコンテストに青龍店の人もついて来ることになったのを瀬川君はまだ知らないはずだ。教えてあげなければならない。

「二十六日のことだけど……」

「ちょっと待って雅美ちゃん」

しかし店長がそれを遮った。瀬川君が「?」を浮かべた顔を店長に向けるが、店長は「十時集合になったってだけだから」と言ってしまった。瀬川君はその言葉に頷いて、今度こそ店の奥に消えた。

瀬川君の背中が完全に見えなくなったのを確認してから、私は店長を問い詰めた。

「ちょっと店長、なんであんな嘘ついたんですか」

「よく考えてみてよ。青龍店が来るなんて言ったらリッ君来なくなっちゃうよ?」

「あ、なるほど……」

確かにそうだ。青龍店とのガチンコバトルだ。瀬川君も来てくれないと困る。

「でも今は隠せてもすぐバレちゃうんじゃないですか?ほら、あの何かパソコンで見れる依頼の報告書みたいなやつで」

依頼が来たら、依頼内容を書いて黄龍に提出する報告書があるはずだ。もし店長がごまかしたって、青龍店がちゃんとした報告書を提出してしまうだろう。

「ああそれは大丈夫」

「なんの根拠があるんですかその自信」

「とりあえず勇人は馬鹿だってこと」

つまり青龍店側の報告書もごまかしてしまったということだろうか。やっぱり店長も瀬川君についてきてほしいんだな。瀬川君一人に相手側の報告書まで改竄してしまうなんて。

それにしても、報告書が書き替えられているのに勇人さんは気が付かないのか?報告書なんて部下に書かせていちいち確認していないのだろうか。だとしたら職務怠慢だと思う。

「そうだ、雅美ちゃん。二十六日の集合十時になったから」

しばらくスマホをいじっていた店長が画面から顔を上げる。私は少しだけ驚いた。

「えっ、ほんとに十時集合なんですか?」

「だってリッ君に言っちゃったもん」

「でもだからっていいんですか?向こうの事情もあるんじゃ」

「青龍店には今十時にしてもらったから」

「まさか勇人さんに頼んだんですか?」

「そんなことするわけ無いでしょ」

店長は手に持ったままのスマホで時刻を確認すると立ち上がった。

「ちょっと出かけてくるね。店番よろしく」

「あ、店長!」

私の制止も聞かずに店長は店の奥へ消えていってしまった。私は「はぁ〜〜」と深いため息をつく。

「仕方ない、店の掃除でもしますか」

私は誰に言うでもなく呟くと、ホウキとチリトリを取りに行くため店の裏へ向かった。




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