無力と無気力2
翌日、七月二十一日、火曜日。時刻は六時ちょっと過ぎ。学校が終わった私はバイトをするために今日も朱雀店へやって来ていた。引き戸を開けカウンターの横を通り過ぎ店の中に進むと、来客用のソファーに店長と、珍しく瀬川君が座っていた。
「おはようございます。何やってるんですか?」
とりあえず二人の方に近付き挨拶をした。店長と瀬川君は各々挨拶を返す。
「実はちょっと面倒臭いことになっちゃって」
「何かあったんですか?」
私はとりあえずソファーに座り、荷物を足元に置いた。
「ほら、昨日の依頼あったでしょ?鱒之助のやつ」
「はい。まさか青龍店が断ったとか……」
「引き受けてはくれたんだけどさ。朱雀店に来た依頼なんだから、ちゃんと完遂できたか朱雀店が見守るべきとか言い出して」
「何でそんなこと……。他の店に依頼したらそうしなきゃいけないものなんですか?」
私がそう尋ねると、店長は「ううん」と首を振ってため息をついた。
「たぶん黙って頼みを聞くのはうちに従ってるみたいで嫌だったんでしょ」
「うわ、子供……。だからってそんないちゃもんみたいなこと言ってきたんですか」
店長は「朱雀店の頼み」と言ったが、勇人さんは「相楽蓮太郎の頼み」を聞くのが嫌だったんじゃないかなぁ、と私は思った。どっちにしろ私情でそんないちゃもんつけてるんだから、仕事なのに公私混同している勇人さんが子供なことに変わりはないが。
「それで、結局そのいちゃもん承諾したんですか?」
「うん、まぁね。雅美ちゃん琵琶湖行きたいかなぁと思って」
そりゃ行けるなら行きたいけど、店長と瀬川君と行って、しかも遊びではなく仕事で行って、それは楽しいのだろうか?
「それにこれはまだ良心的な言いがかりだよ。これを断ったらもっと面倒臭いのが来るだろうから、こっちが大人になっといた方がいいと思う」
「なるほど……。成り行きはわかりましたけど、じゃあ行くのはこの三人でですか?」
「僕は嫌ですよ、店長」
私の質問に店長ではなく瀬川君が即答した。そんな瀬川君を見ながら店長が「って言ってるんだよねー、リッ君が」と言う。
「雅美ちゃんどうにかして説得してよ」
「店長、僕が人が多くて暑い場所が嫌いなの知ってるでしょう」
瀬川君は少し目を細めて店長を見るが、店長は気付いていませんよとでもいうような顔でそっぽを向いた。
まぁせっかくだから三人で行くべきだと思うし、店長もこう言っているので、私はちょっくら瀬川君を説得してみることにした。私の力で説得しきれるかはわからないが。
「せっかくだし瀬川君も行こうよ。行ってみたら案外楽しいかもよ?ね?」
「…………」
私の言葉に瀬川君は何も言わなかった。やっぱりこの人を説得できる気がしないよ。でもどうせ後で店長がぶーぶー言うだろうから、私の力では無理だということを証明するためにもう一押しくらいしておくか。
「たまには外に出て伸び伸びするのもいいと思うよ。それにこの三人で行く機会なんてもうないと思うな」
まぁこれくらい言っておけば店長も納得してくれるだろう。瀬川君はどうせ無言を返してくるだろうから、私は店長の反応を窺おうと視線をスライドさせた。しかし私の予想に反して瀬川君が口を開いた。
「……まぁ、荒木さんがそう言うなら……」
「えっ、ほんとに!?」
私は視線をギュンッと瀬川君に戻す。瀬川君は小さく頷いた。
何てことだ、まるで予想外だ。瀬川君が人が多くて太陽の日差しが突き刺さる暑い場所にわざわざ自ら赴くとは。いったいどういう心境の変化だ。まさか私の放つ言葉には何か非科学的な力が!?
「じゃあ二十六日は臨時休業だね」
「言っときますけど長居はしませんよ」
「コンテストは午前かららしいし、夕方には帰れると思うよ」
店長の言葉に瀬川君はほっと息を吐いた。そんなに嫌なのについてきてくれるのだろうか。瀬川君を心変わりさせた要因はいったい何なのだろう。
「とりあえず、コンテストに出場する従業員は色摩って人と贄里って人に決まったらしいから。雅美ちゃんは会ったことないだろうけど、リッ君は見かけたことくらいはあるよね?」
店長の言葉に瀬川君はこくりと頷いた。色摩(しきま)さんと贄里(にえざと)さんか……、ちゃんと名前覚えておこう。ベストカップルコンテストで準優勝を狙うくらいだから、やっぱりイケメンと美人だろうか。
話が終わるとさっそく瀬川君が立ち上がった。
「では店長、僕は部屋に戻ります」
「うん。当日は九時半にここに集合ね。雅美ちゃんもいい?」
私は「七月二十六日午前九時半店集合」と頭の中にメモしながら、店長の言葉に「はい」と返事した。
今回の依頼は、全力で優勝を目指すのではなくピンポイントで準優勝を狙わなければならない。一位でも三位でもダメなのだ。その辺の順位の調節を、青龍店の人達はどう工夫するのだろうか。もし準優勝以外なら、依頼人の佐々木さんから見たら朱雀店の失態となる。それに依頼された仕事が失敗するなんて、何でも屋にあるまじき事だ。
いくら考えたってコンテストに出場しない私はなんの力にもなれない。私は青龍店の従業員さんが見事準優勝してくれることを祈るばかりだった。
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