bite the bullet3
「お兄ちゃん!」
その日の夜十時、お父さんは会社の飲み会へ、お母さんは一番風呂だった私の次に風呂に入ったことを確認して、私はノックもせずにお兄ちゃんの部屋のドアを開け放った。
「な、お前勝手に開けんなよ!」
「お兄ちゃんに一生のお願いがあるの!」
部屋のベッドに寝転んで漫画を読んでいたお兄ちゃんは慌てて身体を起こした。私はお構い無しでズカズカ部屋に入る。お母さんがお風呂から上がる前に、さっさと話をつけなければ。
「何だよ、金ならやらねーぞ」
「困ってないからいらないよ。そんなことより、明日夕方私の買い物に付き合ってほしいの」
私の言葉にお兄ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「俺明日は五日ぶりの休みなんだけど」
「でも暇でしょ?」
「全然暇じゃねーよ次の四勤に備えてごろごろしないと」
「暇じゃん!学校終わった後だけでいいから!」
「やだ。俺は忙しい」
「せめて夜だけ!ね!」
「無理無理。お袋に付き合ってもらえばいいじゃねーか」
「お母さんじゃ意味ないの!」
お兄ちゃんは話は終わりとばかりにしっしと手を動かした。しかしそれで引き下がる私ではない。私だって背に腹は代えられない状況なのだ。私は出て行かない意思を伝えるために床に腰を下ろした。
「ちゃんと理由があるから、ちょっと聞いてよ」
お兄ちゃんは面倒臭そうな顔をしたが、私は構わずにストーカー被害を受けていることを話した。その後ににっしーのアドバイスも付け加える。
「ね、だからお兄ちゃんしか頼めないのお願い」
「尚更やだよ。ご近所さんに変な噂が立ったらどうしてくれんだ」
「酷い!可愛い妹のピンチだよ!?」
「第一お前なんかにストーカーがつくこと自体信じらんねーよ。勘違いなんじゃないのか?」
「もう三日も連続でつけられてるんだよ?絶対勘違いじゃないよ!」
私の思い込みではないことを力説すると、お兄ちゃんはようやく真面目に捉えてくれたようだ。先程までより幾分真剣な顔になって私に言う。
「それよりまず親に言った方がいいんじゃねーか?まだ言ってないんだろ?」
「お、親はダメっ」
「またバイトか?」
図星なので渋々頷く。お兄ちゃんはため息を吐いた。
「そのバイトじゃなきゃダメなのか?もっと別の、親にちゃんと説明できるようなバイトに変えるとか」
「今のじゃないとダメだよ……。他の所じゃ意味ないの」
「ならちゃんと親を納得させるんだな。だいたい、親にちゃんと言ってないことバイト先の上司はどう思ってるんだ?」
「たぶんどうとも思ってない……かな……」
「大丈夫なのかその会社」
「親に言ってないこと私が黙ってるだけだもん」
その時、風呂場の方から戸が開く音がした。慌てて振り返ると、続いてお母さんのスリッパを履いた足音が聞こえる。
「とにかく、明日夕方付き合ってよ」
「それはやだ」
「ケチ!」
「ケチで結構。ほら、早く出てけよ」
「お兄ちゃん心狭すぎ!役立たず!」
私がお兄ちゃんの部屋のドアを叩きつけるように閉めると、お母さんが階段を上がってきたところだった。
「あら雅美、お兄ちゃんの部屋にいたの?お風呂空いたから言いに来たんだけど」
「お兄ちゃん今ごろごろするので忙しいから入らないんじゃない」
「お父さんが帰ってくる前に済ませてほしかったんだけど……」
お母さんはぶつぶつと言っていたが、結局お兄ちゃんの部屋には寄らずに階段を下りていった。私はまだ髪の毛を乾かしていなかったので、隣の自室でドライヤーをあてた。
勉強机のイスに座って、今後について考えてみる。お兄ちゃんに彼氏になってもらう妙案は失敗に終わった。学校の数少ない男友達はこんなこと頼める程仲が良くないし、そもそも赤の他人には頼みたくない。にっしーには申し訳ないが、別の案を考えることにする。
しばらく考えて思いついた。実は私ってめちゃくちゃ強いんです!並の男なんて片腕で投げ飛ばしちゃいます!アピールをしてみるのはどうだろう。実際私の運動神経は平均よりちょっと下くらいだろうが、何とかしてストーカーの目を誤魔化せないだろうか。空手黒帯ですとか噂を流してみる?でもどこに流せばストーカーの耳に入るだろうか。
それとも、実際にストーカーの前で拳で電柱を砕くくらいの芸当をしてみるか?暗闇だったら騙されるだろうか。ただタネを仕込むのが大変そうだし、もし見破られたら私が危ない。無策で特攻するのはもちろんあり得ないし、実は強いんです案はいいと思っのだがここまでか……。
しばらくすると階下からお母さんがしつこく私を呼ぶ声が聞こえた。きっと話し相手がいなくて寂しいのだろう。仕方なくリビングへ下りたら、飲み会から帰って来たお父さんが風呂から上がったところだった。
私はまだ夕飯を食べていないことに気が付いて、台所のフライパンを温めた。フライパンの中には一人分のおかずが入っている。この時間だしみんなはもう夕飯を食べ終えたのだろう。私は考え事に没頭しすぎたようだ。
白米とおかずを皿によそってイスに座ると、お母さんが声をかけてきた。テレビから流れるバラエティー番組に出てくるタレントについてあーだこーだ言っている。こういうくだらない話をする為に私を呼んだのだろうから、私はなるべく気が利いた返事をした。
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