bite the bullet2




やはり誰かに相談するのが一番だろう。七月八日、水曜日。午後五時四十七分。私はいつものファミレスのテーブルでコーヒーを一口飲み、目の前で真剣な顔を作っているにっしーを見た。

「それで、相談って何ですか?」

私が相談相手に選んだのはにっしーだった。学校の友人に話すことも考えたのだが、話を広められるのは何だか嫌なのでやめておいた。にっしーなら、例え彼女の友人に話されたとしても、その友人は私の顔なんて知らない。赤の他人にどう思われようが痛くも痒くもないが、大学のビミョーな顔見知りに噂されるのは気分が悪い。それににっしーなら、家がわりと近いという利点がある。

普段ネジが緩んでいるようなにっしーが珍しく真剣な顔をしているので、私もつられて真剣な顔になって話を始めた。

「実はね、ここ最近、夜帰るとき誰かにつけられてて……」

「何か怪しげな組織に尾行されているんですね」

「う~~……ん、と、その可能性も無きしにもあらずだけど、普通に考えてストーカーだと思う」

「ス、ストーカー!?大変じゃないですか!警察に通報しないと!」

一人で勝手に慌て始めるにっしーに、私はおそらく警察は当てに出来ないことを説明した。にっしーといるとすごく冷静になれるな。

「それで、どうすればいいと思う?」

「お母さんとお父さんには言いました?」

「まだ言ってないんだけど……できれば言いたくないんだ」

「それなら仕方ないですねー。うーん……」

仕方ないの一言で片付けたが、私が親に言いたがらない理由は気にならないのだろうか。まぁ説明する手間が省けていいのだが。

「わかりました、彼氏を作ってストーカーさんに諦めてもらいましょう!」

「でもそれって現実的かな……?第一、彼氏がいることをどうやってアピールするの?バイト帰りしかストーキングされてないんだよ?」

「何言ってるんですか!ストーカーはいつでもあっらーのこと見てますよ!だってストーカーですから!」

「ということは、今も見られてるの?」

「もちろんです!」

何せにっしーの言うことだから、彼女の言葉を真に受けたわけではないが、だが確かにその可能性もゼロではないと思う。私が存在に気付くのは帰り道だけで、昼間や夕方にも私の近くにいるのかもしれない。何といっても私は相手の顔を知らないのだ。近くで見られていても気が付かないだろう。

「で、でも、だったらここでこの話するのマズくない?」

「じゃあこしょこしょ話しましょう!」

今更になって周りのテーブルを見回してみたが、近くのテーブルは全て学校帰りの高校生だった。もし店内にストーカーがいたとしても、今までの会話は聞かれていないだろう。だが警戒するに越したことはない。私とにっしーは顔を近づけて小声で話し出した。

「まず始めに、ストーカーさんがどこの誰なのか突き止めないと。あっらーに心当たりはないんですか?」

「うーん……。私の仕事は接客業じゃないし……」

先日の依頼人で、ストーカー被害を受けていた志水さんのきっかけは、ストーカーの男性が焼肉屋で働く志水さんに一目惚れしてしまったからだった。が、そもそもお客さんが少なく接客業ではない私は、バイト関係の可能性はほぼ無いだろう。

「じゃあ、通学中とかによく会う人とか。電車がいつも同じ人とかでもいいですし」

「家を出る時間がいつも私と同じなんだろうなって人は何人かいるけど、どれもストーカーっぽい人だとは……」

「あっらー!どんな人でもストーカーになり得るんですよ!奴らは愛のハンターなんですから!」

「にっしーのストーカー知識の出所も気になるけど……まぁ確かにその通りか。とりあえず明日は家出る時間変えてみるよ」

「他にも、学校の先生とか、バイト先の先輩とか、意外な人がストーカーだったりしますからね!注意して見てみてください!」

なるほど、学校の教授か……。まぁあり得ないこともない。私は比較的真面目な生徒なので、私のことを「良い生徒」と勘違いしての行動かもしれない。表面しか見ていない場合、そういう風に自分の中で勝手に美化してしまうこともあるだろう。バイト先うんぬんは論外だ。にっしーは知らないだろうが、うちの店は私を含めても従業員は三人しかいない。

「そのストーカーさんの顔……はわからないにしても、体格とかは覚えてないんですか?」

「ちらっと見ただけだから……。でも身長はたぶん百七十くらいで、太ってはいないと思う。長袖長ズボンだったからビミョーだけど」

「この暑い中ご苦労様ですね。じゃあそういう体型の人には特に、特に注意してください。私が迎えに行けたらいいんですけど……」

「いやいや、それはにっしーが危ないから」

にっしーもバイトがある日は、買える時間が私とほぼ同じくらいなのだが、彼女は自転車を使っているので心配ないだろう。もし新手の自転車使いの変態が現れた時は要注意だが。

「とりあえず、あっらーは早急に彼氏作ってください。それで万事解決です。あっらーならすぐ出来ますよ」

「まぁ考えておくよ」

と答えたものの、私が彼氏作りに勤しむことはないだろう。確かに彼氏が出来ればストーカーは諦めてくれるかもしれないが、その可能性があるというだけで、もしかしたら逆に悪化してしまうかもしれない。そうなったら私と付き合ってくれた人に迷惑がかかるだろう。被害も及ぶかもしれない。それに、恋愛的に好きじゃない人と付き合っても楽しくはないだろう。第一、私の一言で男性がコロッと落ちるような恋愛テクニックも持ち合わせていないし、微笑むだけで悩殺できるほど美少女なわけでもない。今すぐ彼氏を作るのも無理な話だ。

「あ、すみません、私そろそろバイトです」

「ごめんね、せっかくバイト前時間あったのに」

「いえいえ、あっらーの為ならたとえブラジルからでも駆けつけますよ」

にっしーは今日のバイトは休みだったのだが、他のバイトの子が風邪を引いたので急遽代わりに入ることになったらしい。にっしーは普段は夕方五時からのシフトだが、その子は今日は七時からだったので、こうやってバイト前にファミレスに寄る事が出来たのだ。まぁいくら七時からといっても、この時間にここを出たらギリギリだろう。

急いで会計を済ました私達は、その場で手を振って別れた。自転車を漕ぐにっしーの背中がどんどん小さくなる。一人になると急に不安になってきた。この時間はまだ明るいが、先程のにっしーの「ストーカーはいつでも見ている」という言葉が頭を過った。私はスマホを取り出すと店長に【今からバイト行きます】とメッセージを打って、なるべく大股で歩き出した。



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