Out,out with the pain!2
三日後、六月十一日、木曜日。私は駅と店のちょうど真ん中くらいの位置にあるファーストフード店に来ていた。放課後のこの時間、店内は学生でいっぱいだ。
「信じられません。本当に信じられませんわ雅美さん」
「う、うん、本当に悪かったと思ってる。次は絶対に協力するからさ」
「私本当に信じられませんの。信じられませんわ!」
私の目の前でポテトを摘む花音ちゃんは、先程から「信じられません」を繰り返していた。
ドリームランドの依頼から約三週間。今日まで上手くかわして来たが、ついに花音ちゃんに捕まってしまった。近くのファーストフード店に連れ込まれた私は、予想通りドリームランドの依頼について問い詰められていたところだ。
「私も蓮太郎さんとドリームランド行きたかったですわ」
「仕事じゃない時にチャンスがあったら絶対に花音ちゃんに言うからさ」
「絶対ですわよ?」
「うん、絶対」
「信じておりますわよ?」
花音ちゃんの言葉に私は大きく頷いた。ここでようやくドリームランドの一件から解放された。さりげなく時計を確認したら、店に連れ込まれてから一時間が経っていた。
「そういえば今日は店に行かなくていいの?」
「行った帰りですわ。本当は店で雅美さんを待とうかとも思ったのですが……瀬川さんがお一人で店番をしておられたので」
「瀬川君帰ってきたんだ」
私の言葉に花音ちゃんはたいして興味もない顔で「どこかに行ってらしたの?」と尋ねた。私はそれに慌てて首を振る。
「ううん、ちょっと風邪で休んでたの」
「ああそうでしたの。あの方も風邪なんて引くんですのね」
どういう意味だ……と思いながらも、私は花音ちゃんの一言をスルーした。確かに表情がめったに変わらない瀬川君が風邪をひいた姿は想像できないが、実際は普段と変わらない無表情だった。いや、普段より少しぼーっとしていたか。
「花音ちゃんは風邪とか大丈夫?」
「私は健康にも気を配っておりますから……はっ!」
そこで花音ちゃんは何かに気づいたように目を見開いた。私は彼女の次の言葉に身構える。
「私も風邪を引けば蓮太郎さんに心配してもらえるのでしょうか!?」
「う、う~ん。心配くらいはするかもしれないけど……」
「お見舞いに来てくださるかしら!?」
「店長も忙しいだろうから……」
望み薄なのを何とか伝えようと頑張ってみるが、花音ちゃんは「風邪ってどうしたら引けるのでしょうか……」と自分の世界に入ってしまった。さてと、どうやって現実世界に連れ戻そうか。
「花音ちゃん、よく考えてみて。玄武店ってすごく遠いからたぶん店長お見舞いに行けないよ」
「私はこうして朱雀店まで来ておりますわよ?」
「それは、花音ちゃんには愛の力があるから……」
「蓮太郎さんには愛の力がないとおっしゃいますの?」
「付き合ってもいないのに普通はお見舞いなんて来ないよ。陸男さんに聞けばどんな状況かもわかるし……」
私が懸命に説得すると、花音ちゃんは「ぐぬぬ……」と言って黙った。どうやら理解してくれたらしい。私はホッと息を吐く。
「でも、私も蓮太郎さんに心配してもらいたいですわ」
「そりゃ命の危険性があれば心配するだろうけど……。あ、悪漢にさらわれたとかどう?」
そう言ってから私は内心で「しまった!」と叫んだ。たとえ花音ちゃんを襲った男がいたとしても、彼女の怪力には敵わないだろう。心配をする必要性が全くない。花音ちゃんも同じことに気づいたのか、先程から何も言えないでいる。
花音ちゃんは咳ばらいを一つついて、気を取り直したような笑顔を浮かべた。
「なら、事故に巻き込まれたとかはどうでしょう?私もお兄様も身体の頑丈さは人並みですわよ?」
「うーん本当に危ないのはちょっと……。それに運よく事故が起きるなんて確率的に期待できないし」
「ならいったいどうすればいいのでしょう?」
花音ちゃんが困ったように眉を下げる。私は大きく息を吐くと、切り出した。
「別にさ、無理に心配してもらわなくてもいいんじゃない?心配ってあんまりさせるものじゃないと思うし」
よし言った!自分の勇者ぶりに内心でグッジョブと褒めたたえたが、花音ちゃんの答えを聞いて私は言葉を失った。
「私だって、無理に心配してほしいんじゃありませんの。ただ、ほんの少しでも私のことを考えていて欲しいのですわ」
そう言って微笑む花音ちゃんに私は何も言えなかった。これが恋する乙女の姿か!ま、眩しすぎる!店長もいい加減花音ちゃんと付き合っちゃえばいいのに。こんなにかわいらしい子他にいないよ!
「花音ちゃんごめん、私が間違っていたよ……。私もこれからは店長の前でいちいち花音ちゃんの話をするよ!」
「まぁ、それは嬉しい限りですわ。蓮太郎さんも毎日私のことを考えてくれるようになったら素敵ですわね」
蓮太郎さん「も」ということは、花音ちゃんは毎日店長のことを考えているんだろうなぁ。こんなに健気で頑張り屋なのにその気持ちは報われないなんて……。
その後、私達は話題を最近の依頼のことに移した。何でも屋という珍しい仕事なので、中には面白い依頼もあるのだ。それに、他店舗━━それも売上トップの玄武店の話はためになる。
「やっぱり忍び込む系は服装に気を使うよね」
「私も最近宝石を盗んでくれと依頼がありましたけど、その時なんてお面をつけて行ったんですのよ?」
「お面?何で?」
「ガラの悪い見張りが何人もいて殴り合いになったんですのよ。まぁそれがわかっていたからこそ腕っ節の強い私が行ったのですけれど」
「でもそういうのって普通男の人の仕事じゃない?」
「うちの殿方は皆さんひ弱で任せられませんわ」
「服装といえばさ、仕事によっては汚れてもいい服にするとか気を使うよね」
「それはわかりますわ。一度ゴミ掃除の仕事をしたことがありますけれど、あれはもう身嗜みとか言ってられませんわよね」
「だよね。店帰って来ても身体洗えないし」
「あら、それは朱雀店だけですわよ。他の店にはちゃんと従業員用のシャワールームがありますもの」
「え、何それ、ずるい!」
「仕方ありませんわ。朱雀店は建物も古いですし、何より開店当初は一郎さん一人で店を回していたんですもの。お風呂なんて二階の住居区にあれば十分ですわ」
「確かにそうだけどさ……。でも汚れて帰ってきて報告書書くのけっこう嫌だよね。服着替えても髪とかについた汚れは落ちないし」
「すぐにお風呂に入りたい気持ちはわかりますわ。私も先日風呂より先に報告書書いてくれって言われて、お兄様をぶん殴ってやりたくなりましたわ」
「でもうちももう従業員三人いるんだしさ、リフォームしてシャワーくらいつけてもいいような気がするんだけど。一郎さんが店長でもなくなったし……」
「あら、知りませんの雅美さん。朱雀店は一切手を加えることを禁じられておりますのよ。だから蓮太郎さんもリフォームだけはなさりませんの」
「何で手を加えちゃダメなの?」
「それは私も知りませんけれど……。やはり何でも屋の原点ですし、建物を残しておきたいんじゃありません?」
「そっかぁ……なるほど……」
花音ちゃんの答えは私を納得させるにはほんの少し不十分だった。完全に納得するにはまだ少し何かがひっかかっている気がする。
「二時間も喋ってしまいましたわね。そろそろ出ましょうか」
「花音ちゃんはこれからどんな仕事?」
花音ちゃんがトレイにゴミをまとめて立ち上がったので、私もそれに倣った。
「今日は特に仕事は入れてませんの。街に寄ってから帰ろうと思いますわ」
「何か買い物?」
「明日お兄様の誕生日ですの。だからプレゼントを買いに」
「へー、陸男さん誕生日明日なんだ。私からもおめでとうって言っておいてくれないかな」
二人並んで店を出る。駅と店とでは方向が真逆なので、私達はここで手を振って別れた。
「おはようございまーす」
店について引き戸を開けると、目の前のカウンターに瀬川君が座って本を読んでいた。私に気づいた瀬川君が顔を上げて「おはよう」と返す。
「風邪治ったんだね。良かった」
「仕事休んでごめん。荒木さんに迷惑がかかってなかったらいいんだけど」
「大丈夫だよ。何だかんだ言って店長がやってたから」
実際、瀬川君が休んでいた三日間、私の仕事は何一つ変わらなかった。確かにただの風邪くらいなら瀬川君も数日で帰ってくるだろうが、中にはすぐにやらなければならない仕事だってあったはずだ。それでも私は普段通りファイル整理と店の掃除しかしていなかったのだから、やはり瀬川君の仕事は店長がしていたのだろう。店長はいつもと同じくダラダラしているようにしか見えなかったが。
「あ、店番ごめんね。代わるよ」
どうやら店に店長はいないようだし、今日はずっと瀬川君が店番をしていたのだろう。二時間も遅れてしまったことが申し訳ない。
「荒木さん」
「どうしたの?」
「お粥ありがとう。美味しかった」
「いいよあれくらい。瀬川君が元気になって良かった」
言いたいことは言ったのか、瀬川君はさっさと裏の自分の部屋へと行ってしまった。私は荷物をカウンターの下に置いて椅子に座る。店長がいないのは、やはり一度花音ちゃんが店に来たからだろうか。
「…………」
静かだな、と思った。まぁ、瀬川君が裏にこもってて店長が外出中という状況はよくある。そのたびに私は静かだと思っているのだが、今日はやけに静かに感じる。
「さっきまで花音ちゃんといたせいかな」
しばらくぼーっと座っていたが、私は勢いよく立ち上がると台所へお茶を淹れに行った。そして本棚から適当なファイルを抜き、カウンターに座ってペンを持つ。頭切り替えて仕事仕事。一応お給料貰ってるんだからね。
しばらくファイル整理を続けていたが、私はとある依頼で手を止めた。ペンを置きじっくりと目の前の文章を読む。
私が手を止めたのは「怪盗アザレア」の依頼の報告書だ。この怪盗アザレアというのは、悪い方法で得た宝石や絵画を盗み出してしかるべき所へ返すという、いわゆる義賊というやつだ。その行動から国民からは正義の味方のような扱いを受けている。アザレアからの予告状がメディアで発表されると人々が盛り上がる程だ。
しかしこの怪盗、当たり前だが謎に包まれている。正体を知るものなんてもちろんいないし、警察に捕まったことなんて一度もない。軽い身のこなしで警察の包囲網を軽々とくぐり抜けて行くのだ。ちなみにアザレアの性別だが、昔、警備を担当していた数人の警官が「女性だと思う」という発言をしている。そのため人々は「怪盗+女性=美人」という図式を勝手に思い浮かべ、彼女の姿を一目見ようと予告状の場所へ足を運ぶ者までいる始末。まぁ私も美人だったらカッコイイなとは思うけれど。
じっくりとファイルを読んでいると目の前の引き戸が音を立てて開いた。私はファイルに集中していたので驚いて変な声を上げてしまった。
「雅美ちゃんおはよう」
「おはようございます。びっくりさせないでくださいよ」
「雅美ちゃんがぼーっとしてたのが悪いんでしょ。何読んでたの?」
私は怪盗アザレアが絡んだ依頼の報告書のページを店長に見せた。
「アザレアと関係する依頼なんてあったんだなーと思いまして」
「ふーん。十二年前の依頼か。僕も知らないや」
「でもほら、依頼完遂って書いてありますよ。すごいですよね」
この依頼内容は、怪盗アザレアから予告状が来たから宝石を守ってくれというものだった。そして何でも屋は見事アザレアから宝石を守り切ったのだ。アザレアが失敗したのはもしかしたらこの一度きりではないだろうか?
「でも怪盗アザレアって私が子供の時にはもういたから、結構おばちゃんか、もしかしたらおばあちゃんかもしれませんね」
「僕が子供の時にももういたなぁ。アザレアって名前もついてて」
「アザレアって自分でつけたわけじゃないんですか?」
「自分では怪盗としか名乗ってなかったけど、メディアがアザレアって呼び出したからそれが一気に広がったって聞いたことあるけど」
そうだったのか。何かカッコイイ名前だからてっきり自分でつけたのかと思っていた。
「そういえば、アザレアってどういう意味なんですか?」
「ツツジのことだよ。西欧で改良された」
店長はそう答えながら店の裏へ行ってしまった。手に提げていたコンビニ袋に栄養ドリンクのようなものが入っていたから、もしかしたら瀬川君の部屋に行ったのかもしれない。
私は怪盗アザレアに勝利したこの依頼の報告書の整理を始めた。昔のファイル程手書きで適当なのだ。ほとんど殴り書き箇条書きになっている報告書を綺麗な文章にまとめる。私の字も綺麗とは言いがたいが、これらの報告書の字よりは遥かにマシだろう。まとめた文章を丁寧に書き込んでいけば、いつの間にか今日の退勤時間になっている。案外時間がかかるものなのだ、このファイル整理は。
「店長、私そろそろ帰りますね」
私はファイルを本棚に戻して筆記用具を片付けた。時刻は午後九時。私はソファーにいる店長に挨拶をするためひょこっと顔を出した。
「お疲れ。気をつけて帰ってね」
ひらひらと手を振る店長に「お疲れ様です」と言って店を出る。
「いっくしゅん!」
今夜は少し冷えるな。私は身震いをひとつすると、自転車に跨がり帰路についた。
翌朝私は熱を出して三日間学校とバイトを休んだ。
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