明日に名前でもつけて3
「瀬川君が仕事以外に用事があるなんて信じられないわ」
「鳥山さんは瀬川君の何を知っているというの……」
翌日。五月二十四日。日曜日。午前十一時。今日は学校がないので朝から仕事に向かっていたら、待ち伏せしていた鳥山さんに近くのファーストフード店に引きずり込まれた。独尊君といい鳥山さんといい、どうして私の出勤退勤時を狙うのか。普通に連絡して普通に約束を取り付けたらいいのに。
とにもかくにも鳥山さんにファーストフード店に連れ込まれた私。わざわざ待ち伏せして私を朝食に誘ったのだ。鳥山さんは何か私から聞き出したい情報があるに近いない。そう思っていたのだが、鳥山さんの第一声は「最近どう?」だった。鳥山さんとする話なんてほとんど仕事の話しかない。私は「いつも通り」と答えた後、必死に話題を探して最近の瀬川君の奇行と私の見解について話したのだ。店長の話題だと鳥山さんは嫌な顔をするだろうと思って瀬川君の話題にしたが、どうやら私は間違わずに済んだようだ。
「でも瀬川君も一応まだ高校生だしさ。もしかしたら友達と遊んだりするのかも」
「だってあんた瀬川君が友達と遊んでるとこ想像できる?」
「そ、それは……」
というか瀬川君に友達がいることが想像できない、とか言わない方がいいだろうか。
「というか、私は瀬川君に友達がいるのが想像できないわ」
「あはは……」
と思っていたら鳥山さんに言われてしまった。私達の瀬川君に対するイメージって一体……。私は心の中で「ごめん」と一言瀬川君に謝った。
「瀬川君はとにかく仕事一筋なのよ。少なくとも私の知ってる瀬川君はそうだわ」
「そりゃ私の知ってる瀬川君もそうだけど……」
鳥山さんはどうしても瀬川君に仕事以外のことをしてほしくないらしい。でも私ですら仕事一筋だなと思っているのに、他店舗の人にまでそう思われているなんて、瀬川君はもう少し周りの目を気にした方がいいかもしれない。いや、というか、他店舗の人達は瀬川君の存在すら知らないんじゃないか?
「でも何の用事か気になるわね……。よし、尾行しましょう」
「鳥山さん二言目には尾行するって言うんだから。っていうか、私はそこまで瀬川君の用事気にならないし……」
「そ、そうよね。尾行は言い過ぎよね。実は私もそこまで気になってなかったんだけどね!」
鳥山さんはそう言ってコーラのストローに口をつけた。そして思い切りむせる。
「ゴホッ、ゲホッ、ゴホッ」
「だ、大丈夫!?鳥山さん」
鳥山さんは片手を私の前に出して大丈夫だとアピールした。彼女はしばらくむせていたが、すぐに呼吸を整えた。私はむせないように注意してコーヒーを一口飲む。
「私やっぱりハンバーガー買ってくるわ。今日朝食べてきてないの」
鳥山さんはそう言って、財布を持つとレジに向かった。私がコーヒーしか頼まなかったから、鳥山さんも私に合わせてコーラしか買わなかったのだろう。彼女はハンバーガーの包みを一つ手にして、すぐに戻ってきた。
「何買ったの?」
「期間限定のスパイシーバーガーよ」
「うわ、それ超辛いやつじゃん……」
私は先日お兄ちゃんがテイクアウトで買ってきたスパイシーバーガーを思い出した。新商品だから家族四人分買ってきてくれたのだが、あまりの辛さにみんな一口食べただけでバーガーを袋に戻した。しかし鳥山さんはそのスパイシーバーガーを美味しそうに頬張っている。
「そういえば鳥山さんは最近どうなの?」
「私?私は普通よ」
「何か変わったこととか」
「ないわね。花木の事件で怪我した人達が戻ってきたくらいかしら」
鳥山さんの答えを聞いて、冴さんの名前も聞かなくなったなと思った。冴さんはメルキオール研究所で幸せにやっているだろうから、なるべくそっとしておいてあげたい。スフレちゃんの話だと、他の人とはまだ距離があるが北野さんとは仲がいいらしい。
「秋山さんって人がすごい大怪我だったんだけど、一週間前ようやく復帰したのよ。青龍店の鳩の子も戻ってるって聞いたし」
「鳩?」
「あんたそれも知らないの?」
鳥山さんは呆れてものが言えないという様子だった。
「鳩っていうのは伝令係のことよ。青龍のナントカっていう高校生の姉弟、あんたも会ったことあるでしょ?」
「へー、あの仕事って鳩って呼ばれてるんだ。一瞬鳩に餌やる係のことかと思ったよ」
青龍店の唯我さんと独尊君が仕事で朱雀店に来たのはたった一回しか知らないが、ちょうどその時私は店にいなかった。だから彼らが具体的にどういう仕事をしているのか私はわからない。しかし「伝令係」で「鳩」なら、由来はやはり「伝書鳩」からだろうか。
「やっぱりその鳩って仕事の人、白虎店にもいるの?」
「というかいないのあんたの所だけよ」
「うちは人数少ないからいないのかな?」
「そうなんじゃない?もともと朱雀店って他の店とは違う感じするけど」
「どういうこと?」
私が詳しい説明を求めると、鳥山さんは少し黙った。言うことを頭の中で整理しているのだろう。
「まず、店の電話帳で朱雀店って二番目に乗ってるじゃない?黄龍の次よ?一番売上が少なくて一番お客さんの知名度も低いのに、おかしくない?」
「確かに……。でも一番店が古いからっていう理由かも」
「それなら青龍店より玄武店が先に来るのはおかしいわ」
私は電話帳の朱雀店より下の部分はよく見ていなかったので、「そっか……」というありきたりな反応しかできなかった。
「それに、一番古いってことは一番歴史があるってことじゃない。だって今の店長の前って社長が店長やってたんでしょ?」
「えっ!そうなの!?」
それは初耳だ。でも、瀬川君と花音ちゃんと三人で朱雀店の書庫を探していた時、本棚をひっくり返してしまって一郎さんの書いた記録を読んだことがある。その文章を思い出してみると、確かに一郎さんは朱雀店で店長をやっていた時期があることがわかった。
「そうよ。十年くらい勤めてる人から聞いたから間違いないわ。でも、その時すでに黄龍は出来ていたんだから、社長は黄龍にいるべきじゃない?」
「確かに」
「それでも朱雀店に店長として残ったのは、何か理由があるとしか考えられないわ」
一郎さんが朱雀店に残った理由か……。私も少し考えてみたけれど、見当もつかなかった。もし私が一郎さんの立場だったら……。どんな想いであの古くて小さい店に残っただろうか。長年働いた店から離れたくなかったからとかだろうか?
鳥山さんは残りのスパイシーバーガーを口に放り込み飲み込むとこう言った。
「あんたのとこの店長にちょっと聞いてみなさいよ」
「店長が教えてくれるわけないよ……」
二年勤めた今でも言われていないことがたくさんあるのに、何を思って鳥山さんはそんな突拍子もない事を言ったのだろう。
「何で?あんたあいつと仲いいでしょ」
「別に普通だと思うよ」
「普通は店長とドリームランドに行ったりしないのよ……」
そうなのだろうか。確かに遊びに行くのはおかしいと思うが、私は仕事で行ったんだから何もおかしいことはないのではないだろうか。
「でも朱雀店について知りたいんなら、うちの店長に直接聞いてみたら?ポロっと教えてくれるかもよ」
店長がポロっと教えてくれることなんか無いだろうな、と思いながら私は提案した。案の定鳥山さんは苦々しげな顔をする。
「嫌よ私あんたのとこの店長苦手だもの」
「だからこれを機に仲良くなってみるとか」
「…………」
「だって他の店の店長と仲良くなっといた方が何かと得な気がしない?もしもの時その繋がりが役に立つかも!」
そう説得してみると、鳥山さんは私から目を反らしてもごもごと口を開いた。
「そ、そりゃ私だって仲良くした方がいいのはわかってるけど……。私が悪いのもわかってるし……」
「そういえば、店長が鳥山さんに何か言ったから嫌われたって聞いたんだけど、店長に何言われたの?」
「あんたのとこの店長は言わなかったの?」
「秘密って言われた」
「そう。それなら私も秘密にしとくわ」
「えー」
もう一年も前の出来事だが、店長が鳥山さんに何て言ったのか未だに気になっているのだ。鳥山さんは元から店長の事が好きではなかったようだが、あの頃から更に毛嫌いするようになった気がする。
「でも鳥山さんに仲良くする気があるなら私手伝うよ。きっと店長の方は何も気にしてないだろうけど」
「うん……まぁ……。あ、ありがとね」
鳥山さんの返事は微妙だったが、きっと手伝ってほしいに違いない。彼女は素直じゃないから、表情や言葉をそのまま受け取らない方がいい時もある。
私的には鳥山さんと店長には仲良くしてもらいたい。数少ない仕事関係者である二人の仲が良くないと、私もやりにくいしね。それに単純にみんな仲が良い方がいいに決まっているのだ。
「じゃあそろそろ行きましょうか。私昼から仕事入ってるし」
「あ、そうなんだ。長話しちゃってごめん」
そう言ってから、無理矢理誘われたのは私の方なのだから私が謝るのはおかしいなと少し思った。トレイとゴミを片付け、ファーストフード店を出る。
鳥山さんはもちろんこれから駅へ向かう。私は駅前を通らない方が早く店につくのだが、鳥山さんに付き添って駅まで行くことにした。確かに遠回りにはなるが結局たいして距離は変わらないのだ。
「あんたはこれから何すんの?また店の掃除?」
「たぶんそうなると思う。お客さんめったに来ないし」
二人で雑談しながら駅までの道を歩いた。ファーストフード店から駅までは約五分。すぐに【南鳥駅】という看板が見えてきた。
「あれ?」
駅まであと百メートルというところで、少し離れた所に店長が立っているのが見えた。歩いているわけではなく、道の端に突っ立ってスマホを操作している。私は嫌そうな顔をする鳥山さんを引っ張って店長に声をかけた。
「店長!こんな所で何してるんですか?」
「あれ、雅美ちゃんまだ店についてなかったの?」
「ちょっと鳥山さんと朝ごはん食べてて……」
私がそう言うと、店長は私の斜め後ろでぶすっとした顔をしている鳥山さんに目を向けた。
「麗雷ちゃんがこんな所に来るなんて珍しいね」
「別にそうでもないですけど」
ぶすっとした顔のまま答える鳥山さん。私はそんな彼女に「さっき話してたばっかりじゃん」と囁いた。この距離ならおそらく店長にも聞こえただろうが、内容がわからなければ聞こえていないのと同じだろう。
私の忠告に鳥山さんは「わかってるわよ……」と小さく答えたが、わかっていてもなかなか行動に移せないのだろう。何度も言うが、彼女は素直じゃないから。
「店長はもう店に帰るとこですか?」
「うん。雅美ちゃんも?」
「はい。なら一緒に行きましょう」
そうと決まれば次は鳥山さんに別れの挨拶だ。私はくるっと振り返って、未だに一歩引いた位置にいる鳥山さんの方を見た。
「じゃあ鳥山さん、私達店に行くね。鳥山さんも仕事頑張って……」
「ちょっと待って」
鳥山さんは私の言葉を遮るとズイッと店長の前に出た。
「一つ聞きたいことがあるんだけ……ですけど」
「何?」
私はハラハラしながら二人を見守った。まさか鳥山さん、先程話していた朱雀店のことを今聞く気なのか!?さすがに単刀直入すぎる……と心配したが、鳥山さんはそれとは全く関係がないことを尋ねた。
「この前の轟木蛾針の依頼、依頼書を黄龍に提出しなかったのは何故ですか」
「どうしたの今更そんな昔の話を持ち出して」
「昔じゃありません。たった四ヶ月前のことです。答えてください」
「にぃぽんに聞かなかった?轟木ちゃんが脅したからって」
鳥山さんはぐっと拳を握ると店長を睨むように見上げた。
「彼女一人の力でやれないことはわかっていたはずです。それでも報告しなかったのは何か隠したいことがあったからじゃないですか?」
私はびっくりしながら鳥山さんを見ていた。確かに、言われてみたらそうだ。何故今まで気付かなかったんだろう。鳥山さんは更にまくし立てるように続けた。
「轟木蛾針の起こした事件の後、すぐに花木冴が出て来て何でも屋全体の意識はそっちに移りました。タイミング良すぎると思ってたら、花木冴はあなたの知り合いらしいですね」
鳥山さんが喋っている間、私はただポカンと口を開けてマヌケ面を曝していたに違いない。店長は鳥山さんの言い分を全部聞くと、少し困ったような笑顔を浮かべた。
「麗雷ちゃんは頭いいね。そこまで考えてるなんて」
「いいから正直に答えなさい」
鳥山さんは大股で腰に手をあて店長をねめつけた。そんな彼女とは反対に店長はあくまで友好的な口調を貫いている。
「そうだね。まず、冴ちゃんが動いたタイミングは完全にあいつの独断。僕が唆したからじゃないよ」
「…………」
「次に、轟木ちゃんの依頼書を書かなかった理由は、それは秘密」
「……何かやましい事があるからですか」
「それも秘密」
鳥山さんの目が更に細められる。当たり前だが彼女はその答えに納得も満足もしていない。
「それで私がごまかせるとでも思ってるの?」
「じゃあどうする?」
「店長に報告するわ」
「それもいいかもね」
店長の余裕の態度に鳥山さんが片眉を上げる。
「なら黄龍に報告するわ。これならどう?」
「それでもいいかもね」
「…………」
鳥山さんはしばらく黙って店長を睨み付けていた。と思ったら突然振り返って私を見ると一言言った。
「帰るわ」
「あ、ま、またね」
私の返事を聞き終わる前に、鳥山さんはずかずかと駅へ歩き出していた。私はしばらくその背中を眺めていたが、ふいと隣の店長を見上げた。
「また鳥山さんからの印象が悪くなってしまいましたよ」
せっかく店長と仲良くしたいという意思が確認できたばかりなのに。顔を合わせる度に険悪になっている気がする。まぁ案の定店長は気にしていないようだが。
「それは仕方ない。じゃあ雅美ちゃんだったら何て答えてた?」
「それは……。また今度話すとか言ってこの場はごまかすとか」
「そんなこと言ったら麗雷ちゃん毎日店に来そうだけどね」
私は「今度っていつよ!?」と言いながら店に押しかけて来る鳥山さんを想像した。
「とりあえず店に帰ろっか。そろそろリッ君が文句を言うころだから」
店長が歩き出したので、私は慌ててその横に並んだ。
店に向かって歩きながら考える。店長が轟木さんについて隠していることは何なんだろう。先程の鳥山さんとのやり取りからして、何か隠しているのは明白だ。なら何を隠しているというのだろう。
私はぐるぐると思考を巡らした。轟木さんが二代目切り裂きジャックだということ?いや、それは報告書に書いてあったはずだ。そもそも、店長は誰に対して隠している?何でも屋全体?黄龍?社長である一郎さん?
その時、私の中に花音ちゃんの言葉が甦った。「だって、言ってくれなかったということは、私が言うに値しない存在だったということでしょう?信用が足りていなかったのか、力不足だったのか……。誰だって信頼のない人物にぺらぺらと自分の話なんてしませんものね」。
花音ちゃんは本当にすごいなぁ。どうしてそこまでひたむきに信じることが出来るんだろう。どうして自分の力不足を認めることが出来るんだろう。
私は隣を歩く店長を見上げて言った。
「店長、信じてますからね」
店長は少し驚いたようだったが、ちょっと笑うと何も言わずに私の頭をわしゃわしゃと撫でた。犬じゃないんだから、と心の中で文句を言いつつ乱れた髪を直す。
店まではもうすぐそこだった。
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