明日に名前でもつけて2
翌日。五月二十三日。土曜日。午前十一時。
「……ということがあったんです」
私は昨日の悩みをさっそく店長に相談していた。
「うーん、それは困ったね。雅美ちゃんの親がそんなに厳しいとは知らなかったなぁ」
「普段はこんなに厳しくないんですけど……」
自分の親はこの仕事を快く思っていないことは、やはり店長には言わない方がいいだろうか。店長なら気にしないだろうから言ってもいいような気がするんだけど……。でも、私の家族のイメージが悪くなるのは何か嫌だな。
「いっそのこと雅美ちゃん一人暮らししたら?」
「出来たらしてますよ」
「学校の近くに住みたいからとか理由つけて」
「学校は家から通える距離なので親は許してくれないと思います。するなら生活費全部自分で稼げって言われるはずです」
「雅美ちゃん社員にはなりたくないんだよね?」
「えっ!?な、何でですか!?」
社員という単語に動揺してしまった。私が社員になろうと決めているのは大学を卒業してからだし、今ばれるのは早過ぎる。大学卒業まで何だか気まずいし、何より私なんかが社員になりたいだなんて知られるのが恥ずかしい。
「社員になったら給料増えるし、引っ越しの時も会社からお金ふんだくれるし。まぁ稀に異動とかあるけど」
「そ、そうなんですか……。あ、じゃあ瀬川君も社員になったら移動しちゃうかもしれないんですね」
私は思わず自分のことから話を反らした。これ以上社員の話をしていると私の決意が店長にばれてしまいそうで、早く別の話題に変えたかった。
「そうだね。まぁある程度本人の意思が尊重されるけどね」
「瀬川君は異動って言われたら、やっぱり他の大きな店に行っちゃうでしょうか?この仕事好きそうですし……」
「それは無いんじゃない?雅美ちゃんは行かないでほしいと思う?」
「そりゃあ……。けっこう長い間一緒に仕事してますしね」
とは言ったものの、瀬川君との思い出なんてほとんどない。第一彼は裏方作業専門だし、一緒に仕事をする機会があまりないのだ。自分の部屋にこもってばかりだから会話をする機会すらない。
「店長は瀬川君がいなくなるとしたら寂しいですか?」
「そりゃあね。でもリッ君が決めたことなら仕方ないって割り切ると思うよ」
「引き止めないんですか?」
「それがリッ君の意思だったらね」
「僕もどっちかというと見送ってきた側だから、まぁ慣れてるしね」と言う店長は少しだけ寂しそうだった。昔この店にいた人達を思い出しているのだろうか。
私がこの店に初めて来た時二人の先輩がいた。でもその二人は今はいない。そしてもちろん、私がこの店に来る前にも様々な人がいたんだ。そして何かの事情でこの店を離れた。この店は暖かい店だから、離れるのは寂しかっただろう。
「そういえば、店長昨日の夕方太陽堂にいませんでした?」
ちょっとしんみりした話になったので、私は話題を変えることにした。
「いたいた。もしかして雅美ちゃんもいたの?」
「はい。ちょっと夕飯の買い物に」
「声かけてくれれば良かったのに」
「お友達と一緒みたいだったので……」
本当は私の母と合わせたくなかったからなのだが、私はそう言い訳しておいた。
ちょうどその時店の裏から瀬川君がやって来て、私と店長は会話を中断してそちらに視線を向けた。瀬川君は迷うことなく店長に近づく。
「どうしたのリッ君」
「店長が今日中に仕上げろって言ったんじゃないですか」
「そうだったっけ」
瀬川君は手に持っていた紙をため息混じりに店長にわたし、店長はそれを受け取る。用は済んだと店の裏に戻ろうとした瀬川君を、店長が引き止めた。
「そうだ、リッ君今日何時に帰る?」
瀬川君は足を止めて答えた。
「別にいつも通りですけど」
「そっか。ならいいや」
店長のテキトーな返事を聞くと、瀬川君はさっさと自分の部屋に帰って行った。瀬川君は今日何か用事でもあるのだろうか?そういえば五日前も家の用事で早退していたし、瀬川君だって仕事ばっかりしてるわけじゃないのかもなぁ。
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