輝く星はひどく綺麗だ
五月二十一日。午前八時。夜中、中高速道路を走って七時間、私と店長は東京ドリームランドへやって来ていた。すでに十数分チケットブースの列に並んでいるが、パーク内に入れるにはまだ少しかかりそうだ。
「さすがに混んでますね。でも、これでも今日は空いてる方らしいですよ」
私は暇つぶしに隣の店長に話しかけた。店長は辺りをキョロキョロと見回しながら、「ああうん、そうだね」と生返事を返した。おそらく花音ちゃんを警戒しているのだろう。実際、あちこちに空導高校の黒いブレザーが見える。
「この時期だと修学旅行生が多いみたいですね」
「そうみたいだね……」
店長の生返事がムカついたので、しれっとそう言ってみる。私は花音ちゃんの修学旅行と私達の仕事の日が被っていることに気が付いたと店長に言ってはいないが、店長なら昨日花音ちゃんが店に来た時点で察しがついているだろう。だから今私が言ったセリフが、わざと花音ちゃんを連想させる物だということも、店長は気が付いているはずだ。
結局チケットブースでは花音ちゃんに見つからないまま私達はパーク内へと入ることが出来た。チケットブースを凌げば、花音ちゃんに見つかる確率はぐっと低くなるだろう。店長も少し安心した顔をしている。
「まずはどこから行くんでしたっけ」
私はポケットから取り出した紙を広げながら呟いた。この紙には、どこでどの時間にどのキャラがどのくらいの長さ姿を現すかが書かれている。これを調べてくれたのは瀬川君だ。私でも出来そうな情報収集だったので始めは自分でやろうかと思ったのだが、なかなかに面倒臭さそうな作業だったので、瀬川君は当日行かないからという理由で押し付けたのだ。店長が「あんまり時間ないし雅美ちゃんがやって間に合わなかったらやばいから」という一言物申したくなるような口添えをしてくれたおかげで、見事瀬川君に押し付けることが出来た。
瀬川君メモによると、開演の八時から二時間、ハムスターのダウリスとパーシスがタウンエリアの自分達の家にいるそうだ。場所の名前はターンハウス。
「まずはダウリスとパーシスですね。さっそくいきましょうか」
楽しげにはしゃぐ人々を追い抜き、早足にターンハウスへ向かう。そこにはすでに数名の人が列を作っていたが、十五分ほど並べばダウリスとパーシスに対面することが出来た。
「すみません、お二人のサインがほしいんですけど」
私は依頼人の四万川さんから預かってきたサイン帳をハムスターの着ぐるみに渡した。ダウリスとパーシスは「もちろん!」「喜んで」みたいなジェスチャーをして、ペンを持ちにくそうな手でサインを書いた。
「ありがとうございます」
私は二人と握手を交わし、ターンハウスを後にした。他のお客さんはたいていダウリス達と写真を撮るだけだが、見ているとサインをお願いする人も何人かいるみたいだ。これがウサギのブルーノとシェミーのような人気キャラになれば、十五分では済まなくなるだろう。
「次のホーマーとアリッサまでちょっと時間ありますね。お土産見てもいいですか?」
「それはいいけど、荷物増えるよ?」
「大丈夫です、荷物は増やしません!」
私は店長について来るよう言うと、今いる場所から一番近いギフトショップへ入った。時間があると言っても、次のキャラクターのところへ行くまで、移動時間を引いたら十分しかない。さっさと選ばなくては。
ギフトショップに入るなり、私は店長をほったらかして店の奥へ進んで行った。私が目指すのはカチューシャ売り場だ。やっぱりドリームランドへ来たなら、キャラクターの耳がついたこのカチューシャをつけなければ、気分が盛り上がらないだろう。
私はウサギのシェミーの耳のついたカチューシャを手に取る。ドリームキャラで一番人気なのは、ウサギのブルーノとシェミーだ。ドリームキャラの代表格である。そして女の子に一番人気のカチューシャは、おそらくシェミーのカチューシャだろう。
私はシェミーの耳がついたカチューシャに決めた。店長はネコのフィースでいいだろう。このフィースというキャラがまた意地悪で嫌なやつなのだ。でもふいにいいやつだったりする。店長にぴったりだ。
レジでカチューシャの代金を払って、店長のところへ戻る。どうやら店長も私のことを探していたところだったらしい。
「雅美ちゃんどこ行ってたの?探すの大変なんだから」
「大丈夫ですよ。店長目立つからはぐれても私が見つけられますもん。それより、ちょっと屈んでください」
言われた通り屈んだ店長の頭に、フィースのカチューシャを装着する。私も自分の頭にシェミーのカチューシャを付けた。
「何つけたの?」
「フィースです」
「ふーん。そんなことより、そろそろ次行かないとやばくない?」
私は腕時計で時刻を確認する。予定より三分オーバーだ。次のクマのホーマーとアリッサは、そこそこ人気のあるキャラクターなので、三分の遅れは大きいだろう。
「急ぎましょう!」
私と店長は急ぎ足でホーマー達のいる噴水広場へ向かった。噴水広場に到着すると、噴水の前でホーマー達が記念撮影に応じていた。それに並ぶ人の数はざっと見ただけでも三、四十人はいるだろう。
「ちょっと遅かったですかね?」
「これはけっこうかかりそうだね」
列の最後尾に並んで、瀬川君メモを開いた。次のインコのラングレーとミラの登場は一時間後。間に合うだろうか。
「クマは午後にも来るし、先にライオンを捕まえた方が良かったかな?」
「でもズリエル達はいつでも会えますし……。ホーマーは一日二回しか現れませんから」
ライオンのズリエルとビアンカは一日中園内をうろうろしているらしい。しかしクマのホーマー達は今と夕方の、一日二回しか現れない。時間はかかってもホーマー達を優先した方がいいだろう。
「一日二回しか愛想振り撒かなくてもいいなんて、優遇されてるよね」
「人気キャラですから」
同じ人気キャラでもウサギのブルーノとシェミーや、イヌのミルトンとローリーは一日中園内で会えるのに。実際はドリームランド側の都合なのだろうが、何だかホーマー達が玉座にあぐらをかいているように見える。
「ラングレー達が終わったら、ウサギとライオンとイヌを探しますか?次のネコまで三時間ありますし」
「そうだね。ご飯食べてる時間あるかな?」
私も昼ご飯は食べたいところだが、それはたぶん難しいだろう。三時間でこの広い園内をうろつく六匹を見つけなければならないのだ。サイン帳はひとつしか無いので店長と二手に別れることも出来ない。
ようやく私達の番が来て、私と店長はホーマーとアリッサの前に立った。係員さんがカメラを向けて「二匹の横に立ってください」という合図をするが、私はそれをやんわり断ってホーマーにサイン帳を突き付けた。
「すみません、サイン貰えますか?」
ホーマーとアリッサは写真ではなくサインを要求されたことに少しびっくりしたようだったが、さすがはプロ。一瞬で気を取り直すと「僕らのサイン?」「まぁ、嬉しいわねホーマー」みたいな小芝居をしてサインを書いた。
ホーマー達へのお礼もそこそこに、私と店長は駆け出した。腕時計を確認する。五分オーバーだ。早くインコのラングレーとミラがいる時計の館へ行かなければ。
「雅美ちゃんそっちじゃない」
先頭を走っていた私を店長が呼び止める。慌てて足を止めて振り返ると、店長が右の道を指差していた。
「す、すみませんっ」
急いでいたせいで道を間違えた。ほとんど来たことがない上に、ただでさえ広い園内だ。考えなしに進むとどこに出るかわからない。
噴水広場と時計の館はけっこう距離がある。園内の端から端という程でもないが、それに近いような位置だ。
「すみません、ちょっと……」
走りすぎて脇腹が痛くなった私は、思わず足を止めた。呼吸も整わなくて喋ることも出来ない。
「雅美ちゃん大丈夫?」
店長の問いに、私は片手を上げて「大丈夫です」と返した。一分も休めばまた動けるようになるだろう。私は呼吸を整えることに専念した。
膝に手をついて息を整えていると、突然店長が私の腕を掴んで引っ張った。驚きで声をあげる暇もなく、すぐ隣にあったギフトショップに連れ込まれる。
「ど、どうしたんですかいきなり」
「あれ見て」
店長が窓の外を指差した。そちらを見てみると、空導高校の黒いブレザーを着た数人の女子生徒がこちらに歩いてくるところだった。みんな短いスカートで派手な色に髪を染めていて、怖い印象だ。ザ・ギャルといった風貌である。
「花音ちゃん……」
私は連れ立って歩く女子生徒の中に、見覚えのある顔を見つけた。制服を着ているので一瞬わからなかったが、あれは間違いなく花音ちゃんだ。
「よく気づきましたね」
「悪寒がしたから」
花音ちゃんの店長察知レーダーより、店長の花音ちゃん恐怖心の方が高性能だったということか。隠れるのがあと十秒遅かったら、おそらく花音ちゃんに見つかっていただろう。
私達はギフトショップの中から、花音ちゃんが目の前を通過するのを確認する。幸いこちらに気づいた気配はない。私達の目の前を歩いている花音ちゃんは、友人達との会話から離れてスマホを操作していた。
「店長、もう行きましたよ」
私がそう言うと、店長は恐る恐る窓を覗き込んで外を確認した。花音ちゃんの背中が小さくなっていくのが見える。
「雅美ちゃんが味方してくれて良かったよ」
「見つかったら仕事になりませんからね。今日だけです」
花音ちゃんが完全に見えなくなったのを確認して、ギフトショップから出る。だいぶ時間をロスしてしまったが、早くインコのラングレー達のところへ向かわなければ。再び走り出そうとした私だが、ポケットに入っているスマホが鳴り出したので足を止めた。届いたメッセージを確認して私は戦慄する。
「店長」
私は振り返った店長に、無言でメッセージの画面を見せた。その送り主は花音ちゃんだ。私が店長に突き付けた画面には、【蓮太郎さんの気配がするのですが、一日早く東京に来ているということはございませんわよね?】と書かれている。店長の顔色が変わった。
「え、何これ怖い。怖い!本当に怖い!」
店長は本気で恐怖を覚えたらしく、ブルッと震えた。私は花音ちゃんの店長察知レーダーが健在だとわかって安心する。
「早くここから離れよう」
「焦らなくても大丈夫ですよ。花音ちゃんは向こうに行きましたから」
とは言っても、ドリームキャラのサイン集めはすでに予定の時間より押している。私達は時計の館へ向かって再び走り出した。
時計の館にはすでに五十人程の人だかりが出来ていた。インコのラングレーとミラは集まった人達に向かって笑顔で手を振っている。
「何か列とかないみたいだね」
「頑張って前の方に行ったら時間短縮できますよ」
「よし、なら雅美ちゃん突撃してきて」
「何で私なんですか。店長が行ってきてくださいよ」
「僕そういうの好きじゃない」
私だって人をかき分けて前に出るなんて好きじゃないよ。しかし時間がないのも事実。ここに時間を掛けていたら、ウサギやイヌやライオンを探す時間がどんどん短くなってしまう。私は肩に掛けていたかばんを外すと、店長の前に突き出した。
「ちょっと持っててください」
「えっ、マジで行くの?」
そう言いつつも店長は反射的に私からかばんを受け取る。私は手首と足首を回しながら頷いた。
「行ってきます」
「圧死しないようにね」
店長の言葉を背中で聞きながら、人だかりに突入する。先程より少しずつ人が増えてきているようだ。もたもたしてはいられない。
人と人との間に手を突っ込み、迷惑そうな顔をされながらも身体を捩込む。花音ちゃんだったら力で押し切ってあっという間に最前列に行くのだろうが、私にそんな馬鹿力は備わっていない。私は小さい身体を最大限に利用して、とにかく人の隙間を縫って前進した。
サイン帳だけは死守しながら、なんとか最前列に飛び出す。私が「おっとっと」と急ブレーキをかけ顔を上げると、目の前にはミラ立っていた。彼女は仕草で「飛び出しちゃダメよ」と私に言った。
「あ、あの、サインお願いできますか!」
目の前に目的のキャラクターがいたことに驚いて、つい私はサイン帳をにぎりしめた手を突き出してしまった。すぐに「しまった」と思う。明らかに順番を抜かして飛び出してきて、それに対してされた注意も無視したような人間に、ミラは優先してサインをくれたりしないだろう。私は自分の失敗に悔やんで顔を伏せると、突き出したままの手からスッとサイン帳の感覚が消えた。
「えっ」
思わず顔を上げると、サインを書き終えたミラが私にサイン帳を差し出したところだった。
「あ、ありがとうございます!」
私はミラに深く頭を下げ、サイン帳を抱きしめた。なんていい人なんだろう!着ぐるみの中の人が!と思ったが、もしかしたら必死の形相の私から、何かただならぬ理由を感じ取ったのかもしれない。それでもいい人には変わりないのだが。
私は人だかりの流れに乗り、次はラングレーを目指した。すでに最前列にいた私は、すぐにラングレーのサインを貰うことに成功する。サイン帳を手放さないようにしっかりと握り、今度は流れに逆らって人だかりから脱出した。
「ぷはっ!」
「おかえり雅美ちゃん」
人だかりから吐き出されるように飛び出し、大きく息をつくと、少し離れた場所にいた店長が目の前にやってきた。
「ちゃんと貰ってきましたよ」
私はラングレーとミラのサインが書いてあるページを開いて店長に見せる。店長は私の頭に手を伸ばすと、ずれていたカチューシャを元の位置に直した。
「これから六匹探さなきゃいけないけど、その前にちょっと休憩する?」
「お願いします」
今の特攻でもうくたくただ。そろそろ喉も渇いてきたし、少し座って休みたい。私は店長からかばんを受け取ると、レストランへ向かって歩き出した。
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