子どもたちのいろいろ5




四万川さんが依頼をしに来たその翌々日。五月十九日。火曜日。お昼の一時半過ぎ。朱雀店のカウンターに座る私の隣には、何故か花音ちゃんがいた。

「聞きましたわよ雅美さん。ドリームランドに行くんですってね」

「う、うん、まぁね……」

引き戸が開いて花音ちゃんの顔が現れた時、正直私は少しドキッとした。まさか私が店長とドリームランドに行くのを嗅ぎ付けて、それで私を責めに来たのではないかと思ったのだ。

花音ちゃんは簡単な挨拶を済ませると、すっかり馴れた様子でカウンターの私の隣の席に座った。そして私が出したお茶を一口飲んでホッと息を吐くと、先程のセリフを言ったのだ。私は何を言われるのかと、心臓をバクバクさせた。

「羨ましいですわ。本当に。私もドリームランドで蓮太郎さんとデートしたいですわ」

「あのね花音ちゃん、私達は仕事だから行くわけで、そこは間違えないでね」

「わかっておりますわ。でも私からしたらデートですもの」

そう言って、花音ちゃんは数回「羨ましいですわ」を繰り返した。

「そういえば、私達がドリームランド行くって誰に聞いたの?やっぱり陸男さん?」

このままだと「羨ましいですわ」の呪文で呪われそうだったので、私は話を進ませる。本当は全く別の話題にしたかったのだが、さすがにそれは露骨すぎるだろう。

「お兄様が教えてくれるわけ無いではありませんの。あの人、私の恋路を邪魔してばかりですもの」

「じゃあ一体誰が?」

てっきり店長が陸男さんに話して、それが花音ちゃんに伝わったのだとばかり思っていたが。それにしても、どうやら陸男さんは店長の味方らしい。花音ちゃんが店に来る時に、それを店長に知らせているのも、もしかして陸男さんなのだろうか。 

「雅美さん、もしかしてまだ依頼内容のファイルを見ていませんの?他店舗の依頼も全部見れますのよ?」

「あっ、うん、そうだったっけ。そうだよね」

私は慌てて作り笑いを浮かべる。この前花音ちゃんは詳しく教えてくれたのに、なんだかんだ言って見なくてもやってけるから一度も確認していないとは、さすがに言えない。

「まぁ、それはよろしいですわ。私は朱雀店に入った依頼はすぐに確認することにしておりますの。今回の依頼、始めは県外派遣員の方にお頼みする予定でしたのよね?」

「うん。でもそれがダメになって、結局私達が行くことになったんだ」

「存じておりますわ。まぁ正直、県外派遣員という文字を見て、初めは中身も読まずにスルーしたのですけれど。でも昨日の夜に、変更点があるというので見てみたましら、お二人が行くということになっておりまして」

それから花音ちゃんは、本日何度目かわからない「羨ましいですわ」を口にした。

「雅美さんはどうしてそんなに運がよろしいんですの?私にもわけていただきたいくらいですわ」

「私からしたら良くも悪くもないんだけどね」

花音ちゃんは話の合間にお茶を一口飲んだ。彼女の方が圧倒的に多く喋っているので、喉が渇いたのだろう。

「でも、本当に惜しかったんですのよ。実は私、明日から三日間修学旅行で東京に行きますの」

「へぇ。いいね」

「それで、二十一日は一日ドリームランドで過ごすことになっているんですの」

「えっ!」

私は思わず大きな声を出した。私達がドリームランドに行くのも二十一日だ。花音ちゃんと被っている。

しかし花音ちゃんが発した次の言葉に、私はもう一度驚くことになる。

「でもお二人が行くのは二十二日でしょう?本当に惜しいですわ。どちらかの日程があと一日ズレていたらと思うと……」

「えっ!」

花音ちゃんの言葉の途中で声を上げてしまう私。正確に言うと、「二十二日でしょう?」の直後だ。二度も大きな声を出した私に、さすがに花音ちゃんも訝しむ。

「どうなさいましたの?雅美さん」

「いや、ううん。何でも。それから?」

頭の中の情報を整理するのに精一杯で、私は花音ちゃんに話の続きを促すことしかできなかった。

不思議そうな顔を浮かべながらも、話を再開させる花音ちゃん。しかし私には彼女の話の一片も頭に入って来なかった。

一体どういうことだ?私達がドリームランドに行くのは、確かに二十一日のはずだ。私の記憶違いということも無いだろう。なのに花音ちゃんは二十二日と言っている。

そこで私は一つの仮説を立てた。店長が日付をごまかしたのだ。

おそらく店長は、花音ちゃんが修学旅行でドリームランドに行くのを知っていたのだ。依頼遂行日の二十一日に行くのを。だからドリームランドに行くのをあんなに嫌がっていたんだ。

店長なら、花音ちゃんが朱雀店に来た依頼を確認して、ドリームランドに行く日が被っていることがバレると想像できただろう。だからごまかしたのだ。黄龍に送る報告書に嘘の日付を書いて。これなら全てのつじつまが合う!

ならおそらく、シマリスのアレックとエルシーが来日するくだりも報告されていないだろう。アレック達が二十一日にしか会えないから、私達はどうしても二十一日にドリームランドに行かなくてはならなくなったのだから。

ここまで推測して、私の心に一つの不安が過ぎった。これはつまり、黄龍に送る報告書を偽造したということだ。真実でないことを書いて提出したのだから。こんなことして、もしもバレたら店長はまた店長会議に呼ばれるのではないだろうか。

「雅美さん、聞いてますの?」

「えっ!?あっ、うん。聞いてる聞いてる。ほんと残念だよね、一日違いなんて」

仕方ないので、この場は店長に合わせてあげることにする。店長、ひとつ貸しですよ。私は本来花音ちゃん応援派なのだから、ここで本当のことを言ってやっても良かったのだ。しかし、行きたくない店長を無理矢理ドリームランドに連れていく罪悪感が少しあったので、この場だけは店長に味方してあげることにする。

「そう思いますでしょう。日付を見た時、私神様を呪いましたわ。どうしてこんな意地悪をするのでしょう」

「ははは……。ねぇ、本当に」

意地悪どころか、神様は花音ちゃんに大大大チャンスを与えてくれているんだけどね。それでも店長が手を打つ方が一歩早かったということか。

それにしても、今はごまかせていても、当日はどうするつもりなんだろう。確かにドリームランドは広いが、うっかり出くわす可能性だって十分あるだろう。それでなくとも私達はサインを求めて歩き回らなくてはならない。花音ちゃんだって友達と園内を歩き回るはずだ。

店長には何か策があるのだろうか。でもまぁ、策があるならあんなに嫌がったりしないか。となると、周りを警戒しまくって、花音ちゃんと出くわさないように祈るしかない。

「本当にどうしましたの雅美さん。浮かない顔をなさって」

「え?あ、いや……。ちょっとこれから憂鬱なことがあってさ……」

「まぁ、そうでしたの。それは申し訳ないことをしてしまいましたわ。そんな時にお邪魔してしまって」

憂鬱がやって来るのは今日じゃなくて明後日なんだけどね。そして、憂鬱の原因は他の誰でもない、花音ちゃん君である。

「でしたら、私そろそろおいとまさせていただきますわ。明日に備えて荷物の確認もしなければなりませんし」

花音ちゃんは残っていたお茶を一気に飲み干すと、カウンターから一歩出た。

「そっか。明日からの修学旅行、楽しんできてね」

「ありがとうございます。それでは、蓮太郎さんによろしくお願いいたしますわ」

花音ちゃんはペコリと会釈をして、店を出て行った。店長がいない時の花音ちゃんは、実にあっさりと玄武店に帰る。私はカウンターのコップを回収すると、店の裏にある台所へ向かった。

使ったコップを洗い、新たにお茶を二つ淹れる。一つを持って瀬川君の部屋に向かい、花音ちゃんが帰ったことを伝えた。もう一つのお茶はもちろん私用で、私はそれを持って店へ戻った。

私がカウンターに座ると、ほぼ同じタイミングで目の前の引き戸が開いた。顔を上げるとそこにいたのは店長で、私は口から出かけた「いらっしゃいませ」を飲み込んだ。

「早かったですね」

「まぁね。すぐそこまで行ってきただけだから」

カウンターの横を通り過ぎる店長を見て、私は花音ちゃんは惜しかったなと思った。もうあと十分店にいれば店長に会えたのに。

花音ちゃんが来るほんの十分程前に出かけた店長なのだが、花音ちゃんから逃げるために出かけたのか、本当に用事があって出かけのか、その真実は不明だ。個人的には前者だと思っているのだが。

今日店に来たのは花音ちゃんくらいで、お客さんは一人も来なかった。時計の針は午後九時を指し、私はファイルをパタンと閉じた。午後九時は私が仕事を終える時間だ。退勤時間が厳密に決まっているわけではないが、この仕事を始めた時から九時に上がっていたのでもう習慣のようになっている。

一応店長に帰っていいか尋ねてみたが、予想通り「いいよ。お疲れ様」という言葉が返ってきた。私は店長に「お疲れ様です」と返し、店を出た。星がキラキラと輝いている。いい夜だ。明日の夜中はいよいよドリームランドに出発だ。



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