子どもたちのいろいろ4




話が一段落したところで、今回の依頼について再確認してみよう。

依頼人は四万川裕司さん。四十三歳。依頼内容は、東京ドリームランドの全てのキャラクターからサインを貰って来てほしいとのこと。四万川さんの妹さんの息子━━つまり甥だが、この子がどうしてもキャラクター達のサインが欲しいと言っているらしい。

問題は、甥っ子が一番好きなキャラクターでもあるシマリスのアレックとエルシーが、本場アメリカから二十一日木曜日だけ来日するというのだ。いやいや、ただの着ぐるみでしょ。とも思うが、この日を逃すとアレックとエルシーのサインはゲット出来ない。つまり依頼が完遂できない。

雨が降っても槍が降っても、何としてでも二十一日にドリームランドへ行かなければならない。正直、店長の行きたくない理由がどうとか、瀬川君の行きたくない理由がどうとか、そんなの言ってる場合ではないのだ。

瀬川君が簡単にまとめた報告書を読んで、私は今回の業務内容を頭に叩き込んだ。今回の依頼は県外派遣員が何とかしてくれると聞いていたから、ちゃんと内容を確認していなかったのだ。

私は読み終わった報告書をカウンターの上に置いた。そういえば、この報告書は私達従業員用にまとめただけのもので、黄龍に提出する報告書はまた別に作るらしい。どんな依頼が来たかを報告するための報告書だ。もちろんこの簡単にまとめた報告書をベースに作成するのだろうが、もうひとつ作らなくちゃいけないなんて大変だなと私は思った。この報告書でも十分わかりやすいのに。

黄龍に出す方の報告書も瀬川君が作っているのだろうか。それともこっちは店長が作っているのかな?などと考えながら、私はカウンターから立ち上がる。店内の掃き掃除でもしようと思ったのだ。

店の裏にある掃除用具用のロッカーからほうきとチリトリを取り出し、店に戻る。ソファーに座っている店長の後ろを通るとき、私はついこう声をかけた。

「ドリームランド楽しみですね、店長」

「うん、そうだね。すごく憂鬱だね」

店長の返事に私は肩でため息をつく。

「まだそんなこと言ってるんですか。もう決まったことなんですから、いい加減諦めてくださいよ」

店長が気の抜けた反応しかしないので、私は話を打ち切って掃き掃除に専念した。まったく、往生際が悪い。

掃き掃除が終わると、時刻は七時を少し過ぎたところだった。ほうきとチリトリをロッカーに片付けて、一息いれるためにお茶でも淹れようと台所の戸棚を開けて気づいた。紅茶がもうほとんど残っていない。

何でさっきお茶を淹れた時に気付かなかったんだろうと疑問に思ったが、戸棚をよく見たらすぐにその理由に気が付いた。コーヒーのパックが全くないのだ。おそらくコーヒー派の瀬川君が、しかたなく紅茶を飲んでいたのだろう。

紅茶はまだ少し残っているから大丈夫だが、コーヒーが無いのは困るだろう。私ではなく瀬川君が、だが。それにもしかしたら店長だってコーヒーを飲んでいるかもしれない。

私は紅茶の缶を戸棚にしまうと、自分の部屋に財布を取りに向かった。これから近くのスーパーに買い出しに行くことに決めたのだ。

財布を持って店に戻るが、店内は無人だった。店長は私が掃除をしている最中に裏へ引っ込んだのだ。おそらくまだ二階にいるだろう。私は少し迷ったが、すぐに帰ってくるつもりなので、とくに店長にも誰にも何も言わずに買い出しへ行くことにした。

店の近くのスーパーでコーヒーと紅茶、それから少しのお菓子を買って歩いて店に戻る。歩いている最中に気が付いたが、そういえば私はまだ店長がドリームランドに行きたくない理由を聞いていない。やっぱり気になるといえば気になるので、店に帰ったら聞いてみようかなと思う。

いや待てよ。しかし私はすぐに考え直した。さっき三人で話してる時だって教えてくれなかったのに、直接聞いてもきっと教えてはくれないだろう。ならば、と私は考える。店長が教えてくれないのなら瀬川君に聞くまでだ。どうやら瀬川君は理由を知っているみたいだし。

店に帰ってきて、朱雀店のボロボロの引き戸を開ける。店内に入ると、来客用のソファーに店長が座っていた。

「おかえり雅美ちゃん。どこ行ってたの?」

「コーヒーが切れてたので買いに行ってました」

ごまかすようなことでも無いので正直に答える。私は店長の後ろを通り過ぎ、そのまま台所へ向かった。

台所の戸棚に買ってきたものをしまうと、私はさっそく瀬川君の部屋へ向かった。相変わらず静かな部屋のドアを、コンコンと軽くノックする。

「…………」

しばらく待ってみても、瀬川君は姿を現さない。返事がないのはいつものことだが、普段ならノックをしてすぐに出て来るはずなのに。私は不思議に思いながら、再度ドアをノックした。

二回目のノックでも瀬川君は出て来なかった。私はどうしようかと悩んだが、心を決めるとドアノブに手をかけ、ゆっくり力を込めた。

「瀬川君……?」

ドアを開けると、暗い部屋の中が視界に飛び込んできた。照明がついていないのだ。私が照明のスイッチを入れると、部屋はパッと明るくなり、乱雑に資料が積み重なったお世辞にもきれいとは言えない部屋が姿を現した。

「いないのか……」

私は勝手に部屋を覗いた罪悪感に少し胸を痛めながら、照明を消してドアを閉める。でも、部屋にいないとしたら瀬川君はどこへ行ったんだろう。トイレに行くのにわざわざ電気は消さないし……。まさかコーヒーの買い出しに?

瀬川君の行方をあれこれ考えながら店に戻る。まぁ私が何を考えようと、店長に聞けば瀬川君がどこにいるかわかるだろう。私はソファーに座っている店長に近づいた。

「店長、瀬川君どこ行ったんですか?」

「リッ君なら帰ったよ。ついさっき」

その答えに私はびっくりする。

「帰ったんですか!?珍しいですね。体調でも悪かったんですか?」

「ううん。家の用事」

店長はそれ以外は何も説明してくれず、瀬川君がいったいどんな用事で早退したのか検討もつかなかった。

とりあえず、瀬川君とはまた明日にでも話せばいいだろう。私は今度はお茶を淹れるために台所へ向かった。



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