子どもたちのいろいろ3




結局、店長に店まで引きずり出されてしまった瀬川君。相変わらずの無表情だが、やはり少し不機嫌そうだ。

私達朱雀店の三人は、現在来客用のソファーの各々の定位置に座って、向かい合っている。瀬川君が「店長早くしてください」という視線を送ってようやく、店長が口を開いた。

「実は昨日の依頼のことだけど、黄龍に問い合わせたらちょうどいい位置に県外派遣員がいないから自分達で行ってくれって言われて」

「行くって、東京までですか?」

「うん、そう。どうせ朱雀は客来ないんだから一日くらいいいだろって」

「それで、何で店長と瀬川君が揉めてたんですか?」

今日本に県外派遣員の人がどれくらいいるのかは知らないが、なんだかんだ日本は広い。都合がつかないこともあるだろう。

だが、県外派遣員がドリームランドに行けないのならば、黄龍の言う通り私達で行ってしまえばいいだけの話だ。確かに東京は遠いが、別に行けない距離ではない。県外派遣員が使えないのは、店長と瀬川君が揉める理由にはならないと思うのだが。

「それは店長がしょうもない理由で行きたくないって言うから」

「でもリッ君が行ってくれればいいだけの話じゃない?」

「だから何で僕が行かなきゃならないんですか。店長の行きたくない理由は完全に私情でしょう」

「そんなこと言ったらリッ君だって思い切り私情じゃん」

「わかりました。なら僕はその日仕事を休みます。僕はアルバイトなので好きに休日を入れる権利があるはずですよね?」

「ずるい。それはずるい」

未だに二人がもめている理由がわからない私。そんな状況で私は、すごく嫌な想像をしてしまった。でも、もうこれくらいしか理由がないような気がする。

「あの……」

目の前でバチバチと火花を散らす二人に、私は控えめに声をかけた。二人の視線が一気に私に向けられる。

「もしかして、私と行くのが嫌とかの話ですか?あの、だったら私店番してるので二人で行ってきてください……」

二人が揉めている間に散々考えてみたが、ドリームランドに行きたくない理由なんてもうこれしか無いような気がする。私が尻窄まりになりながらそう言うと、瀬川君はキョトンとした顔をし、店長にいたっては笑い出した。

「あはは、大丈夫だよ雅美ちゃん。それは無いから」

店長の言葉に心底安心する私。もしかしたら自分では気づかないうちに二人に嫌われていたのではないかと少し怖かったのだ。あまりに馴れすぎて、二人に対する態度が良くないものになっていたんじゃないかと。

でも私が原因でないとしたら、二人がこんなにドリームランド行きを押し付けあっている理由は何なんだろう。瀬川君の方は何となくわかる。彼はドリームランドのような人の集まる場所は好きではないだろう。だが店長がわからない。店長は一年程前に尾行の依頼でネズミィーランドに行った時、けっこう楽しんでいたと思うのだが。

「じゃあ、やっぱり遠いから嫌なんですか?」

「遠いのは別にいいんだけど……」

「僕は嫌ですよ。そもそも、人が多い場所は僕は苦手です」

瀬川君の答えに、私は自分の予想が当たっていたことを核心する。しかし店長の場所の遠さは気にしないという答えは、いったいどういうことなのだろう。

「瀬川君の理由はわかったけど……。店長の行きたくない理由は何なんですか?ちゃんと言ってくれないと考えられないじゃないですか」

私がそう問い詰めると、瀬川君も「そうだそうだ」というように頷いて、こう言った。

「店長のは本当にただのわがままだから店長を連れて行けばいいと思うよ」

「ちょっと待ってよ、リッ君の理由も相当わがままだよね?」

「え、何ですか?よく聞こえません」

やっぱりよくわからない店長が行きたくない理由。でも私としては、瀬川君より店長に来てほしいところだ。瀬川君とドリームランドに行ってもおそらく息が詰まるだけだろう。それなら店長と行った方が全然楽しいと思う。

「そんな都合よく耳が悪くなるわけないでしょ。ちょっと、聞いてるのリッ君」

「話も終わったんで僕もう戻りますね」

「終わってない、全然終わってないから」

瀬川君がソファーから立ち上がるが、店長はその腕を掴んで引き止めた。瀬川君は迷惑そうな顔をしながらもソファーに腰をおろした。

二人の会話が終わるのを待っていた私は、タイミングを見計らって口を開く。

「店長はいったい何が嫌で行きたくないんですか?ネズミィーランドは行ったじゃないですか」

「この日じゃなかったら全然行くんだけど」

「この日……二十一日何か用事あるんですか?」

私がそう尋ねると、店長は言い淀んだ。

「でもこの日じゃなくちゃダメなんですよね?なら諦めてついて来てください」

「あのさ雅美ちゃん。何で僕なの?それよりリッ君説得しようよ」

店長の言葉に、無関係を決め込んでいた瀬川君が顔を上げる。

「だって……。瀬川君は行きたくないって言ってるじゃないですか」

「僕もそう言ってるんだけど」

「何ていうか店長のは、たいした理由じゃない気がして」

「それ酷くない?絶対リッ君の方がたいした理由じゃないから」

「だって店長は嫌な理由はっきり言ってくれてないですし。言ってくれなきゃ対策のしようが無いじゃないですか」

「それは……」

店長はどうしても理由を言いたくないらしい。いったい二十一日に何があるんだろう。でもこの仕事は二十一日に行かなければ意味がないから、たとえどんな理由があっても来てくれないと困る。

「そうだ、ならいっそのこと雅美ちゃんが一人で行けばいいんじゃない?」

「馬鹿なこと言わないでくださいよ!東京なんてほとんど行ったことないのに、一人なんて絶対無理です!」

店長が名案だとばかりに出した意見を、私は即座に却下する。一人で行くのももちろん不安だが、それより、何が悲しくて一人でテーマパークに行かなければならないのか。

「あのさ」

私と店長の言葉の合間を縫って、瀬川君が声を出す。彼にしては珍しく引き付けるような声だったので、私と店長は思わず視線を瀬川君に向けた。

「思ったんですけど、そもそも未成年だけで遠出をさせるのはどうなんですか?」

瀬川君の言葉に、私は「それだ!」という顔をし、店長は「しまった!」という顔をした。

「ということで店長、お願いしますね」

瀬川君はそれだけ言うとソファーから立ち上がり、テーブルの上のコップを一つ持って店の裏へ消えて行ってしまった。瀬川君の言葉に、店長は何も返さなかった。



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