仮想から連想する恋物語
「という夢を見たのですわ」
「へ、へぇ~、それは良かったね……」
他人の見た夢を長々と話されると、こんな気分になるのか。私はカウンターの隣の椅子に座る花音ちゃんの満面の笑みに、苦笑いを返した。
今日は四月十二日、日曜日。午前十一時半、ものすごい勢いで花音ちゃんが店に押しかけてきたと思ったら、長々と三十分もかけて今朝みた夢の話をしてきたのだ。
他人の夢の話なんて、しかも自分の職場の店長と結婚した場合の半分妄想みたいな夢なんて、さすがに聞いているのも少し苦痛だった。
花音ちゃんはまだニコニコ……いや、ニヤニヤとして今朝の夢に浸っている。
「それにしても、ずいぶんリアルな夢だね。夢ならもっと妄想を入れれば良かったのに」
「いいえ雅美さん、リアルだからこそいいのですわ。本当に蓮太郎さんがそう言ってくれたような気分になれますもの」
「あー、確かにそれもそうか」
確かにそれもそうだが、でもやっぱり好きな人が夢に出て来たなら「愛してるよ~」とか言ってほしいものなのではないのか?恋愛にうとい私にはイマイチよくわからないが。
「実際におっしゃっていただけたら尚いいのですけどね~」
どのシーンを思い出したのか、花音ちゃんは少し頬を赤らめて身体をくねくねさせている。
「そういえば花音ちゃんって夢の通り家事出来ないの?」
「お恥ずかしながら……」
「練習とかは?」
「家事はほとんどお兄様と来夢がやっておりますので……。家事をするなともキツく言われておりますし」
「じゃあ練習する暇がないね。よかったら今度うち来て一緒に料理する?私もそんなに上手くないけど、少しなら教えてあげられるし」
「本当ですの!?是非にお願いいたしますわ!」
まぁもし本当に結婚して花音ちゃんが家事を出来なくても、店長は怒らないと思うけどね。というか、夢の通りの言動をしそう。花音ちゃんの夢はものすごくリアリティがあるなぁ。まるで本当の出来事みたいだ。
私が花音ちゃんを家に誘ってまで料理をさせたかったのには、二つ理由がある。まず一つは、花音ちゃんだって大人になったら店長以外の人と結婚する可能性が十分あるということだ。というか、店長と結婚できる可能性の方が見当たらない。となると、やっぱり料理━━家事全般は出来るようにしておいた方が花音ちゃんの為だろう。
そして理由の二つ目。これは単純に、食べ物を木炭に変えるメカニズムが知りたいからだ。何故なんの変哲もない食材があんなに真っ黒な物体になるのか。私の予想では焼きすぎだと思うのだが、ただ焼きすぎたくらいじゃ食べ物がああはならないだろう。
突然目の前の引き戸が勢いよく開いた。反射的に「いらっしゃいませ」と言いそうになるが、来客が陸男さんだと知ると私はその言葉を飲み込んだ。
「えー!お兄様、もういらしたんですの!?まだ一時間もおりませんわよ!」
「お前が仕事も何もせず飛び出して行ったんだろうが。今日午後から保木さんの依頼あるの忘れたのか?」
「お、覚えてますわよ、もちろん」
これは忘れてたな、と私は花音ちゃんの反応を見て思った。どうやら陸男さんも同じことを思ったらしい。
「ごめんな荒木さん、花音が邪魔して。もう連れて帰るから」
「いえ、うちは仕事なかったですし大丈夫です」
花音ちゃんはぶーぶー文句を言っていたが、これから仕事があるのなら帰らないわけにはいかない。彼女は「また来ますわ」と言って陸男さんに連れられ帰って行った。店が急に静かになる。
花音ちゃん朝起きてすぐに私のところに来たらしいけど、私の他にあの話する人いなかったのだろうか?わざわざ琵琶湖の反対側まで来るなんて。まぁ一刻も早く誰かに話したかったのだろうけど。
でもあの夢の話を、中途半端に花音ちゃんと店長のことを知っている人に話したら、やっぱり引かれてしまうのかもしれない。そう考えると、本当に私くらいしか話せる人がいなかったのかも。
花音ちゃんってところ構わず店長に飛び付いてるイメージがあるけれど、実際はそうでもないのだろう。思えば店長会議の時も店長に話し掛けたのは会議が終わった後だったし、一応場は弁えてるんだよなぁ。
花音ちゃんが帰って暇になったので、私はファイル整理でもしようかと立ち上がった。本棚から適当なファイルを一冊抜き取り、ぺらぺらとページをめくる。
ファイル整理を始めてすぐに、目の前の引き戸が開いて店長が帰ってきた。私は反射的に「お帰りなさい」と言おうとしたが、ふと思い直して、花音ちゃんの声マネをしてこう言ってみた。
「お帰りなさいませ、蓮太郎さん。ご飯になさいます?お風呂になさいます?それとも、わ、た、く、し?」
「…………」
店長が思い切り怪訝そうな顔をした。しかも無言だ。なんだこれ、ものすごく恥ずかしい。
「恥ずかしがるくらいなら最初から言わないの」
店長は私の頭をぽんぽんと叩くと横を通り過ぎてソファーに座った。目の前の引き戸のガラスに映った私の顔は真っ赤で、とても見ていられなかったので私はそのままカウンターに突っ伏した。
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