何も分からぬプロローグ2
「何やってるんですか。荒木さんまで」
呆れ顔の瀬川君の目の前には、両手とつなぎを真っ白にした私と店長が立っていた。あの後はペンキのぶっかけ合いになり、私と店長は死闘を繰り広げた。そして作業を終えた瀬川君がやって来た頃、真っ白な私達と壁に二つ並んだ手形、そして何故か一部だけある塗り残しと空っぽになったペンキ缶が道にあったのだ。
「いやー、ちょっと熱くなっちゃって」
「いい年した大人が何ふざけてるんですか」
「ごめんね瀬川君はちゃんと仕事してたのに」
「荒木さん顔にもペンキついてるけど大丈夫?」
そう言われて頬を肩先で拭いてみるが、肩にもペンキがついているので悪化しただけだった。
「とにかくそこ終わらせてくださいよ」
瀬川君が塗り残された部分を目線でさして店長に言う。言われた店長は素直にハケを取った。と思ったら、塗り残しを塗った後に私の手形のすぐ隣の壁にもペンキを塗った。そこにはもうペンキが塗ってあるのに。
私が「?」を浮かべながら見ていると、店長はこちらも「?」を浮かべる瀬川君を無理矢理脚立に上らせ、その右手を掴むと私の手形の隣に押し付けた。
「これ残しとこう」
「待ってくださいよ私だけ左手じゃないですか」
「いいんですかこれ。僕らお金もらってやってるんじゃ……」
「ダメだよ雅美ちゃん、一人一個まで」
「まぁ真ん中だから我慢します」
正論を吐く瀬川君をスルーして盛り上がる私と店長。こんな上の方にひっそりとある手形なんて、依頼人も気づかないだろう。ここは建物の裏側だから尚更だ。
「店長、終わったなら依頼人に報告に行った方がいいんじゃないですか」
「そうだね。中で仕事してるって言ってたから行ってみよっか」
「代金は後払いでしたっけ」
「うん、後で振り込んでもらう。道具も返さなきゃね」
「なら荷物も取りに行きましょう」
後ろで店長と瀬川君が話しているのが聞こえる。私はつなぎのポケットからスマホを取り出すと、カメラモードにして壁に向けた。ケータイがペンキで汚れるのも構わずシャッターを押す。画面の中には三つ並んだ白い手形が写った。
「雅美ちゃん行くよ」
振り返ると、オレンジ色の道の少し離れた所に店長と瀬川君が立っていた。私が来るのを待っている。
「今行きますっ」
私はハケとバケツを掴むと、二人の方へ駆け出した。私はこの仕事が、この店が、この二人が大好きだと改めて実感した。
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