カメロットの真ん中で




「雅美、だいぶ髪伸びてきたわね。お母さんが切ってあげるわ」

「えー、いいよそのうち美容室行くから」

「ダメよ今切らなくちゃ。ほら、あっち向いて」

「ちょ、痛いってお母さん、髪引っ張らないで……痛たたたっ」







「痛たたた……って、店長何してるんですか」

「みつあみ」

母に髪の毛を引っ張られる夢をみて目が覚めると、私は店のカウンターに座っていた。すぐ脇に店長直筆の報告書が置いてある。どうやら私はあのまま寝てしまったらしい。

いや、そんなことはどうでもいい。それより今の状況だ。カウンターで寝ている私の髪で、なぜか店長がせっせとみつあみを編んでいるのだ。私は頭をぶんぶんと左右に振って店長の手を振り払う。

「何であなた達は寝ている人の髪の毛でみつあみしたがるんですか!」

「深夜と一緒にしないでよ。僕のはちゃんと左右対称、列も真っすぐきれいだし、あんな雑じゃない」

「そういう事を言ってるんじゃありません!」

私は髪をわしゃわしゃしてみつあみを解こうとする、が、えっ、これみつあみじゃなくて編み込みじゃん!しかも目茶苦茶きっちり編み込まれてる!

隣のイスに座っている店長を睨みつけながら何とか編み込みを解く。危なかった、あと少し目が覚めるのが遅かったら私の頭はコーンロウみたいになるところだった。

「ねぇ、雅美ちゃんのこれって天パなの?」

「そうですけど……何か?」

店長は私の短い髪の毛の先を少しつまみながら尋ねる。天然パーマは子供の頃からの悩みだったりするので、正直あまり触れて欲しくない。この髪質のせいで私はずっとショートヘアだし、私だってサラサラストレートに憧れたりするのだ。

「どうなのかなーと思って」

「店長はいいですよね髪の毛ストレートで」

「パーマ代浮くじゃん」

「それは天パの悩みを知らないから言えるんです」

ロングストレートのにっしーに同じことを言われた時は「人の気も知らないで!」と殴ってしまいそうになったが、相手は仮にも上司、私は握りこぶしをそっと引っ込めた。

「ていうか店長いつまでそこにいるんですか。喉渇いたから飲み物取りに行きたいんですけど」

「行ってらっしゃい」

「いや、だからそこどいてくださいよ」

進路妨害する店長を押しのけてカウンターから出る。寝起きで喉がカラカラだ。台所の冷蔵庫にあった冷たい水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。ふぅ、生き返るー。

そういえば今は何時だろうと思いながら店に戻る。壁の時計を見ると三時五十分だった。二時間寝ていた計算になる。あんな体勢でよく寝てたなと自分に呆れながら、テーブルに二つお茶を置いた。いつものソファーに腰掛けながら、すでに座ってテレビを見ている店長に尋ねる。

「そういえば三千院さんの誕生日パーティーのことなんですけど」

「雅美ちゃんどうせ予定なんかないでしょ?」

「失礼ですね。……まぁ空いてますけど。それより、要正装って書いてあったんですけど、私パーティーに着て行くような服なんて持ってないですよ」

居眠りをしてしまう前に気になっていたことをさっそく聞いてみる。店長はお茶を一口飲んでから「そんなの僕だって持ってないよ」と言った。

「大丈夫大丈夫、うちは何でも屋だよ?ドレスくらい黄龍の物置に行ったら腐る程あるから」

「そうなんですか……」

「うん。だから明日黄龍行って好きなの選んできてよ。そしたらクリーニングして当日までに送ってもらうから」

ドレスは買わなくてもいいと聞いてホッとしたのもつかの間、続く店長の言葉にギョッとする。しかも店長はさらに厳しい条件を突き付けてきた。

「あ、リッ君のはどうせ何でもいいって言うだろうから僕が適当に選んでおいたから。あとは雅美ちゃんだけだよ」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。一人で行けっていうんですか!?」

ほとんど知らない場所に一人で行くなんて不安すぎる。しかも、場所は店舗ではなく本部である黄龍だ。黄龍の社員さん達ってみんなエリートっぽくて何か怖いし、説明会の時の件でそもそも黄龍にあまりいいイメージがない。私が焦って詰め寄ると、店長は少し笑いながら言った。

「ごめん言い忘れてた。花音に案内役頼んだから。もともとアルバイトは立入禁止だしね」

私はその言葉にさらに驚く。

「え!店長が直々に花音ちゃんに頼んだんですか!?店長が直々に!」

「うー……ん、まぁ、ちょっと話すこともあったし……。今日黄龍に帰ってるって聞いたからさ、ちょうどいいかなと思って。雅美ちゃんの知ってる人の方がいいでしょ?」

「陸男なんかに付き添われても何の役にも立たないしねぇ」と付け足す店長。たしかに私の知り合いで黄龍を自由に歩き回れる人間は陸男さんか花音ちゃんくらいだ。それかまぁ、お兄さんもいるが、陸男さんやお兄さんとドレスを選べるかと言われたら答えは否だろう。

それにしたって店長がわざわざ花音ちゃんに頼むだなんて……。言ってくれれば私が電話で花音ちゃんに頼むことだってできたはずだ。……ん?そこで私はあることに気がついた。

「あれ?ってことは、店長って今日黄龍に行ったんですよね?」

「そうだね。花音と話すついでに自分とリッ君の服選んで来たわけだし」

なんだ、店長ってこんな簡単に黄龍に帰るんじゃん……。一郎さんが気の毒で仕方がなかった。



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