世界はとても窮屈だ12




翌日午後二時。「おはようございます!」という大声と共に定秋が店にやって来た。指定した時間ピッタリだ。……と言いたいところだが、三十分も前から店の前でうろうろ時間を潰していたのを俺は知っている。早く来たなら店に入ればいいのに。この店にシフトというものは無いんだから。

「おー、おはよー。今日からよろしくな」

「よろしくおねがいしますっ」

カウンターに座っていた空と海が挨拶を返す。定秋は何故こんな所に小学生がいるのかと空に尋ねていた。海が男の子だと聞いて再び驚いている。

俺はというと、ソファーで珍しく店に出て来ているナスと話をしている所だった。ナスが仕事を辞めるなら、面子的にその仕事を引き継ぐのは俺になる。ナスが引き継ぎについて話をしたいと言ったのを、俺が場所を無理矢理ここに指定したのだ。その目的は普段自室に引きこもっているナスを、定秋と会わせるためだ。

ナスが定秋を見て、そして俺を見る。空達と会話を終えた定秋がこちらに近づいて来た。

「店長!おはようございます!」

「お前もうちょい小さい声で喋れねぇのか」

「元気だけが取り柄なんです!」

定秋は俺の隣にいるナスの方を向いて、三度「おはようございます!」と言った。ナスは持ち前のコミュ障を発揮し、スッと目をそらし小さく首を動かしただけだった。

「今日からよろしくお願いします!」

勢いよく九十度のお辞儀をする定秋を見て、ナスが明らかに迷惑そうな顔をした。定秋が顔を上げる頃には普段の表情に戻っていたが。

「ところで、先輩のお名前を聞いてもいいですかね?」

「……ナス・エッグプラント。覚えなくてもいいよ。どうせすぐ辞めるから」

「えっ。辞めてしまうんですか!?」

「というか、こいつが辞めるからバイト募集したんだしな」

「な、なるほど……。じゃあエッグプラント先輩の代わりになれるように頑張ります!」

気合いが入っているのはいいが、空回りしかしなさそうだ。というか、一郎は今日も来ないのか?一応この店の店長代理なのだから、新しいアルバイトのことを報告したいのだが。

「店長、俺は何すればいいですか?」

「とりあえず荷物置いてこい。あと敬語使うな。お前年上だろ」

「そ、そんなわけには……」と口ごもる定秋に、ナスについて行って荷物を置く部屋まで案内してもらうように言う。ナスは嫌そうな顔をしたが、結局何も言わずに裏へ向かって歩き出した。定秋がやたらに大きな荷物を抱えて慌ててついて行く。

数分後、手ぶらで戻ってきた定秋は「エッグプラント先輩って無口な人ですね」と言った。おそらくナスは終始無言だったんだろうな。定秋とは正反対でナスは人見知りだから。

「それで、俺は何したらいいんですか!?」

ワクワクしながら尋ねる定秋に、俺は指でソファーに座るよう指示する。

「その前に確認したいんだけど、お前パソコン使える?」

「全然使えません!」

「だと思ってたけどな」

ならやはりナスの仕事を引き継ぐのは俺で、定秋には空と行動してもらおう。体力だけは無駄にありそうだし。

「まず始めに言っとくけど、この店は基本暇だ」

「それでも給料の金額が変わらないなんてすごいっすよね!」

「逆に言えば死ぬほど働いても給料は増えないからな。とりあえず今日は空についてって仕事教えてもらえ」

俺達の会話を聞いていたらしく、空は「ウチ?」と言って顔を覗かせた。

「山内さんの浮気調査まだ終わってなかっただろ。こいつ連れて今から行ってこい」

「まぁあれじゃ証拠不十分だったしなー。でもそいつ連れてったら海はどうすんだよ?」

「ここに置いてけばいいだろ普通に」

空にはその発想がなかったのか、「それもそうか」と言って目を丸くしていた。そわそわしながら俺と空の会話を聞いていた定秋に指示を出す。用意を済ませると、空と定秋は連れだって店を出ていった。ソファーに座る俺と海だけが残る。

「…………」

「…………」

「……テレビ見るか?」

「うんっ!あのね、あのねっ、海今プリティエンジェルのビデオ持ってるの!」

そう言いながら海は肩に提げていたフリルたっぷりのショルダーバッグから【魔法少女プリティエンジェル10】と書かれたDVDを取り出した。さらにそれを俺に突き付けてくる。

「……これが見たいのか?」

「うんっ。見たい!」

俺は手渡されたDVDのパッケージをしばらく眺めた後、ふぅとため息をひとつついてDVDをプレイヤーにセットした。背後で海が足をじたばたさせているのが気配でわかる。

「わーい始まった!店長早く早く!」

海に引っ張られてソファーに座る。テレビからはポップな曲と共に魔法少女らしきキャラクター達が踊っている映像が流れた。隣の海が歓声を上げる。……今客が来たら俺は死ぬかもしれない。




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