世界はとても窮屈だ5




翌日、店に顔を出すとこの日も一郎はいなかった。いないに越したことはない……が、俺の店長就任の根回しをしていると考えると、いてくれる方が遥かにマシだった。

志歩以外の面々は俺の店長就任の話を知らないようで、いつもと変わらない調子で話しかけてきた。昨日の一郎との会話なんて忘れてしまいそうなくらいに、店は平和だった。

「ちょっとコンビニ行ってくるわ」

空、海、志歩と俺の四人でダラダラとテレビを見ていたが、小腹が空いてきたためお菓子でも買って来ようと立ち上がった。

「ウチじゃがじゃがりこ!海は?」

「海はね、えーと、えーと、たけのこの森っ」

「お前らの分まで買ってくるなんて言ってねーよ」

次々とお菓子の名前を並べる空と海を無視して、黙ってソファーに座ったままの志歩に「お前は?」と尋ねる。すると志歩は立ち上がってテーブルの上のスマホをジーンズのポケットにしまった。

「今思い付かないから私も行く」

「いいよ別に。お前が好きそうなのテキトーに買ってくるから」

「君は私の好みを知っているの?」

「そりゃ知らねぇけど」

「なら一緒に行く」

どうやらどうしても着いて来る気らしい。俺と志歩のやり取りを見て空がマヌケ面で口を開けている。そりゃそうだ、志歩が自分から、しかも俺の買い物に付き合うだなんてほとんど初めての出来事だ。しつこく断るのもおかしいので、結局二人でコンビニに行くことになった。

「どうしたんだよ昨日から」

外に出るなりついて来た理由を尋ねる。隣を歩いている志歩は相変わらずの無表情で答えた。

「話したいことがあって」

「だから何の話かって聞いてんだろ」

志歩は五秒ほど黙ると、表情を変えずに言った。

「まず最初に、店長就任おめでとう」 

「やっぱ知ってたのか」

「昨日店長が電話で話しているところを聞いてしまったの。ごめんなさい」

「謝ることねぇだろ」

再び沈黙。先に口を開いたのは志歩だった。

「逃げないの?」

「逃げてほしいのか?」

「そういうわけじゃない」

コンビニには十分も歩けばつく。俺と志歩は並んでコンビニの中に入った。この辺には駅も学校も若者が好きそうな遊び場もないので、放課後のこの時間でも学生は少ない。周りが少し古い住宅街なので、主婦やサラリーマンの方が多いだろう。

空と海が列挙したお菓子を次々とカゴに放り込む。その様子を見ていた志歩が「よく覚えてられるのね」と言った。俺は答えのかわりに「お前は決めたのかよ」と尋ねた。

会計を済ましてコンビニを出る。アルバイトであろう店員の「ありやっしたー」という独特な言葉が背中に聞こえてきた。しばらく歩いて朱雀店の看板が見えてきたと思ったら、突然志歩が「待って」と言った。言われた通りに立ち止まる。

「何だよ」

「もう一つ言いたいことがあるの」

「店じゃ言えないことなのか?」

「できればここがいい」

「さっさと済ましてくれよ」と言って先を促すと、志歩は俺を見上げて口を開いた。

「私、来月から青龍店で働くことになったの」

「……異動?」

「ええ。話は前から来ていたのだけれど、昨日ようやく答えを出したの。日付を決めたのも私」

「それを何で俺に言うんだよ。今、ここで」

またこれだ。志歩は話をするとき相手の目をしっかりと見る。真面目で面白みのない奴だと思うが、俺はこいつのここだけは好きだった。

「私だけ君のことを知っているのはずるいと思って。時期が近づいたら店長から話があると思うけれど。私のも、君のも」

「…………」

「君のことを店長と呼べなくて残念」

「お前冗談なんて言えたのか」

志歩は珍しく表情を和らげて「知らなかったの?」と言った。

店に戻ると、空がニヤニヤしながら「遅かったな」と言い、海が俺の持つコンビニ袋に飛びついた。

「お茶を淹れ直してくる」

テーブルの上に放り出されたままのコップを回収して、志歩は台所へ消えて行った。その後ろ姿を見て、茶の淹れ方だけでも教えておいてよかったなと俺は思った。



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