世界はとても窮屈だ3
翌日、学校の後店に顔を出すと、珍しく一郎がいなかった。一郎はこの店の二階を住居にしているので、ほとんどの時間この店にいる。社長も兼任しているので今日は黄龍にいるのかもしれない。
まぁいないならそれでいい。俺はソファーに座ってテレビをつけた。カウンターにいた志歩が立ち上がって裏に消えたかと思うと、お茶を淹れて戻ってきた。
「気が利くな」
「私もちょうど飲みたいと思っていたから」
志歩はカウンターに戻らず、隣のソファーに座った。何か話があるのだろうか。
「…………」
「…………」
無言が続く。テレビの音だけが店内を埋め尽くしていた。息が詰まりそうだ。何だ、こいつは俺を窒息死させるために来たのか?
「なぁ、何か用か?」
「どうして?」
「いや……こっちに来たからさ」
「用が無ければここに座ってはいけない?」
そう言われたら「そんなことはない」と答えるしかない。しかし黙って隣に座っていられるのも気が散る。ナスはどうせ部屋にいるだろうからそっちに行った方がいいか?一郎がいないならゆっくりテレビを見ようと思ったのだが。
「蓮太郎君は将来の夢はある?」
立ち上がろうと腰を浮かした途端志歩が話しかけてきた。俺は浮かした腰を再びソファーに沈める。
「何だよ突然」
「いいから答えて」
「……ねぇよ。あったらこんなとこに居ねぇだろ」
正直に答えると、志歩は少し俯いて「そうね」と言った。志歩はいつも相手の目を見て話すのに珍しいなと思った。
「蓮太郎君はいろいろなことが出来るのにその能力を有効に使おうとはしない。もったいない」
「お前喧嘩売ってんのか」
「正直な感想を言っただけ。蓮太郎君は何か夢を見つけるべきだと思う」
「そんな簡単に見つかったら苦労しねぇよ」
今度こそナスの部屋へ行こうと立ち上がる。このまま志歩といたら会話じゃなくて説教になりそうだ。
「蓮太郎君は単にここから出たいだけに見える。理由も目的も見当たらない。ただ嫌だから逃げるのは、まるで子供みたい」
歩き出した足を止めて振り返ると、志歩はしっかりと俺の目を見ていた。
「お前まだ二十歳なのにたまにババくせぇこと言うよな」
立ち去る直前に視界の端に写った志歩の顔は、今までと何かが違う気がした。何が違うのかは上手く言い表せない。ただ、口で「逃げるな」と言いながら目で「逃げて」と言っているような、そんな顔をしていた。
俺はやけに印象的な志歩の表情を振り払うと、早足でナスの部屋を目指した。
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