無限ループの回答7




その翌日、金曜日。学校の後僕が出勤すると、いつもうるさい上根さんがいなかった。内藤さんの護衛に行っているのだろうが、上根さんがいないと店が静かでいいなと思った。あの人ひとりでもうるさいから。

自分の部屋に入り鞄を置きパソコンを起動すると、メールが来ていることに気が付いた。上根さんかとも思ったが、この店の従業員なら携帯電話のアドレスにメールするはずだ。こちらのアカウントはお客さん用のアドレスなので、他店舗からというわけでもないだろう。疑問を抱きながらとりあえずクリックしてメールを開く。文面を読んで、僕は目を見張った。

そのメールには「あなた達が内藤さんの周りをうろついていることはわかっている、邪魔だから早急に手を引け」という内容が、丁寧な文体で書かれていた。もう一度、今度はきちんと相手のアドレスを確認する。どこにも登録されていない知らないアドレスだ。

「…………」

なにはさておき、僕はまずこのメールの送り主を特定することにした。間違いなくこのメールを送った人間が内藤さんを狙っている犯人なのだから、もう犯人はわかったも同然だ。間抜けな犯人のおかげで今回の依頼は早く片付きそうだ。

メールアドレスから調べると、贈り主は内藤さんの家の近くに住んでいる城島という四十五歳の男性だった。内藤さんが覚えのある人物に上げていた一人だ。さっそく上根さんと店長にこのことを報告しようとスマートフォンを開いたが、ちょうど二人一緒に帰ってきた所が見えたので僕は店へ出ることにした。

店に出ると僕に気付いた店長が「リッ君どうしたの?」と言い、その後ろで上根さんが「俺の顔が見たくなったか!?」と言った。僕は上根さんを無視して、先程の出来事を店長に簡潔に説明した。

「案外早く犯人が見つかりましたね」 

「そうかな」

「……どういう意味ですか?」

メールの文面をプリントアウトした紙を見たまま呟く店長に、僕は内心ムッとして尋ねた。僕の調べ方が間違っているとでも言いたいのだろうか。僕の質問に、店長は紙を返しながら答えた。

「今日その城島って人の様子見に行ってみたんだけど、そんな昔のいざこざなんて気にしてないみたいだったよ。たぶん気にしてるの内藤さんだけで、内藤さんがそんな態度だから城島さんも話しにくいだけだと思う」

「でも現に城島さんのパソコンからこのメールは送られてきてますよ」

僕は不満を顔に出さないように努めながらそう言い返す。よく周りからは「無表情」と言われるので、正直この鬱積を隠せている自信があった。

「だって普通すぐバレる自分のパソコン使うー?僕だったら使わないなー。もっとネカフェのやつとか使って最大限バレないような努力をするんじゃないかなぁ」

「すぐに送りたかったんじゃないですか?人目を忍んでいる時間も惜しかったんですよ」

「まぁリッ君がそう思うならそれでいいけど……」

少しスネたようにそう言いながら、店長はソファーに腰かけた。流れるような動きでテレビをつける。それを見た上根さんが「俺お茶淹れます!」と言って台所へ走って行った。

「リッ君もたまにはこっちで休んでけば?ほら、リッ君の好きなニュースやってるよ」

そう言って店長はテレビから流れるニュース番組を指差した。ニュースが好きだなんて一言も言った覚えがないのだが。勧善懲悪の正義の怪盗アザレアまた大活躍!などと喜々として話すニュースキャスターを見ながら、僕は自分の中に不満が着実に蓄積されていくのを感じていた。

「……遠慮しときます」

それだけ言って自分の部屋に戻ろうと背を向けた僕を、店長の言葉が引き留めた。

「リッ君、もしかして隠せてるつもりでいる?」

ギクリとした。胸を衝かれた気分だった。

「……何をですか?」

「リッ君今全然面白くないでしょ。嫌でも自分の限界が見えてきて」

だからこの人は嫌いなんだ。どうしたって自分と比べてしまう。姉を思い出してしまう。自分の無力さを、平凡さを思い出してしまう。

何故今こんなことを言うんだ。自分の得意な分野の仕事を与えられて、それを上手くこなせて、その成功が積み重なって。自分に自信を持ち始めたときに、何故こんなことを言うんだ。

「僕はそういうのいいと思うけど。ほら、リッ君って意外と負けず嫌いだよね」

そう言ってへらっと笑う店長に、僕の神経が逆なでされる。この人言葉は僕の自尊心をチクチクと刺してくる。

「でもまぁ僕はそんなリッ君けっこう好きだけど」

「……そうですか。僕はあなたが嫌いです」

僕はこの人が嫌いだ。僕がどんなに手を伸ばしても届かないものを、この人はそれがさも当然のように持っている。

思わず口をついて出てしまった言葉を、今更撤回しようとは思わない。これは僕の紛れも無い本心だし、それにどうせこの人にはバ

レているようだから。

「……失礼します」

店長が何か言う前にさっさと自分の部屋へ向かう。途中台所から飛び出してきた上根さんとぶつかりそうになって、僕の気分はさらに悪くなる。八つ当たりだとはわかっているが、この気持ちを発散せずにはいられなかった。いつもの調子で「うおっ、危なねーな!」と言う上根さんを露骨に無視して、わざと大きな音をたてて部屋のドアを閉めた。

部屋で一人になると途端に虚しさが押し寄せてきた。自分は何をやっているんだろうと馬鹿馬鹿しくなった。真正面から「嫌い」と言われても怒らなかった店長の余裕が悔しかった。自分はなにもかもちっぽけだなと思い知らされて泣きたくなった。

僕はあの人が嫌いだ。僕がどんなに手を伸ばしても届かないものを、あの人はそれがさも当然のように持っている。あの人にとっては持っていることが当たり前で、持っていない僕は哀れむべき存在なのだ。それなのにあの人はそんな目で僕を見ない。僕を哀れんでいるからこそそんな目をしないのだ。

この感情を人は嫉妬や僻みと呼ぶのだろう。



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