無限ループの回答6




店長から裏方の仕事を引き継いで二週間、この役割にもだいぶ慣れてきた。外に出て動く店長と上根さんに指示を出すには地図を使う。人口密度などで色分けされたものや、建物や施設などの種類別のもの、警察官のよく使うルートなんてものもある。

人やペットの捜索にはSNSサイトを使う。探している人物や動物の写真を貼付け、目撃情報を集める。店長のデータに入っていたいくつかのサイトは、この辺りに住んでいる人が多いらしく犬や猫でもすぐに見つかる場合が多かった。

そのほかにも多種多様なデータを駆使して実行部隊を動かすための情報を集めてゆく。この役割はずっと部屋にこもってパソコンをいじっていればいいので、正直僕にぴったりだと思った。上根さんは始めこそ僕を部屋から連れだそうと何度もやって来たが、僕が仕事を覚え出すと次第に大人しくなっていった。まぁ、店には僕の代わりに大好きな店長殿がいらっしゃるから、そっちを相手していれば暇にはならないだろう。

家は姉と弟が黙って出て行ったせいで両親がうるさいので正直帰りたくなかった。そのため自然と店にいる時間は長くなり、僕は毎日夜遅くまで仕事に打ち込んだ。

五月十二日木曜日、一人の依頼人がやってきた。いつも通り久世さんが面倒臭そうに接客をし、上根さんが危なかっしくお茶を運んだ。店長は僕に仕事を引き継いで以来ふらふら出歩くことが多くなり、案の定今日も外出中だ。僕に至ってはずっと部屋にこもりきりで、接客に関しては見て見ぬふりを貫いている。

久世さんがお客さんから依頼内容を聞いている間に、僕は引き戸の上についている監視カメラで撮影した映像からお客さんの身元を確認する。どうやら今回のお客さんは内藤卓治(ないとうたくじ)さんといい、四十四歳の会社員らしい。とりあえずそれだけ調べると、僕は再び昨日の依頼の報告書に取り掛かった。

しばらくすると内藤さんが帰って行く姿がカメラに写り、さらにその数分後依頼内容をまとめた紙を持って久世さんがやって来た。ノックされてドアを開けると久世さんが立っていて、彼女は「これ、さっきのお客さんの」と言って紙を差し出す。僕はそれを「はい」と言って受け取る。これで僕らの会話は終了して、久世さんは店に戻ってゆく。

僕はドアを閉めて受け取ったばかりの紙に目を通した。まずは依頼人の書いた個人情報と先程僕が調べた情報が一致しているかを確認する。これが一致していれば、この依頼人は特に怪しい奴ではないので身構えなくても大丈夫だ。

個人情報が一致していたので次に依頼内容に目を向ける。内藤さんの依頼は特殊警護だった。最近何度か命の危険に出くわした、それに作為的なものを感じるから会社の出勤退勤時など警護してほしいとのこと。つまりはボディーガードになってくれということだ。

さらにもう一つ。誰が自分の命を狙っているかがわからないので、犯人を突き止めてほしいとのこと。警護は犯人が見つかるまで続けてほしい。そして犯人が見つかったら警察に突き出してほしい、とのことらしい。

これなら上根さんあたりをボディーガードにして、犯人を見つけ出せばすぐに終わるだろう。僕は紙を脇の書類の山の上に置き、内藤さんを狙っている犯人を探し出すために情報収集を始めた。

対応をした久世さんは一応内藤さんに心当たりを聞いていたらしく、内藤さんが上げた数名から調べていくことにする。その人物達は会社の同僚、近所の住人、昔金銭のやり取りをした友人の三人だったが、命まで狙うにしては、どの人物との関係も決定打に欠けるものばかりだった。人間関係はネットを使って調べるのも限界があるので、この三人については暇そうにしている誰かに聞き込みに行ってもらおうと思う。おそらく上根さんの仕事になると思うが。

内藤さんのブログなども確認してみたが、そもそも更新頻度が少なく、内容も職場のみんなで飲みに行ったなどの他愛のないものばかりだった。ここをアテにするのはもう無理だろう。内藤さんは普通のサラリーマンで、意見が合わずによく衝突する一人を除いては、上司部下共に人間関係は良好。あとは近隣に住む者の犯行の可能性だが、内藤さんは近所付き合いは奥さんに任せきりで、前に地区の納涼祭の準備中に一度言い争いになった近所の男性以外は、可もなく不可もなくといった感じだ。

「はぁ……」

ずっとパソコンの画面を見続けていたので目が疲れてきた。どうやら店長も帰ってきたようだし、調べ終わった情報の説明と、ついでに上根さんに聞き込みをお願いしに行こう。僕は気が進まない重たい足取りで店へ向かった。

「あ、リッ君おはよう」

「……おはようございます」

店に顔を出すとソファーでテレビを見ていた店長が僕を見つけて挨拶をした。隣の一人掛けのソファーには上根さんが座っている。僕はソファーには座らずに、店長に調べた情報をまとめたものをプリントアウトした紙をわたした。

「さっき来た依頼人のです」

「ああ、華織ちゃんから聞いてるよ。ボディーガードだって?」

店長はぺらぺらと紙をめくる。そんな店長を隣の上根さんがうずうずしながら見ていた。おそらく店長から指示が出るのを待っているのだろう。このメンバーなら護衛係は上根さんしかいないから。資料を読み終わった店長は、予想通り護衛を上根さんに頼んだ。

「じゃあ護衛係は定秋ね。空いてないときは華織ちゃんに連絡して」

それからカウンターで読書をしている久世さんに「華織ちゃんもいいね?」と問い掛ける。それに久世さんは「はーい」と相変わらず気のない返事をした。

僕はもしもの時の上根さんの代役を久世さんに頼んだのが意外だった。店長が行くものだと思っていたのに。というか、僕は久世さんが仕事をしている所を見たことがない。たまに仕事で外に出ることもあるが、その回数は上根さんや店長よりずっと少なくて、僕は久世さんのことをただの受付係だと判断している。

「さっそく明日から護衛つけるから、リッ君連絡しといて。出勤時間とか聞いておいてね」

「はい」

必要最低限の会話を済ませ部屋に戻る。定位置であるパソコンの前に座り、さっそく内藤さんに連絡を入れた。内藤さんのアドレスにメールを送ると、すぐに返事が返ってくる。家を出るのは六時半らしい。また店に行くのは面倒臭いので、僕は送られてきたメールをそのまま上根さんに転送する。

犯人探しの聞き込みも、おそらく上根さんが護衛の合間にやることになるだろうし、この依頼で僕がすることはもうあまり無いなと思った。あとは内藤さんに恨みを抱いている人物が他にいないか軽く調べて、この依頼からは手を引こう。情報処理系は全て僕一人でやっているから、他にもやることは沢山あるし。



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