無限ループの回答3
翌日四月十二日、姉はさっそく僕を店へ連れて行った。授業が終わったら校門の前で待っていろと言われたのでその通りにしていたら、バイクに乗って姉が現れた。下校中の生徒達の注目を浴びる中、姉はヘルメットを一つ投げてよこす。
「後ろに乗れ」
「これで行くの……?」
「いいから乗れよ。電車代浮くだろ」
電車代も何も僕には定期券があるのだが、と思いつつ黙って姉の後ろに股る。僕は電車で通学しているが、姉は高校に進学してからはバイクで通学していた。
姉がバイクを運転しているところは今まで一度も見たことなかったが、予想通り雑で荒っぽい運転だった。僕は振り飛ばされるのではないかと後ろで冷や冷やした。海もよくこんな運転に付き合っているものだ。
姉のバイト先に初めて訪れた。その外観は想像していた以上に古臭くて、地震が起きたら崩れてしまうのではと少し不安になった。
「出勤する時はここから入ればいいから」
と言って姉は慣れた様子で引き戸を開けた。裏口というものは無く、客と同じ出入り口を使うらしい。僕は黙ったまま姉の後に続いた。
引き戸を入ったすぐ目の前に木製の大きなカウンターがあり、そこに大学生くらいの女性が座っていた。姉の挨拶にやる気のない調子で「おはよう」と返す。それから後ろの僕に視線を向けた。
「そっか、今日連れて来るって言ってたっけ。弟くん」
「ああ。こいつ陸っていうんだ。よろしくな」
姉は僕が見えるように少し横にズレる。面倒臭そうに「よろしく~」と言う女性に、僕は無言で軽く頭をさげた。
「店長は?」
「さぁ?二階じゃない?」
店の奥へ進む姉の後を追う。こじんまりとした木造の店内の中にあるのは、カウンター、大きな本棚、来客用の高級そうなソファーとテーブル、緑の葉をつけた観葉植物、ざっとこんなものだ。
「おっと、」
「あ、わりっ」
店の裏へと続くのであろう通路の入口で、姉と奥から来た誰かが鉢合わせした。危うくぶつかる寸前だったが、姉が持ち前の反射神経でそれを回避した。ちなみに僕は姉とは距離を空けて歩いていたので、姉の背中に直撃するという事はなかった。
「おっ、そいつが瀬川弟か!よろしくな!」
「……よろしくお願いします」
先程の女性とは反対に、毎日エネルギーを無駄遣いして過ごしてそうな人だ。差し出された右手を嫌々握り返し、白い歯を見せて笑う顔に視線を向ける。
「なぁ、店長二階?」
「たぶんな。外ではないと思うぜ」
この店の店長のことについては、姉から少しだけ聞いていた。姉の説明はいい加減でおおざっぱなので、僕は店長のことをほとんど知らないに等しいが。
台所やトイレ、掃除用具用のロッカーの前を通り過ぎ、店の裏を進む。そのうち短い廊下の突き当たりに階段が見えた。階段の手前の廊下で靴を脱ぐ制度らしい。靴が一つ置かれていた。
「店長~!いるか~?」
姉が廊下の手前に立ったまま二階に向けて言った。しばらくして一つの影が面倒臭そうに降りてくる。
「ちゃんと店にいといてくれって言っただろ?」
「ごめん寝てた」
その人物は欠伸をひとつすると、僕の方を見た。
「これが弟?」
「ああ、紹介するよ。弟の陸だ」
「ふーん」
彼はおもむろに右手を僕の頭に乗せると、わしゃわしゃと頭を撫でた。僕はその手を無言かつゆっくりとした動きで払う。
「顔似てるね」
「ウチに似てかわいいだろ」
「寝言は寝て言え」
振り返ると、廊下の奥でこちらを覗いている先程の男性と目が合った。僕はこの場所でやっていけるかすでに心配になっていた。
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