それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう13
話が一段落すると、三人は席を立った。彼らは私達に口々にお礼の言葉を言うと、ペコリと頭をさげて店を出て行った。
花宮さんが伸びをし、国見さんが手早くコップを片付ける様子を眺めながら、私はまだもやもやしていた。何が原因ですっきりしないのかはわからないが、ただただ私はもやもやしていた。
三人が店を出て行ってから約十五分。国見さんとカウンターに座っている私の目の前の引き戸が、控えめに開いた。またお客さんかなと国見さんと共にそちらを見ると、先程出て行ったはずの八木さんがそこに立っている。
「どうしたんですか、忘れ物ですか?」
国見さんが立ち上がりながら尋ねる。しかし八木さんは両手を振りながらそれを否定した。
「違うんです、あの」
口ごもる八木さんを見て、国見さんが顔に「?」を浮かべる。私も八木さんの次の言葉を待つ。彼女はようやく決心がついたのかパッと顔を上げた。
「私、今度は客として来たんです」
国見さんが驚きながら「依頼ですか?」と言い、とりあえずと八木さんをソファーへ案内した。更に、店長を呼んで来るよう私に指示する。
店の裏へ行くと、花宮さんの部屋の前で、花宮さんと店長が話しているのが見えた。とりあえず二人を連れて店に戻る。どうやら八木さんはまだ依頼内容を打ち明けてはいないようで、やって来た二人の男性にペコリと頭をさげた。
店長がソファーに座ると、待っている間に言う事をまとめていたのか、八木さんは早速口を開いた。
「実は、中畑さんの横領のことでお話が……。いえ、依頼があって来たんです」
「うん、来るかもと思ってた」
店長の言葉に八木さんは不意を突かれたらしく、目を丸くした。おかげで考えていたセリフも全て吹っ飛んでしまったようだ。
「私が来るとわかっていたんですか?」
「だって中畑さんのこと好きでしょ?」
サラっとそう言う店長。しかしそれを聞いた八木さんは明らかに狼狽し、顔を青くしたり赤くしたりした。店長の一言に国見さん、花宮さん、私の三人も驚いたが、私だけは驚いた理由が別だった。
「そ、それはひとまず置いておいて、い依頼の話をしましょう」
「うん、ひとまずね」
八木さんは真っ赤になった顔でメガネの位置を直していた。意地悪く相槌をうつ店長の後頭部を国見さんの握りこぶしが狙っているが、それを花宮さんが何とか抑え込んで落ち着けようとしている。
「か、リーダーの横領の事についてですが、その罪をなかった事にとかできませんか?」
「うちは何でも屋だよ?現実的に不可能じゃないことなら何でもできるよ」
「なら、それを依頼してもいいですか?」
「それはもちろんいいけど、依頼料高いよ?」
「お金は大丈夫です。独り身の寂しい女なんで、お給料の使い道なんてないんですから」
「八木さんがそう言うならいいんだけど」と店長も納得したところで、八木さんにきちんとした依頼書を記入してもらった。横領の証拠ってどうやって消せるのかわからないけど、私の役割はここまでだというのは何となくわかった。たいして頭の良くない私は走り回るくらいでしか役に立てない。
話が済むと八木さんは「お願いします」とだけ言って帰って行った。花宮さんが「その依頼誰担当スか?」と尋ねると、店長は「たぶん僕がやると思う」と答えた。私は店長が働くことが意外で仕方なかった。
花宮さんは今度こそ終わったと伸びをし、国見さんはテーブルのコップを片付ける。私の心にはもうもやもやはなかった。きっと中畑さんの横領の証拠だけが気掛かりだったんだ。いくら取り出したデータを壊したって、誰かがパソコンの中を探せばきっと見つかってしまうから。
国見さんと花宮さんがふざけ合っているのを横目に、私は新たに浮かんだ疑問を店長に尋ねてみることにした。ソファーに座ったままの店長にさっそく声をかける。
「店長」
「どうしたの?」
「八木さんが中畑さんを好きなこと、店長は知ってたんですか?」
私がそれに気付いたのは、金本製菓の会社の前だった。立川さんに掴みかかる中畑さんを見る八木さんの目が本当に心配そうで、もしかしてと思ったのだ。だから八木さんに一緒に店に来るかと聞いてみたら、案の定ついて来た。さらに先程の中畑さんへの言葉を聞いて、それは確信に変わった。
しかし国見さんも花宮さんも、八木さんの気持ちに気付いていない様子だったので、きっと店長も気付いていないだろうと思ったのだ。今回の依頼には直接関係のないことだし、私も言わないでおいた。
「そりゃああれだけ中畑さんの話されたらねぇ。立川さんの捜索を手伝いたいって言って来たのに、立川さんに関する情報はほとんどゼロで中畑さんの話ばっかりしてたもんね、八木さん」
「そういえば、確かに……」
思い返してみたら、八木さんは中畑さんの話ばかりしていた。店長が立川さんについて尋ねても、いつの間にか中畑さんの話になっていた気がする。
「そういえばって、雅美ちゃんは何で気付いたの?」
「わ、私は、勘……といいますか」
「勘?」
「そうです勘です。見た感じの雰囲気です」
「ふーん、すごいね」
何がすごいのかはわからないが、褒められたのならとりあえず「ありがとうございます」とお礼を言ってその場を離れた。ちょうど花宮さんが国見さんから離れたところで、私はさっそくカウンターへ向かった。もうほとんど定位置となった、国見さんの隣に座る。
「店長と何話してたの?」
「えっと……特に大事な話じゃなかったんですけど……」
背後に聞き耳をたてると、店長と花宮さんが話しているのが聞こえてきた。どうやら花宮さんの大学の教授がこんな面白いドジをしていたよ、という話のようだ。その後のやり取りから察するに、店長は大学には進学しなかったようだ。
「店長って国見さん達と歳変わらないように見えるんですけど、実際いくつなんですか?」
意識を背後の会話から国見さんに集中させる。国見さんはしばらく「う~ん」と唸っていたが、そのうち「わからない」と首を振った。
「気になるなら本人に聞いてみれば?」
「じゃあ、また機会があれば……」
この店が自営業だとして、なら店長は一人でこの店を立ち上げたのだろうか。普通に考えれば父親から継いだとかだろうが、このバイトを始めて二週間家族の存在は一切感じられない。考えれば考えるほどこの店の生い立ちがわからなくなってくる。
「雅美ちゃん、仕事にはもう慣れた?」
「はい。皆さんも親切ですし……」
「それは良かった。私らが辞めた後は雅美ちゃん、あんたに任せたからねっ」
そうだ。国見さんと花宮さんはもう少ししたらこの店を辞めてしまうんだ。その前に私がしっかり仕事を覚えないと!寂しくなるが、へこんでばっかりもいられない。出会いと別れはセットなんだから。
国見さんも花宮さんも店長もみんないい人達だ。今はまだよくわからないけど、きっと瀬川君とも仲良くなれる日が来るだろう。この店の雰囲気は私にあっているのかもしれない。私はすでに居心地の良さを感じていた。
始めは恐る恐るだったが、けっこう長い間この店で仕事をするのもいいかなと私は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます