俺の仕事を紹介します2




花木冴の事件が片付いた今でも、姉ちゃんは穴戸市の病院に入院している。当初の予定では事件が収まれば家の近くの病院に移るはずだったのだが、俺がそれを止めさせた。俺達の家と仕事先の店は近い。あの店の……というか、あの店長の近くにいたら姉ちゃんにストレスが溜まるのではと思ったのだ。こんな時くらい、店から離れた場所でゆっくり休ませてやりたかった。

お見舞いには毎日行っている。仕事に行くのが遅くなると店長が怒るから、仕事で外に出た時に病院へ行く。言っておくが、仕事のついでに見舞いへ行くのではない。見舞いのついでに仕事をするのだ。

だいたい、早く行っても仕事がなければ暇なだけなのだから、仕事の入ってない日は学校帰りに見舞いに行かせて欲しい。あまり遅い時間に行くと医師や看護師が露骨に迷惑そうな顔をする。

電車を乗り継いで白幡駅へ向かう。駅からしばらく歩いて白虎店の白い建物を目指した。歩くと身体が温まってきて、俺は途中でマフラーを鞄に突っ込んだ。

建物の外壁に取り付けられている階段を上って、白虎店の店内に入る。白虎店にはあらかじめ連絡を入れておいたので、俺が来るタイミングはだいたい予想されていただろう。

「青龍店から言伝を預かってきました、兵藤です」

普段姉ちゃんが言っていることを見よう見まねで口にする。すると、入り口付近でうろうろしていた二十歳前後の男性が近づいてきた。

「聞いてるよ。会議室Bで待ってて」

そう言って男性はキッチンの方へ消えて行った。おそらくお茶を淹れに行ったのだろう。この前白虎店に来た時も案内役はあいつだったな、と思いながら俺は指定された部屋を目指した。

会議室でイスに座って待っているとすぐに白虎店の店長が入ってきた。俺の向かい側のイスに座る。

「すまない、待たせた」

「いえ……。今日はこれを持って来るよう頼まれたんですけど」

俺が紙袋から箱を取り出していると、ドアが開いて先程の男性が入ってきた。俺と白虎店長の前にコーヒーの入った紙コップを置く。白虎店長が男性に「ありがとう」と言ったので、俺も小さく頭をさげた。

男性が出て行って、中断されていた話を再開する。

「20XX540番の忘れ物です。今日の昼過ぎに依頼人の指定した場所からうちの者が回収しましたので、持って来ました」

「ありがとう、確認させてもらうよ」

白虎店長はフタを空け、箱の中身と数枚の写真を見比べた。

「これに間違いないようだ。わざわざ足を運んでもらって済まなかったな」

「いえ、鳩の仕事はこれくらいしかないんで」

白虎店長が箱を紙袋にしまっている間に、俺は店長にわたされた資料を机に並べた。

「詳しいことはここに書いてありますので」

ものの十分もかからずに会話は終わり、同時に俺の今日の仕事も終わった。会議室を出る時に白虎店長に「気をつけて帰れよ」と言われ、俺はそれに一礼して白虎店を後にした。

俺と姉ちゃんは他の従業員とは一味違う仕事を任されている。簡単に言えば伝令係のようなもので、店と店の間を飛び回って伝言を伝えたり物を配達したりする。俺達が動くのは電話で伝えられないような内容の話や、普通に郵便で配送できないような荷物の配達などに限られるので、仕事はほとんど無いに等しかったりする。過去には店長会議に来ない店長の直接説得なんていうイレギュラーもあったりしたが。

今回の仕事は、青龍店の管轄内で人を殺してしまった依頼人の証拠品の配達だ。その依頼人は道で見ず知らずの他人と口論になり、酔っていたこともありその人を殺害してしまったらしい。家に帰って鞄と一緒に手に持っていたマフラーが無いことに気づき、どうしていいかわからずに何でも屋に駆け込んだそうだ。

正直、殺害したのは見ず知らずの人間だし、時間も深夜で人通りも少ない。目撃者がいなければマフラーのひとつくらいどうってことなさそうなのだが、本人にとってはガクブルなのだろう。怖くて現場に戻る気にもなれないなら、あとはもう第三者に頼むしかない。そこで便利な何でも屋さんの登場ってわけだ。

しかしその依頼人、家は白虎店の方にあるらしく、マフラーの回収をそちらに依頼してしまった。そのため、青龍店が見つけたマフラーを白虎店まで運ぶという仕事が、俺ら伝令係に回ってきたわけだ。

他の奴らは俺達のことを伝書鳩にちなんで「鳩」と呼ぶ。

他の店にももちろん鳩はいるのだが、俺は直接喋ったことはない。鳩が他店へ言って話す相手はほとんどの場合その店の店長だからだ。そして、用が済んだらすぐに帰る。

他店へ行くのは気を使うが、この仕事はさほど大変ではない。俺達鳩なんかより、燕と呼ばれる県外派遣員の方がよっぽど大変だろう。見知らずの人だらけの場所で仕事をし、その日の宿だって自分達で手配しなければならないのだ。それを考えたら、帰る店のある鳩の何と気

楽なことか。

再び電車に乗り今度は穴戸駅を目指す。早々に仕事が片付いたので、さっそく姉ちゃんに会いに行こうと思ったのだ。

最近ではもうほとんど元気は戻っていた。だが傷が完全にふさがるにはまだまだ時間がかかるので、引き続き安静を言い付けられているらしい。俺だったらすぐにでも動き回りたくてストレス溜まってしまうだろうが、姉ちゃんは大人しい性格なので大丈夫だろう。

穴戸病院は駅から数分歩いた場所にある。俺は受付を済ませると姉ちゃんの病室に向かった。途中廊下ですれ違ったおばあちゃんの看護師さんが「また来てくれたのね。ゆっくりしておいき」と言ってくれた。あの人はいい人だ。

姉ちゃんのネームプレートがついている病室のドアをコンコンとノックする。すぐに姉ちゃんの透き通った天使のような声が返ってきた。

病室に入ると、ひとつだけ置いてあるベッドに姉ちゃんが上体を起こして寝ていた。俺は来る途中で買ったフルーツの盛り合わせをベッドの隣のテーブルに置く。

「どー君今日も来てくれたんだね」

「当たり前だろ」

「毎日来てくれなくてもいいんだよ?遠いし、私の分の仕事もしなくちゃいけないから大変でしょ?」 

「全然大変じゃねーよ。俺を誰だと思ってんだよ」

正直仕事はちっとも大変じゃないが、姉ちゃんは俺が強がっていると思ったのか「ふふっ」と笑った。勘違いされてしまったが、姉ちゃんの美しくかつ可愛らしい天女のような微笑みを見ることが出来たので良しとする。

「姉ちゃん何食いたい?俺皮むくよ」

「ありがとう。りんごが食べたいな」

「ウサギの形にむいてやるよ」

俺は盛り合わせの中からりんごを取ると、果物ナイフで皮をむきはじめた。八等分にして残した皮をウサギの耳に見立ててカットする。

「わぁかわいい~。どー君は器用だね」

「姉ちゃんよりはな」

「どー君はいいお嫁さんになれるねぇ」

「やだよ俺主夫なんて」

「俺はもっとバリバリ働きたいんだ」と言うと、姉ちゃんは眉を下げて微笑んだ。

姉ちゃんは料理があまり得意ではない。姉ちゃんが台所に立とうとすると、必ず俺が止めに入った。姉ちゃんが包丁で指を切ったり火傷したりしたらどうするんだ。玉ねぎのみじん切りで泣いてしまうかもしれない。料理なんて俺がやれば済む話だ。

ずっとこんな具合だったので、おそらく姉ちゃんは調理実習の時くらいしか包丁を触ったことがないだろう。料理に限らず、掃除や洗濯もなるべく俺がやるようにしてきた。姉ちゃんのガラス細工のような美しい手が荒れてしまったら誰が責任を取ってくれるというのだ。

「でも、どー君と結婚する人はきっと幸せな人だね。私なんてご飯も炊けないもん」

「……そんなことできなくても俺がずっといるからいいだろ」

「そうだね……」

ちょっとの間二人共黙り込んだ。姉ちゃん、いったいどうしたのだろう。この前までこんなこと言わなかったのに。俺の結婚の話なんて……。先のことすぎるし、何より俺はずっと姉ちゃんの隣にいるって決めているのに。

はッ!な、何だと……?いや、まさか、そんなことは……。しかし、それ以外に考えられない。俺はとてつもない推察をしてしまった。か、考えたくないことだが……ね、姉ちゃんに、好きな人ができたのだ!

そう考えれば全てのつじつまが合う。姉ちゃんの隣は俺じゃなく、姉ちゃんの好きな奴の場所になるのだ。突然嫁だの結婚だの言ってきたのは、お前も早く彼女作れよって意味だったのだ!

「うわあああああああっっっ!」

「ちょ、ちょっとどー君!?どこに行くの!?」

突然病室を飛び出した俺に姉ちゃんは驚いたが、安静を言いつけられた身で追ってこれるわけがない。俺は看護師の罵声を浴びながら廊下を駆けずり回った。

どこだ、どこにいる、姉ちゃんの好きな奴!絶対この病院にいるはずなのだ。ここに入院してから姉ちゃんの様子はおかしくなった。ここに入院している奴か、よく他の病室に見舞いに来る奴か、はたまた医師か看護師か……。

敵だらけだ!姉ちゃんに近づく野郎は全て敵なんだ!もう一瞬たりとも姉ちゃんから目を離せない。どこぞの馬の骨なんかにマイエンジェルである姉ちゃんをくれてやるものか!

そこで俺は気が付いた。目の前が真っ暗になる。突然走るのをやめた俺に看護師が説教をかましてくるが、そんなものは耳に入ってこない。

もし、もし姉ちゃんとその野郎がすでに付き合っていたら……?この病院で姉ちゃんを見かけた野郎が、美しくかつ可愛いらしい天使のような姉ちゃんのキュートさに惚れ告白し、まさかとは思うが姉ちゃんがそれにOKしたとしたら……?ありえない話ではない。

姉ちゃんは見た目だけでなく心も美しいから、相手の男はめろめろだろう。そして姉ちゃんも人がいいから、相手を疑うこともせずにしょうもない男を愛していることだろう。俺の入る余地なんてないじゃないか……。

俺はとぼとぼ姉ちゃんの病室に戻った。説教看護師が訝しげに俺を見ていた。

「どー君!いきなり飛び出していったからびっくりしちゃったよ」

「ごめん……」

部屋に戻ると、姉ちゃんが心配そうな顔で俺の帰りを待っていた。でも、姉ちゃんの一番はもう俺じゃないんだよな……。

「俺もう帰るよ」

「本当に?大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ、俺は。姉ちゃん、幸せにな……」

「?う、うん。どー君も気をつけてね」

身を裂かれる想いで祝辞を告げ、俺は半ば飛び出すように病室を出た。いいんだ、俺は。姉ちゃんが幸せにさえなってくれれば……。込み上がる涙をこらえながら俺は電車に飛び乗った。

 


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