運命ってそんなもの




寒い日だった。積もった雪は五センチを越えていて、薄暗くなってきた夕刻、外に出る者はほとんどいなかった。

何故だかわからないけれど気になった。知っているわけではないのにそこに何かあると思った。人はこういうのを、直感とか第六感とかと呼ぶのだろう。

見えない何かに導かれるようにして、中止になったままの工事現場の奥を目指す。置きっぱなしになったクレーン車や鉄骨の山でできた迷路を抜け、目指すゴールは一番奥。少し開けた場所。

そこで俺は目にした。

辺りに散らばる真っ赤な何かと、その中心に血まみれになって立つ学生服を。

「あれ、君確か社長はんのお気に入りの」

こちらに気づいたそいつは、高くも低くもない声で話しかけてきた。この場には明らかにそぐわない、震えもなければ恐れもない声だった。

俺は辺りを見回した。そこらじゅうに散らばっている何かが、細切れになった人の死体だということは、すでに理解していた。

「もしかして手伝いにきてくれたん?せやけど心配あらへんよ。今終わったとこやさかい」

円を描くように広がった血と死体の破片はまるで魔法陣のようで、そいつはさながら召喚された悪魔だな、と思った。

「それにしても珍しいな。黄龍の君がこないな所におるんは」

「親父の忘れ物届けにきただけだ」

「さよか」

そいつは張り付けたままの笑顔で答えると、雪をザクザクと鳴らしながら俺とは反対の方向に歩いていった。鉄骨の脇に置いてある荷物を取りに行ったのだとわかった。

置いてあった荷物の中から雨合羽を取り出し頭から被るそいつを眺めながら、俺はここに来たことを後悔した。

俺はこいつを知っている。父と同じ白虎店でアルバイトとして働いている高校生だ。俺は普段、本部である黄龍にいるのでほとんど顔を合わすことはないが、父からたまに話は聞いているし何度か喋ったこともある。

変わった奴だと思っていた。他人に興味津々で、そのくせ必要以上に関わろうとはしない。人間が好きな風に見えて、中身などどうでもいいかのような。おそらくこいつは誰かと誰かの性格が入れ代わっても、まるで気にも留めないのだろう。

「お前、ここで何してんの」

雨合羽に隠れない部分の血をタオルで拭き取っていたそいつに話しかける。口を開くと白い息が出て、俺は思わず口元をマフラーに埋めた。

「仕事や」

俺の問いにまず一言で答えたそいつは、散らばった肉辺に見向きもせず淡々と言葉を紡いだ。

「店長はんがボクに任せてくれてん。その人殺すんが 今日のボクの仕事や」

「親父がぁ~?」

信じられないという風に言うと、そいつはただクツクツと笑った。

俺はもう一度だけ辺りを見回すと、黙ってその場を離れた。後ろから追ってきた「またな」という声を無視してそのまま立ち去った。

今日第六感に従ってここに来たことを俺は非常に後悔した。

その三日後のことだった。白虎店に寄ったついでに、気になってあの工事現場跡に行ってみた。そこで俺は、今度は別の死体を目にする。

小学生高学年くらいの女の子が、鉄パイプを持って立っていた。ちょうど三日前あいつが荷物を置いていた辺りだ。その小学生は俺を見て「しまった」という顔をした。

しかしこの場所は袋小路。小学生は逃げ場はないとわかると、鉄パイプを構えて俺の方を向いた。小学生がこちらを向いたことにより、彼女の目の前にあったものがよく見えるようになる。それは頭から血を流す若い女の死体だった。

「お前、ここで何してんの」

その場を動かず尋ねる。すると小学生は無言のまま特攻を仕掛けてきた。そこら辺の高校生よりも速いんじゃないかというスピードで一瞬にして距離を詰めると、俺の頭を目掛けて鉄パイプを振り下ろした。俺はそれを左にかわす。

突っ込んできた勢いのまま俺の脇を駆け抜けた小学生は、次の瞬間鋭い切り返しで身体を反転、その勢いで鉄パイプを横薙ぎに振るった。俺は慌ててそれを左手で受け止める。そのまま力任せに鉄パイプを奪い取った。

今の攻防によって俺と小学生の立ち位置は逆転した。この小学生の足の速さならこのまま逃げ切ることも可能だろう。だが小学生はそれをしなかった。その理由の一つは、死体の側に置かれている赤いランドセル。そしてもう一つは、俺に顔を見られているためだろう。この小学生は何としてでも俺をここで殺さなければならない。

何か武器になりそうなものは無いか素早く辺りを見回している小学生に、俺はさっきと同じ問いを投げかけた。

「ここで何してんの」

自分を殺そうとしてきた相手に反撃しようとせず、何故か話しかけてきた俺に小学生は相当驚いたようだ。困惑した表情で言葉を紡ぐ。

「えと……姉さんの……殺された所に来たら……その女の人が……」

姉さんという単語ですぐにピンときた。

「ああ、あんた花木冴か」

「し、知ってるの!?」

「まぁな」

ということは、そこで頭から血を流している女性は浮島円香だろう。彼女が依頼した仕事のことは、資料を読んだので知っている。

「つまり、姉の敵に出くわしてこれで殺っちまったってところか」

「う……」

鉄パイプをぶらぶらさせてそう言うと、小学生はうめき声を漏らした。俺はそれを肯定の意と受け取って話を続ける。

「で、お前これからどうすんだ?ケーサツ行くのか?」

「行かない……」

「何で」

「ボクの復讐はまだ終わってない」

憎しみのこもった目で俺を見上げる小学生。俺はいったん浮島の死体に視線を移してから、もう一度小学生を見た。どうやら俺の言いたいことが伝わったらしく、小学生は浮島を指差して言った。

「あの女は"何でも屋"に依頼したと言った!姉さんを殺すように!姉さんを殺した奴は他にいる!」

「なるほどな。今からそいつを探しに行くって訳か。じゃ、頑張れ」

俺は鉄パイプをポイと投げ捨てて小学生の横をすり抜けた。

「え……。ちょ、ちょっと待て!お前に逃げられる訳には……」

「大丈夫大丈夫言わねぇよお前のことは。面倒臭せーし」

ア然とする小学生に「じゃあな」と一言だけ言ってそのまま帰路につく。小学生は追っては来なかった。まさか小学生が鉄パイプで大人を殺すとは誰も思うまい。俺が黙っていればこの事件は迷宮入りになる可能性が高い。そして俺は面倒事に関わる気はさらさら無い。

あの小学生とも二度と会うこともないだろう。そのはずだった。

翌日、放課後高校の校門の脇にあの小学生が立っていた。服は昨日と同じままで、赤いランドセルを背負っている。

「…………」

「…………」

「……はぁ」

ため息が出た。無視するに越したことはないと思ったが、相手は物凄い目で見てくる。これを無視すると視線で殺されてしまいそうだ。俺は友人達に先に帰るように言うと、尚も俺をガン見している小学生に近づいた。

「何か用か?」

「家を追い出された。君しか頼る人がいない」

「俺が助けると思ったか?」

「君はボクのことを警察に言わなかったね。なら共犯だよ」

花木冴はそう言ってニヤッと笑った。

話を聞くと、冴の両親はすでに死んでいて昨日までは遠い親戚の家で暮らしていたらしい。しかし殺された姉の犯人探しで数日間学校を無駄欠席したら担任の教師から家に連絡が入り、「こんな不良はどこかへ行け」と親戚に厄介払いされたとのことだ。

俺がこの学校にいることは昨日制服を見て知ったのだろう。そんなことはまぁいい。腹を空かした冴にハンバーガーを奢らされたのもまぁいい。問題は、これからこいつをどうするかだ。

冴の顔は白虎店を始めとする何でも屋に知れ渡っている。俺の家である黄龍に連れて行くことは出来ない。だからといって警察に突き出せば何でも屋の悪事が芋づる式だろう。無視してもいつまでも付き纏ってきそうだ。

「しかたねぇ、要するに宿があればいいんだろ?アパートでも借りるか」

「一応言うけどボクは一銭も持ってないよ」

「わかってるよそんなことは」

口の周りをソースで汚した顔でドヤ顔を決める冴にピシャリと返す。

「俺が払うしかねぇだろ」

「……失礼だけど、君はそんなにお金持ってそうには見えないんだけど」

「家が金持ちなもんでね」

「親のすねかじり」

「うるせー見捨てるぞ」

ファーストフード店を出たそのままの足で不動産屋に行き、何でも屋の権力を便利に使って、その日のうちに住める部屋を用意した。キッチン付きの部屋が一つだけという質素な造りだが、小学生が一人住むには十分すぎるだろう。

「してやれる事はしてやったからな。このあとの事は自分で考えろよ」

「まさかここまでしてくれるとは思わなかったよ。ボクは今日のご飯だけで満足だったのに」

「可愛くねーガキだな」

「うん。ありがとう」

去り際に名前を聞かれた。もう会うつもりも無いし俺は答えなかった。どうせアパートの管理人に聞けばわかることだろうし。

最悪の一日だと思った。明日学校に行けば深夜の馬鹿に昨日は何をしていたんだとうるさく聞かれるのだろう。最悪の一日だと思った。




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