運命ってそんなもの2




「店長、店長!起きてください、店長!」

思い切り肩を揺さぶると、ようやく目を覚ました店長はゆっくりと顔を上げた。

「カウンターで寝ないでっていつも言ってるじゃないですか!お客さん来たらどうするんです!?」

「うん。ごめん」

あまりにも素直に謝られるので私は一瞬押し黙ってしまった。いつものように学校が終わって店に来たら、店長がカウンターで寝ていた。よほど熟睡していたのか、揺さぶったり大声で名前を呼んだり、起こすのに苦労したのだ。殴った方が早いかと拳を握りしめたところで起きてくれたので、助かったような残念なような。

「それにしても、よく寝てましたね」

「何か変な夢見てた」

目をこすりながらカウンターから出る店長。

「夢ですか。どんな夢だったんです?」

「うーんとね、何か雅美ちゃんが大根の着ぐるみ着て盆踊りしてた」

やっぱり一発殴っといた方が良かったか。私は若干の後悔を感じながら整理を進めるためファイルを開いた。

冴さんの事件が一段落し、いつ襲われるかわからないという不安は消えた。ピリピリとした雰囲気はなくなり、いつも通りの日常だ。

私の仕事は相変わらず自主的に行っているファイル整理だが、そういえば瀬川君がいない間の仕事って、一体どうなっているんだろう。瀬川君の代わりに店長がしているのか、それとも瀬川君が帰ってきたときに仕事が山になっているのか。

そんなことを考える今日は三月八日。日曜日だ。今日は腕の怪我で長らく休んでいた瀬川君の仕事復帰の日だ。顔を出すのは昼過ぎらしいから、このファイルの整理が終わったらいつもより丁寧に店内の掃除をしておこうかと思う。久々に帰ってきた店が綺麗だったら嬉しいもんね。

「そういえば店長、冴さんはどうなったんですか?」

「冴ちゃん?」

ファイルの資料に目を落としながら尋ねると、壁越しに店長の声が返ってきた。

「本人に詳しく聞いたら教えてくれるって言ったじゃないですか!」

「そんなこと言ったっけ」

「店長っ!」

「言った言った。確かに言ったわ」

壁の角から顔を覗かせて店長を睨みつける。私はあれからずっと気になっていたんだ。店長がなかなか話してくれないから、ついにこちらから聞いてしまった。でもこちらから聞かないといつまでも話してくれなさそうなので、この行動は正解だと思う。

「冴ちゃんは今メルキオール研究所にいるよ。玲那ちゃんと仲いいみたい」

「北野さんと!?」

メルキオール研究所とはまた意外な場所に行ったなと思ったら、北野さんと仲がいいなんてこれまた意外。北野さんはあれで結構面倒見がいいから、もしかしたら冴さんのことを放っておけなかったのかもしれない。

「意外だった?」

「意外といえば意外ですけど……。言われてみたら何となく納得……」

「玲那ちゃんああ見えてマメだもんね」

店長がパチパチとテレビのチャンネルを変える。料理番組がニュースになって通販番組になってバラエティー番組になったとき、私はようやく次の言葉を返した。

「そういえば、店長っていつの間にか北野さんと仲良くなったんですか?」

私が北野さんと知り合ったのは前のバイト先の飲食店だ。北野さんは私より半年先輩としてバイトをしていた。その時は少し怖い印象があって近寄りがたく、よく話すようになったのは元祖切り裂きジャックであるジェラートさんと知り合ったあの事件からなのだが。

だが、店長と北野さんが知り合ったのはいつごろだろう。轟木さんの事件で怪我をした北野さんのお見舞いに行ったとき、彼女はまだ店長と出会ったばかりのような口ぶりだったが、この短期間で一体どれほど仲良くなったのだろうか。

そう思って尋ねた私に、店長はこう答えた。

「轟木ちゃんとマフィン君の事件のとき。ほら、あの時僕が玲那ちゃんを病院に連れて行ったでしょ?」

「じゃあまだ出会って二ヶ月も経ってなかったんですね」

「そうだね。もっと前から知り合いだった気がするけど」

店長はチャンネルをつまらないバラエティー番組に変えてからリモコンをテーブルの上に置いた。ガラスのテーブルがカツンと音を立てる。

「でも冴ちゃんが元気になったんだから、玲那ちゃんには感謝しないとね」

「そうですね」

私は冴さんの性格や今までの生き方を実際に見てきたわけではないので、一言「そうですね」としか言えなかった。話に聞くかぎりだと冴さんはかなり重い過去を持っているようなので、余計な相槌は打たない方がいいと思った。

「雅美ちゃん」

呼ばれて顔を上げる。上げたところで位置的に店長の顔は見えないのだが、見えない分耳に集中できるような気がする。

「ありがとね」

何だか今日はやけに素直だなと思いながら、私は自然と微笑んだ。やっぱり見えなくて良かった。こんなニヤニヤ笑い、キモいだけだろう。

「やめてくださいよ。店長顔だけはいいんですから」

「何言ってんの。中身もいいでしょ」

「まぁそういうことにしておいてもいいですけど」

その後はしばらく店長と取り留めのない話をしながらファイル整理を終わらせ、店の掃除をし、気がつけば時計の針は一時を示していた。何の前触れもなく目の前の引き戸が開く。

「……おはようございます」

顔を上げるといつもの制服姿ではなく、珍しく私服を身に着けた瀬川君が立っていた。

「瀬川君おはよう。もう大丈夫なの?」

「まぁ」

相変わらず私の問いに一言で返し、瀬川君は店長の方へ近づいて行った。私は壁から顔を覗かせてそれを見守る。

「リッ君久しぶり」

「長らくお休みしてすみません」

「大丈夫大丈夫、安心して。仕事はどっさり溜まってるから」

笑顔で言う店長に瀬川君は表情だけでため息を返し、そのまま奥にある自室へと消えて行った。

「店長久しぶりに瀬川君が来たのに、かける言葉それだけですか」

「雅美ちゃんだってほとんど何も喋ってなかったじゃん」

「だってあれにどう返答しろと……」

何はともあれ、約十日ぶりに何でも屋朱雀店勢揃いだ。瀬川君との会話は弾まないし店長は相変わらずダラダラとテレビの前にいるだけだけれど、やっぱり三人揃うといいものだな、と思う。

しばらく新しいアルバイトも入って来なかったものだから、この店に三人でいることは私にとってゆったりと落ち着いものとなっている。永遠にこの時間が続けばいいのにな、と私はこっそりと微笑みを浮かべた。




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