このまま騙し通してよ3




「何しに来たのさ、陸男」

「かわいい部下がちゃんとやれてるか見に来たんだろ。ついでにお前がちゃんと仕事してるかも見に来た」

「あいにくしたくても仕事がなくてね」

翌日三月二日、椏月ちゃんが来る予定である正午に店の引き戸が開け放たれた。が、そこにいたのはなぜか玄武店の店長である陸男さんで、当の椏月ちゃんはその一歩後ろですまなそうに笑みを浮かべていた。

「陸男さん!こんにちは。今お茶淹れます」

ソファーに座ってテレビを見ていた私は、陸男さんの登場に驚くものの、いつもの習慣でお茶を淹れにすぐに台所へ向かった。どうやら椏月ちゃんを送るついでにうちで少し寛いでいくらしい。なんやかんやと言いながら三人がソファーに座るのが感じ取れた。

慣れた動きであっという間に二人分のお茶を淹れ、お盆に乗せて店に戻る。ソファーに座った陸男さんと椏月ちゃんの前にカップを置くと、二人に「ありがとう」とお礼を言われた。

陸男さんが来たことによって、店長はいつも座っている二人掛けのソファーではなくて、私の向かいにある一人掛けのソファーに座っている。ここは普段瀬川君が座っている場所だ。その結果、私達の席順は奥から店長、陸男さん、椏月ちゃん、私となった。

「お前またこんなくだらないお笑い見てんのかよ。ホラー映画見ようぜホラー映画」

「くだらなくないし、ねぇ田村ちゃん。陸男の趣味の方がよっぽどくだらないよね」

「実はあたしもちょっと店長の趣味はないなと思いました……」

「二人して酷いな!来夢は黙って理解してくれるっつーのに……」

「「出た、シスコン!」」

私が戻ってきた時にはすでに雑談は始まっていて、私もタイミングを見計らってそれに混じった。

「でもこの前陸男さんが貸してくれた映画は酷かったですよ……」

少し不満を前に出してそう言ってみる。

「荒木さんあれ見てくれたのか?オススメのばっかり選んだつもりだったんだけどな……」

「だから店長の趣味がそもそもおかしいんですって」

「陸男はちょっとズレてることを受け入れた方がいいよ」

店長にそれは言われたくないと思いますよ……という意見を飲み込んで、私は二人の言葉に頷く。陸男さんは私達三人に好きなB級ホラー映画を全否定されてしょんぼりしてしまった。

店長と椏月ちゃんによる陸男さんいじめが一段落ついて、ちょうど次の話題に移ったとき、店の引き戸が控えめに開いた。見なくてもわかる、この様子を伺うようにゆっくりとした開け方は、確実にお客さんだ!私はパッと立ち上がると急いで引き戸の方へ向かった。

「いらっしゃいませ。何か御依頼ですか?」

営業スマイルを顔に貼り付けてお客さんの対応をする。そのお客さんは二十代後半くらいの女性で、パーマをあてた茶髪を一つに束ねている。女性は私の笑顔に安心したのか、さっきよりもリラックスした様子で答えた。

「はい、うちの飼い犬を探してほしいんですが……」

「かしこまりました。詳しく話を伺いますので、奥へどうぞ」

私が女性をソファーの方へ案内すると、陸男さんと椏月ちゃんはすでに店の裏へ消えていた。私は女性に二人掛けのソファーに座るように言って、お茶を淹れるために台所へと向かう。

すると、そこには来客に慌てて隠れたのだろう陸男さんと椏月ちゃんがいた。二人はついさっきまでお茶を飲んでいたコップを持ったままそわそわしている。別に無関係ではないのでいても構わないのだが、この店に店員四人はさすがに多いだろう。

とりあえず持ったままのコップを台所に置いて、陸男さんが私に話しかけてくる。私はお客さんのお茶を淹れながらそれに答えた。

「まさかこんなタイミングでお客さんが来るとはな。普段客なんて来ねぇのに」

「本当ですよ。ペットの捜索ってことは、やっぱり外に出ますよね?」

私の言葉に、椏月ちゃんはハッとした。外に出るということは、冴さんに狙われやすくなるということだ。椏月ちゃんが少し不安そうな顔をする。

椏月ちゃんに何か声をかけてあげたかったが、お茶の用意ができたので私は店の方へ向かった。きっと陸男さんが何か気の利いた言葉をかけてくれるだろう。

「熱いので気をつけてください」

私が女性の前にお茶を置くと、彼女は少し微笑んで「ありがとう」と言った。私はここにいようか陸男さん達の方へ戻ろうか迷ったが、依頼が気になったのでそのままソファーへ座った。たかがペット探しといえども、めったに来ない依頼だ。私もちゃんと勉強しなければ。

「これがさくらの写真です」

依頼人の女性はハンドバックから写真を取り出して店長の前に置いた。そこに映っていたのは、薄茶色のトイプードルだ。さくらというのはこの犬の名前だろう。

「一昨日から帰ってこなくて……。赤ちゃんの頃から大事に育てていたので心配なんです」

「わかりました。それじゃあここに名前と住所を書いてもらえる?見つかったら連絡するから」

そう言われて女性は店長にわたされた用紙に細い字で名前と住所を記入した。チラリと書かれた名前を見てみると、女性は佐藤さんというらしい。

名前と住所を書き終わると、店長は慣れた様子でペットの散歩コースや行動範囲、好きな食べ物などを聞き出した。この朱雀店で最も多い依頼はペット捜索だ。そのため、こういう依頼で聞くべきことはわかっている。

ペット探しに必要な質問に全て答え終わると、佐藤さんは「お願いします」と言って帰っていった。佐藤さんが帰るとすぐに陸男さんと椏月ちゃんがのれんの奥から顔を出す。

「依頼きたなら俺帰るけど」

「陸男は僕が仕事してるか見に来たんじゃなかったっけ」

「ペット探しに付き合わされたくないからな」

陸男さんは正直な気持ちを言って帰っていった。陸男さんも店長なので忙しいのだろう。その証拠に店長が「ペット探しを手伝え」と引き止めたりしなかった。

陸男さんが帰って、店内は私と店長と椏月ちゃんの三人になる。私は飼い犬探しはどうせ私の仕事だろうなぁ、と思いながらトイプードルの写真を見ていた。

店長は私と椏月ちゃんの前にトイプードル「さくら」の情報を書いたメモを置いてこう言った。

「じゃ、二人ともお願いね」

その言葉にガバッと顔を上げる私と椏月ちゃん。

「えっ、椏月ちゃんも行くんですか?」

「店長さんは来てくれないんですか!?」

私と椏月ちゃんが口を開いたのはほぼ同時で、私は椏月ちゃんが何て言ったのかよく聞き取れなかった。だがそれは椏月ちゃんも同じだったようで、彼女は「今何て言ったんですか」という目で私を見ている。どうやら二人の言葉をちゃんと聞き取れたのは、言われた側の店長だけだったらしい。

「田村ちゃんも今はうちの店員だし、一人より二人でしょ。あと僕は店を空けるわけにいかないから残ります」

「面倒臭いだけじゃないですか……」

ボソッと呟いた私の文句に店長は「まぁまぁ、いつものことじゃん」と完全に開き直ったことを言った。しかし私も絶対に自分一人で行かされると思っていたから、椏月ちゃんが来てくれるのは嬉しい限りだ。

さくらが遠くに行ってしまう前に見付けた方がいいだろう。私と椏月ちゃんはさっそく外へ探しに行くことにした。

「じゃあ行ってきますね」

「店長さん、花木さんが襲ってくるかもしれないんで、気をつけてくださいね!」

ソファーに座って手を振る店長に一言ずつ残して、私と椏月ちゃんは店を出た。時刻は午後一時前。まだまだ寒いことに変わりはないが、太陽の光が温かい。

「とりあえずさくらちゃんの散歩コース回ってみようか」

「はいっ」

佐藤さんは隣町に住んでいるらしい。徒歩で行くには少し遠いので、瀬川君の自転車を勝手に拝借することにする。

「荒木先輩、後ろ乗ってください」

瀬川君の自転車にまたがった荒木ちゃんが、自転車の荷台をぽんぽんと叩く。私は二人乗りをするとき前を漕ぐことができないので、ありがたく後ろに乗せてもらうことにする。「いっきますよー」という掛け声とともに、椏月ちゃんはペダルに乗せた足に力を込めた。

「風、けっこう寒いですね!」

「うん、マフラー持ってきてよかった!」

私はピンク色のマフラーを口元まで上げて、少し大きめの声で答えた。椏月ちゃんは慣れた様子で自転車を運転し、びゅんびゅん飛ばして走っていた。普段誰かを後ろに乗せているのだろうか。

風の音がうるさくて話しにくいので、しばらく無言が続く。そこで私は気がついた。私は一言も道案内をしていないのに、椏月ちゃんは正確に隣町への道を走っている。確か彼女は玄武店からの助っ人ではなかっただろうか。

「椏月ちゃん、椏月ちゃんってこの辺の道知ってるの?」

気になったので聞いてみることにする。椏月ちゃんは相変わらずスイスイと滑らかに自転車を走らせていた。

「あ、言ってませんでしたっけ。あたし家は赤穂にあるんですよ」

「そうなの!?」

「はい、高校が玄妙なんです!」

なるほど、つまり学校帰りにバイトをしているのか。

「私は野洲に住んでるんだ。もしかしたらすれ違ったりしてるかもね!」

「野洲ですか?近いですね!すぐに会いに行けちゃいますね」

そのあとは特に話すこともなく、目的地の赤穂市公民館前につく。佐藤さんは毎日朝晩二回、さくらと一緒にこの公民館前を散歩していたらしい。

自転車を公民館に停めて辺りを見回してみる。私はこの町にはあまり来たことがないから、椏月ちゃんに道案内してもらった方が確実だろう。

「佐藤さんの散歩コースはこっちみたいですね」

店長が書いたメモを見ながら、椏月ちゃんは人差し指で向かって左の道を指す。どうやらこの住宅街を出れば開けた河原に出るらしい。佐藤さんは普段そこを散歩に使っていたようだ。

「じゃあ行きましょうか」

「うん。ついでに聞き込みもしよう」

聞き込みをしつつ住宅街や河原を歩いたが、これといって有力な情報は得られなかった。それどころかおしゃべりなおばちゃんやおじいさんに捕まってしまい、余計な時間をくってしまう。

さくらの姿も見えず、手掛かりもないまま私達は散歩コースを歩いて戻っていた。途中で近くの住宅街に寄ったりしていたら、時刻はもう午後四時だ。そろそろ一度店に戻った方がいいだろう。

私達が公民館に向かって河原を歩いていると、前から紺色のコートを着込んでマフラーを巻いた、高校生くらいの男性が歩いてきた。片手を挙げて私達に挨拶をしているようだが、私の知り合いではない。椏月ちゃんの知り合いだろうか。同じ町でこの時間に歩いているということは、もしかするとお付き合いしている男性かもしれない。

そんな推測をしているうちに男性は私達の目の前にきて、やっぱりかという感じだが椏月ちゃんに声をかけた。

「椏月、何してるんだ?今日はバイトじゃなかったっけ」

「犬探ししてんの。茶色いトイプードル、見なかった?」

椏月ちゃんは「これくらいらしいんだけど」と言いながら両手でさくらの大きさを伝える。男性にはどうやら心当たりがあるらしく、ハッとした表情を浮かべた。

「それって商店街で保護してるやつじゃないかな。迷い犬らしいんだけど、赤い首輪をしてるんだって」

私はその言葉を聞いて写真を取り出して見てみると、毛に隠れてわかりにくいが確かにさくらは赤い首輪をしていた。

「なんだ、知ってるなら早く教えてよ!で、商店街のどこの店なの?」

「確か八百屋だったかな……。夫婦で経営なさっているところだよ」

男性から詳しい話を聞くと、私と椏月ちゃんはさっそく商店街へ向かうことにした。男性にペコリと頭を下げて自転車を取りに公民館へ向かう。

男性の姿が見えなくなったところで、私はさっそく椏月ちゃんに尋ねた。

「ねぇ椏月ちゃん、さっきの人誰?」

「もしかして彼氏?」と付けたす前に、椏月ちゃんが答えた。この回答の早さ、たぶんこの手の質問はさんざんされてきたのだろう。

「お兄ちゃんだよ。一応今年で二十三」

「あ、そうなんだ……」

「お兄ちゃんこそ市役所の仕事があるはずなのに、こんなところで何やってるんだろう」

「家に帰ったら問いただしてやろう」と椏月ちゃんは息巻いていた。

私はもう一度後ろを振り返ってみるが、当然のことながら男性の姿は見えない。だが言われてみればどこと無く顔や雰囲気が似ていたかもしれない。

だが椏月ちゃんは少しキツめの顔立ちで、お兄さんはたれ目で優しそうな感じだ。髪も直毛な椏月ちゃんに対して、お兄さんはくせっ毛なのかふんわりしている。それでも似ていると思えるのは、やはり兄妹だからだろうか。

「それにしても、椏月ちゃんにもお兄さんいたんだね。私もお兄ちゃんがいるんだ」

「そうなんですか!みんな羨ましがるけど、兄ってそんなにいいものじゃないですよね」

私はその言葉に「わかるわかる!」と大いに賛同した。得に嫌いなわけではないが、兄妹間の遠慮のなさに小さなストレスが溜まることも多い。まぁ身近な歳の近い存在なので、愚痴を聞いてもらうことも多々あるのだが。

そのあとは椏月ちゃんとの兄妹愚痴トークが弾んで、自転車を走らせながら風の音にも負けずずっと話をしていた。




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