このまま騙し通してよ2
「申し遅れました。あたし、田村椏月(たむらあづき)といいます。気軽に椏月って呼んでください」
テーブルを挟んで反対側のソファーに座った田村さんが自己紹介する。あれから、最近の若手芸人について店長とたっぷり二十分語り合った後のことだ。
「荒木雅美(あらきみやこ)です。わからないことがあったら何でも言ってね」
聞いたところによると、椏月ちゃんはこの仕事を始めてまだ半年なのだそうだ。つまり、私の方が先輩なのである。
今までは、まわりの同年代は私よりも早く入社していて、すでにベテランの域に達している人ばかりだ。花音ちゃんや鳥山さんなど、年は一つしか変わらないのに、私は彼女達の足元にも及ばない。
しかし、椏月ちゃんは私の後輩なのだ!それを知った途端、私は一から十まで手取り足取り面倒を見てあげたくなった。後輩という単語の響きにウキウキする。今まで教えてもらっているばかりだった私が、教える側になれたのだ。
しかし先輩面しすぎると鬱陶しい存在になってしまうので、あまりテンションを上げ過ぎないように気をつけようと思う。わかっている事をわざわざ指示されると、誰だってイラっとくるものだ。
「とりあえず、今は仕事がないからテレビでも見てようか」
バラエティー番組が終わったので、店長がチャンネルを変える。だが、どのチャンネルでもCMか通販番組しかやっていなかった。店長は諦めて元のチャンネルに戻してリモコンを置く。
この時間はあまり面白い番組がやっていない。私はテレビを見るより雑談をすることにした。椏月ちゃんのことをもっと知っておきたい。
「そういえば、椏月ちゃんは今いくつなの?」
とりあえず無難に年齢を聞いてみる。大人っぽい子で、外見では私より年上にも見えるが、実際はいくつなんだろう。
「十八です」
椏月ちゃんはテレビから私に視線を移して答える。ちゃんと私の目を見て話しているあたり、しっかりした子のようだ。
「じゃあ今高校三年生かぁ」
「あ、いえ、実はあたし一年留年してて、学年はまだ高二なんです」
「留年!?なんか病気でもしたの?」
しっかりした椏月ちゃんが成績や出席日数で留年するとは思えなくて、私はそう聞いた。
「ええ、事故にあいまして」
「事故!?大丈夫だった?」
「トラックに撥ねられて、半年も入院しました」
そう言って「あはは」と笑う椏月ちゃん。今はもう何ともないし、運の良い撥ねられ方をしたため後遺症も全くないとのことで、私は安心した。犯人もちゃんと捕まっているらしい。
「友達と離ればなれになるのは辛かったですけどね。でも、今のクラスの子とも仲良くなれましたし、勉強もついていけてるので大丈夫です」
「そっかぁ。大変だったんだね……」
「大変でしたけど、毎日夢中でやってれば何とかなっちゃうものみたいです」
椏月ちゃんは照れ臭そうに言った。事故で留年して友達と離ればなれなんて、私だったら心が折れそうだ。何もないところから友達を作り直すのは、とても苦労しただろう。
ちょうど話題が途切れたところで、今度は椏月ちゃんが話題を振ってきた。
「そういえば、今問題になっている花木さんについてはどこまでわかっているんですか?」
これは、私よりは店長に聞いてるようだ。私にもたいした情報が知らされていないのと同じように、椏月ちゃんもほとんど何も聞かされていないのだろう。どこの会社もアルバイトの扱いなんてこんなものだ。
店長はテレビ画面を見たまま答えた。隙間時間にやっていたCMが終わって、次の番組が始まったらしい。安っぽい人情物の二時間ドラマだ。
「うーん、どこまでって言われても、何もわかってないと思うよ。ねぇ雅美ちゃん」
「え?あ、はい」
突然同意を求められて、つい「はい」と答えてしまう。が、よく考えたら店長が何もわかってないと言うのはおかしいんじゃないか。店長は冴さんと知り合いらしいし、冴さんのことを一番よく知っているのは明らかに彼だろう。むしろ今どこに居るかまで知っていそうなくらいだ。
まぁ、店長の秘密主義はいつものことなので私は余計なことは言わないでおく。
「そうなんですか……。店長さんなら何か知ってると思ったんですけど……」
「店長だからってみんなより知ってるとは限らないよ。情報を公開する権利は一郎ちゃんが持ってるわけだし」
しれっと言う店長。さりげなく知らないことを一郎さんのせいにする。
「そういえば、黄龍の対応はどうなんですか?花音ちゃんがすごく怒ってましたけど」
昨日の花音ちゃんとの会話を思い出して尋ねる。たしか黄龍の杜撰な対応に文句を言っていた。
黄龍という単語に、椏月ちゃんも興味津々に店長を見る。どうやらアルバイトに黄龍のことが詳しく説明されないのは、玄武店でも同じらしい。
「黄龍?さぁ、僕店長会議行ってないし。自己防衛に努めてくれって連絡はきたけど」
なんだ、それじゃあ知ってることは花音ちゃんと同じじゃないか。トップである黄龍がしっかり私達を守ってくれなきゃ困るのに、その黄龍が何をしているかわからない。
「店長こんな時くらい会議行ってくださいよ。会議で何か大事なこと言ってるかもしれないじゃないですか」
「大事なこと言ってたら資料に書いてあるはずでしょ。資料はちゃんと貰ってるんだから」
「その資料だってちゃんと読んでないくせに……」
小さく文句を言ってみる。店長はいつも、せっかく陸男さんが持ってきてくれた資料をペラペラめくるだけで放置している。まったく、陸男さんの親切心を無駄にするなんて。
「その資料ってうちの店長が持って行ってるやつですよね?」
今まで黙って私達の会話を聞いていた椏月ちゃんが会話に入ってきた。会話が途切れたのを見計らって割り込んでくるとは、ちゃんと空気が読める子のようだ。
「そうそう」
「ごめんね、店長のためにわざわざ」
悪びれた風もなく答える店長の代わりに謝ると、椏月ちゃんは「いえいえ」と言って手を振った。
「うちの店長と仲いいんですよね、朱雀店の店長さんは」
「子供のころよく遊んでたからね」
「中学が同じとかじゃなかったんですか?」
「うん。陸男だけ別の中学行ったんだ。なぜか」
陸男さんの家から中学が遠かったのだろうか。もし店長同士の子供の頃が仲良かったとすれば、一人だけ別の学校なんて私には堪えられないなぁ。
と、突然エプロンのポケットに入れていたスマートフォンが鳴りだした。ディスプレイを確認すると、発信者は友人のにっしーだった。
「もしもし?」
店長と椏月ちゃんから少し顔を背けて電話に出る。今日は日曜日だが、にっしーはバイトは休みなのだろうか。
《あ、もしもしあっらー?今大丈夫ですか?》
「うん、大丈夫だよ」
こんなふうに断りを入れるなんて、長くなる話なんだろうか。私は大事な話なのかと、少し身構えた。
《さっき北野に聞かれたんだけど、人探してるんだって》
「北野さんが?」
《うん。それで、私はよくわからないから、そういうのに慣れてるあっらーだったら何かいい方法知ってるかなーって思って》
「人探しかぁ……」
そう言われて、今まで行ってきた人探しやペット探しを思い返してみる。
「うーん……、やっぱりネットとかで目撃情報を探すしかないんじゃないかなぁ。私はあんまりやらないんだけど、職場の人はそうやって見つけてる」
《ネットかぁ……あんまり詳しくないけど……》
「私もあんまり詳しくないんだ。もしよかったら職場の人に頼んでみようか?やってくれるかどうかはわからないけど……」
《いえ、そこまでしてもらうわけにはいきません!ネットあんまりやったことないけど、試してみますね。ありがとうございます!》
「ううん、あんまり力になれなくてごめんね」
簡単に別れの挨拶をしてスマホを閉じる。捻っていた身体を戻して座り直すと、椏月ちゃんがこちらを見ていた。
「人探しですか?」
「うん、まぁ。友達が探してる人がいるんだって」
店長が興味もなさそうに「うちに頼めばいいのにね」と言う。私は「学生だからそんなにお金ないんですよ」と返した。
しかし、北野さんが人探しだなんて。北野さんって奴隷の人がいっぱいいたはずだし、その人達に頼んで探せないのだろうか。
それにしても、北野さんは誰を探しているんだろう。自転車で事故りそうになって助けてくれたけど名前も言わずに去って行ったからお礼を言いたいんだろうか。
「そういえばあたし達の仕事って人探しとか多いですよね」
北野さんの尋ね人についてぼーっと考えていると、椏月ちゃんが「人探し」というワードから話題を広げてきた。会話が止まらないように気を使っているのだろうか。うちでは無言でテレビを眺めているだけの時間も多いので、気にしなくてもいいのだが。私と瀬川君なんてほとんど会話もないんだし。
「そうだよね。うちの仕事なんてほとんどペット探しだよ」
今まで私が解決した仕事の半分以上は確実にペット探しなんじゃないかと思う。だが、玄武店はどうなんだろう。売り上げトップなんだから、私なんかには想像もつかないような仕事をしているのかと思うんだけど。
「あたしもまだまだ下っ端だからペット探しくらいしかさせてもらえなくて」
「へー、そうなんだ。もっとすごい仕事いっぱいしてるのかと思ってた」
素直な感想を言うと、椏月ちゃんは顔の前で手を振りながら否定した。
「そんなことないですよ。先輩とかは大変そうな仕事してるんですけどねー」
それから一呼吸おいて、一瞬言うか言うまいか迷ったような表情をしてから、椏月ちゃんは口を開いた。
「そういえば、荒木先輩は白虎店の鳥山麗雷さんって知ってます?」
「鳥山さん?知ってる知ってる。鳥山さんがどうしたの?」
「かっこよくないですか?鳥山さん!あたしと同い年なのに仕事もできて、美人で」
「え、うんまぁ、」
「あたし憧れてるんです!鳥山さんみたいに何でも余裕でこなせるようになりたいなあって!」
まるで恋する乙女のような表情で語る椏月ちゃん。私はおろか店長までその様子にア然としていた。
「椏月ちゃんは鳥山さんのことが好きなんだね……」
「はいっ!」
元気いっぱいで答える椏月ちゃん。もしかして花音ちゃんの前でもこんなこと言ってやしないだろうか。玄武店副店長補佐からの風当たりが強くないことを願いたい。
「あれ?でも田村ちゃんって麗雷ちゃんに会ったことあるの?」
「実はまだ一回しかなくて……。あたしも雑用ばっかりだからあんまり他店に行く機会が無いんです」
「大丈夫だよ、私だってもう二年もやってるけど仕事で他の店に行ったことなんて一回しかないもん」
「そうなんですかっ!?よかった~。あたしだけ遅れてるのかと思ってたんで、安心しました」
椏月ちゃんはほっと胸を撫で下ろした。けど、安心しているのは私も同じだ。この仕事を始めてもう二年になるのに、他店に行くのはいつも瀬川君で、私が特に頼りないのではと思ってしまう。確かに他の店に行って何をしたらいいかなんてわからないが、そろそろ新しい仕事も覚えたい。
「それにしても、本当にお客さん来ないんですね」
椏月ちゃんが助っ人に来てしばらく経ったが、一向にお客さんが来る気配はない。売り上げナンバーワンの店で働いている椏月ちゃんからしたら異常なのだろうが、私達朱雀店の従業員はお客さんの来る頻度を一時間二時間ではなく一日二日単位で数えているのだ。せっかく来てもらったのに申し訳ないが、椏月ちゃんにやってもらうような仕事はたぶん無いだろう。
「まぁいいじゃん暇な方が」
「店長はそう言いますけどねぇ……。ごめんね椏月ちゃん、でもうちはこれで通常営業だから……」
相変わらずその立場とは思えないようなことを言う店長にいつものような言葉を返してから、椏月ちゃんに謝る。玄武店から来たんじゃ、暇なのは落ち着かないのではないだろうか。
「いえ、別に暇なのはいいんですけど……聞いてきた以上に暇だったのでつい……」
「まぁそれはうちに来る人来る人言われるけどね……」
やっぱり朱雀店は暇な店だと思われていることを再確認する。言い返そうにも実際暇だから何も言い返せない。店員が三人しかいないというこの状況でもおかしいことに暇なのだ。まったく、うちにだけこんなにお客さんが来ないなんて不思議で仕方がない。
結局この日はどうでもいいお喋りをしているだけで終わってしまった。安っぽい人情物のドラマはニュース番組に変わり、バラエティー番組に変わり、再び飛び飛びマンが「ほっぴーんぐ」というネタで観客の爆笑を誘い、またニュース番組になったところで今日は解散することになった。
私は、乗ってきた自転車を車の荷台に乗せて店長に家まで送ってもらうことになり、椏月ちゃんは玄武店から迎えが来た。玄武店から来たまだ若そうな男性は「平坂」と名乗り、泥のついたままの車に椏月ちゃんを乗せ帰って行った。それを見届けてから私は店長の車の助手席に乗り込む。
私がシートベルトを閉めていると、店の引き戸に鍵をかけた店長が運転席に乗り込んだ。店長がキーを回してエンジンをかける。しばらく沈黙が続いた。
「そういえば、椏月ちゃんっていつまでうちにいるんですかね?」
重たい沈黙で居心地が悪いので、当たり障りのない話題を出す。店長はハンドルを右に切りながら答えた。
「うー……ん、リッ君が戻ってくるまでだから二週間くらいかなぁ」
「二週間ですか……。そういえば、椏月ちゃんが来たこと瀬川君に言いに行かなくていいんですか?」
「昨日言ったよ?電話で」
「あ、そうなんですね。まぁ鈴鹿さんと二人の病室なら電話してても迷惑かからないですしね」
「あれ?知らなかったの?リッ君もう退院したよ。今は自宅療養中」
「ええ!?聞いてないですよ!いつ退院したんですか!?」
「一昨日の夜」
一昨日の夜ってことは……瀬川君、病院から私にメッセージを返信したわけじゃなかったのか……。
それにしても、そういう大事なことはちゃんと言ってほしい。報告!連絡!相談!ホウレンソウって大人に教わらなかったの?
「だってリッ君が雅美ちゃんから連絡来たって言ってたからさ、もう知ってるのかと思ってた」
「だってじゃないですよ……。そういうのって店長が言うことなんじゃないんですか?」
瀬川君って本当にその話題とは関係ないこと話さないし、メッセージに書かないし。まぁメッセージしたときに教えてくれなかった瀬川君も瀬川君だけどさ。
唇を尖らせてむくれる私を見て店長はクツクツと笑った。その余裕ぶった態度がムカついたのでキッと睨み付けてみたが、店長には全く効き目がないようだ。
そのあとは瀬川君も椏月ちゃんも冴さんも関係のないどうでもいい話をしているうちに私の家についた。普段よりは少し早めの帰宅だ。お母さんが喜ぶだろう。
が、店長に送ってもらったのだと知ったらまた私の仕事の愚痴を言ってくるだろうから、私はお礼を言って店長にはさっさと帰ってもらった。
家に入るとカレーの匂いがして、今日の夕飯はカレーかぁと思いながらリビングにいる家族達に「ただいま」を言いに行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます