裏切られるべき期待2




「あんたそれ、履いてないみたいよ?」

「しょうがないじゃん、汚れてるのお腹の所なんだもん」

服に付いている血を隠そうと店長に借りた上着の前を閉めたら、ショートパンツを履いている今の私には見事に何も着ていないかのように見えた。寒い時期なので厚手のタイツを履いてはいるが、そういう意味でなくファッション的に今の状況が恥ずかしかった。

鳥山さんに言われて、上着の裾をちょっと上げて「履いてますよアピール」をする私。というか、こんなに血がべったりついたら、この服も上着ももう着れないよね。

「だいたいあんたが上着着て来ないから悪いんじゃない。着て来たらそれ脱げばいいだけの話だもの」

「仕方ないよ、慌てて来たんだもん」

私は何も考えずに店を飛び出したが、ちゃっかり上着を着てきた店長はさすがだと思うし、もっと焦ったら?とも思う。

「ご、ごめん」

「え?」

鳥山さんが謝ったことに一瞬キョトンとするが、そういえば、と思い出した。私達が慌てて飛び出したのは、鳥山さん達を助けに行くためだった。

「いいよ、二人が殺されたらどうしようと思ったもん。間に合ってよかった」

「うん……あの……ありがと」

どうやら鳥山さんは人にお礼を言うのに慣れていないらしい。頬をちょっと赤くして、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言った。

なんだか少しかわいらしい。素直じゃない妹ができたようだ。

「どういたしまして。店長にも言ってあげればよかったのに」

「あ、あんな奴に言わないわよ。……その……、あんたから伝えといてよ」

感謝はしているらしい。これをきっかけに仲良くなっちゃえばいいのに。私がこの仕事を始めたばかりの頃は、鳥山さんはそんなに店長のこと嫌いじゃなかったのに、一体何があったんだろう。

私達はひとまず、朱雀店に向かっていた。病院に行くことも考えたが、一度店に戻って様子を見ておきたい。鍵も閉めずに来たのだから。

店長のバイクは、仕方ないからその場に置いてきた。私も鳥山さんもバイクの免許なんて持っていない。そのうち店長が取りに行くだろう。

鳥山さんと話しながら店への道を歩く。朱雀店の古い建物が見えてきて、いつもの引き戸をガラガラと開けた。

「……え?」

そして驚く。来客用のソファーに座って寛ろぐ、冴さんを見つけたからだ。

「何よ?」

後ろから店の中を覗き込んだ鳥山さんも固まった。突然のことに身動きが取れない。

最初に動いたのは冴さんだった。彼女も私達と同じように固まっていたが、パッと立ち上がると猛ダッシュで店の奥へ消えた。

「お、追うわよ!」

鳥山さんの声で我に返る。慌てて冴さんを追った。

冴さんは裏口を見つけるのに一瞬手間取ったらしい。私達が店の奥へ行くと、彼女はまだ手の届くところにいた。

「ッ!」

追ってきた私達の姿を確認して、一目散に裏口へ走る冴さん。私と鳥山さんは動転しながらもそれを追う。

「待ちなさい!」

狭い廊下で鞭を取り出す鳥山さん。

「冴さんっ!」

冴さんのパーカーにもう少しで手が届く!私は最後の一踏ん張り、とグッと手を延ばした。が、

「って、速ぁッ!」

冴さんの走るスピードはとてつもなかった。爆発的なスタートダッシュで、短い廊下の間で一瞬にして差が開いた。あっという間に裏口にたどり着いた冴さんはさっさと外に出て行く。

「ま、待って!」

私達ももみくちゃになりながら裏口から顔を出すが、冴さんはすでに十メートルほど遠くを走っていた。

「冴さん!私あなたに言いたいことがあるの!」

必死に叫ぶが、冴さんは振り返ることなく地平線の向こうに消えた。

すぐ上にいる鳥山さんが舌打ちを打つ。

「まったく、逃げ足だけは速いんだから」

鳥山さんは乱れた服を整えた。そしてへたり込む私を見下ろして言う。

「で?あいつに言いたいことって何よ」

私は「ははは」と笑ってごまかそうとしたが、鳥山さんが睨んだので観念して話すことにした。

「とりあえず、店に戻ろう。お茶出すよ」

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