裏切られるべき期待
駅の裏の細い路地を猛スピードで進む。建物の外壁すれすれを駆け抜け、私は膝が擦り減ってなくなるんじゃないかと思った。
普段人気のない路地の奥に、若いガラの悪そうな人が群がっているのが見えた。多分十五人くらいいる。
「あれかな?」
「もしかしたら無関係な人達かも……」
しかし店長はブレーキをかけるどころかアクセルを踏み込んだ。ぐん、という衝撃と共にスピードが上がる。
私は冴さんは一人で乗り込んでくるのだと思っていた。理由はない。ただ、なんとなく。仲間は作らないのだと思っていた。
「ま、違ったらその時ってことで!」
ぐんぐんスピードを上げた二人乗りのバイクは、近づく私達に気づいた数人の若者の中に、見知った二人を中心にしてニヤニヤと下品な笑みを浮かべている十五人に、中心の一番近くにいるピンクの髪が覗くフードの人物に向かって、
盛大に突っ込んだ。
「きゃぁぁああああ!」
「ああああっ!?」
「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!」
「な、何だぁああっ!?」
私の悲鳴と若者達の悲鳴が重なって、薄暗い路地裏はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「ななななな、何やってるんですか!」
しっかり握った服は離さないまま、店長に怒鳴る。鳥山さんと鈴鹿さんの前で停止したバイクの後ろには、うめき声を上げながら転がっている人達。
「麗雷ちゃんが早く来いって言うからさ」
しれっと答える店長。だからと言って人を轢いていい理由にはならないでしょう。店長のバイクに轢かれなかった十人ちょっとが、鉄パイプなどを構えこちらを警戒する。
とりあえずバイクから下りて、ポカンと口を開けたまま鞭を持って固まっている鳥山さんに近づく。
「鳥山さん、大丈夫?」
「え?あ、うん……。あああああんた達遅いのよっ!」
鳥山さんは一瞬呆けていたが、すぐに立ち直りいつもの威勢を取り戻して、私に人差し指を突き付けた。それから、今度は店長に向かって叫ぶ。
「ちょっと!何でこんな役立たずまで連れてきたのよ!」
鳥山さんの人差し指は、依然として私に向けられたままだ。悲しいが、私がたいした戦力にならないのは本当の事だ。
「僕だけだったら麗雷ちゃん嫌がるかなーと思って」
よくもまぁそんなへらへらと言えるな。鳥山さんは鳥山さんで、その言葉を否定すると自分は店長の事は嫌いじゃないと認める事になると思ったのか、「ぼーっとしてないでさっさとこいつらやっつけなさいよ!」と逆ギレしている。
私は鳥山さんの後ろで脇腹を押さえてうずくまっている鈴鹿さんに近寄った。確か鳥山さんが、鈴鹿さんは怪我をしていると言っていたはずだ。
そうしている間に、武器を構えたガラのよろしくない若者達がじりじりと近づいてきた。
「オイ、仲間が来たからってこの人数に勝てると思うなよ」
いかつい顔の男がタバコをペッと吐き出しながら言った。脅しているのだろうか。
「チョーシ乗んなや、ぁ゛あ゛?」
「一人ずつぶっ殺してやっからおとなしく待ってろ!」
「逃げたらぶっ殺すぞ!」
どうやら頭はあまり良くないようだ。「ぶっ殺す」と言えばビビると思っているらしい。中には店長に轢かれた仲間を見て「ひでぇ……」と呟いている者もいるが。
後ろにいた男が鉄パイプを振りかぶる。狙いは私の横で脂汗を流しながらうずくまる鈴鹿さんだった。
「ちょっ!」
慌てて鈴鹿さんを庇うように抱きしめるが、鉄パイプが私を襲うことはなかった。代わりに男が鳥山さんに股間を蹴り上げられ、アスファルトの上で転げ回っている。
「ちょっとちょっと!真っ先に狙うのが怪我人!?あんたらこそビビってんじゃないですかぁ━━?」
鞭をバチンバチンと鳴らしながら若者達を威嚇する鳥山さん。その顔には、先程まではなかった余裕の笑みが浮かんでいる。
反対側で「ガッ、」といううめきなのか何なのかわからない声が聞こえたので振り返ってみると、店長が何でもないような顔で手近な場所にいた男の顎先を殴った所だった。容赦ないな。
「ほらほら、ノロマ共!かかって来なさいよ!」
鳥山さんは小さい身体を最大限に利用して、相手の懐に潜り込んでいる。力では敵わないとわかっているのだろう、鳥山さんは相手の急所ばかり狙って攻撃していた。こっちもえげつない事に変わりはない。
一方店長は相手の無骨な攻撃をひらりとかわし、顎先やこめかみ等、一撃で仕留めやすい場所を狙って殴っている。と思ったら、何かの格闘技の技を使ったりーーおそらく空手かなんかだと思うけれど、私は格闘技に疎いのでよくわからないーー型にはまらない何とも目茶苦茶な戦い方をしていた。
二人は私達を間に挟んで反対を向いて戦っている。一見協力のカケラもなくただ暴れ回っているだけのように見えるが、私達に攻撃が一つも及んでいないところを見ると、「私達を守る」という協力をしてくれているらしい。非武闘派の私達にとっては、なんとも有り難いことだ。
私にもたれて苦しそうな息をしていた鈴鹿さんは、二人の姿を見て「鳥山さん、さっきまでギリギリだったのに……よかった」と、少し嬉しそうに呟いた。
数分後、残り三人になった若者達は、店長と鳥山さんに勝てないと理解したのか、転がるように逃げて行った。
「鈴鹿さん!生きてる!?すぐ病院連れてくから!」
相手が逃げ帰ったのを見て、鳥山さんが私達に駆け寄ってくる。鈴鹿さんが脇腹を押さえていた左手はもう血で真っ赤で、とても直視できなかった。
「相当傷深いね。さっさと病院に運んだ方がいい」
バイクを道の端に停めた店長は私達の方に近づいてきて、鈴鹿さんの怪我を見てそう呟いた。
「ちょっと病院連れてくから、二人はその辺に転がってる人達から何か新しい情報ないか聞き出しといて」
その言葉に鳥山さんは少し不安げな顔をしたが、何も言わなかった。そうするのが一番効率的だと理解しているからだ。
それから店長は、自分の着ていた上着を私に被せた。
「うわっ、何ですか?」
「帰るとき目立つから、それ着てて」
そう言われて私が自分の服を見回すと、鈴鹿さんを抱いていたために彼女の血がべったりと付いていた。確かにこれでは帰れない。
さすがにこのレベルの怪我人をバイクで運ぶなどはしないらしく、店長は「よいしょ」と呟くと鈴鹿さんを抱き上げた。
「じゃあちょっと病院行ってくるから、二人とも気をつけてね。麗雷ちゃんは藍ちゃん辺り呼んどくからそれまで絶対一人にならないように」
鳥山さんは「わかってるわよ」と小さく言った。どうやら助けに来てくれた事に対してお礼を言いたいが、プライドがそれを許さないらしい。
と、ここで鈴鹿さんが呟いた。息も絶え絶えな弱々しい声だ。
「朱雀店長……恥ずかしいのでお姫様だっこは止めてください……」
「……それ今の状況で言うこと?」
店長の言葉は珍しくもっともだ。腹に傷があるんだから担いだり背負ったりするよりも、乙女としては恥ずかしいがこの体勢が一番いい気がする。しかし鈴鹿さんは譲らなかった。
「傷口から内臓が出ても構いません、背負ってください」
弱々しい声だが、有無を言わさない力がこもっていた。店長は鈴鹿さんを一旦下ろして背中に背負い直すと、「二人とも気をつけて。麗雷ちゃんは雅美ちゃんのことお願いね」と言って路地を出て行った。
「さて、」
二人を見送っていた鳥山さんがくるりと振り返って、近くにうつぶせに寝転んでいる男の頭に踵を乗せた。
「ちょっと私達とお話しましょーか」
ブーツのヒールで男の頭をぐりぐりと踏み付ける鳥山さん。男は「う……」とうめいた。
「あんた達、何でこんなしょーもない事したの?」
鞭を引っ張ってバシンバシンと鳴らしながら、鳥山さんは男を見下ろす。男は頭を踏み付けられたまま必死に弁解した。
「ち、違うんだ!オレらはあの女が金くれるって言うからやっただけで!まさかホントに刺すとは思ってなかったし!ホントだって!信じてくれよ!」
男の必死の命乞いに、鳥山さんは冷めた声で答えた。
「ええ、信じてるわよ。あんた達が金に目が眩んだ糞野郎共だってことはね!」
鳥山さんは華麗に鞭を操って、逃げる男をぶちのめす。私はこういうのはあまり向いていないので、離れた所で見学することにする。
倒れていた若者達も、初めの男が酷い仕打ちを受けているのを見て、痛む身体を引きずりながら逃げ出した。それでももう三人くらいに話を聞く事ができた。答えは皆同じだったが。
「結局、あの冴って奴が金で雇ってたって事しかわからなかったわね」
「そうだね……。冴さんもいつの間にか消えちゃうし。私達が来た時鳥山さんの前にいたのって冴さんだよね?」
私は若者達の中心に立っていたフードの人物を思い出した。チラッとしか見えなかったが、あれは間違いなく冴さんだった。鳥山さんや鈴鹿さんに気をとられて、再び辺りを見回した時にはもうその姿はなかった。
「そうよ。昨日私を襲ったのもあいつだったし」
それから鳥山さんは「チッ」と舌打ちをした。捕まえ損ねたのが悔しいらしい。
「バイクに轢かれなかったのは見たけど、そのあとどっちに逃げたのかはわからないわね。ま、わかったとしても今更遅いけど」
そっか、冴さんは逃げたのか……。冴さんに聞きたいことがあった。冴さんに言いたいことがあった。でも、一人で正面から向かって行くのは怖かった。
私、おかしいかな。
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