錆びついた耳鳴りが叫んでいる6




「……という事です」

「という事って……ボイスレコーダー使うんだったらこの資料とかいらなくない?」

「雰囲気作りですが何か?」

そう言ってテーブルの上に並べた資料を片付ける鈴鹿さん。金之助さんの説明が吹き込まれたボイスレコーダーも鞄に仕舞った。

「つか金ちゃん説明長っ。要点だけ述べるって事ができないの?あのオッサンは」

確かに金之助さんの説明は長かった。でもまぁ、細かいところまでわかってよかったような気がする。金之助さんの話した内容が、まるで見ていたようにイメージできた。

「そういえば、浮島さんをその……殺したのって結局誰なんですか?やっぱり神原さん?」

「だからそれは冴ちゃんだって。にぃぽんのとこで話してたじゃん」

知りませんよ。私に直接言ったわけでは無いでしょう。

「どうせ朱雀店長さんがちゃんと説明していなかっただけでしょう」

私は鈴鹿さんの言葉にうんうんと頷く。やっぱり鈴鹿さんは私のよき理解者だよ。まぁ、鈴鹿さんもどっちかといえば「苦労人」の立場にいそうだし。もっと話せばきっと気が合うんだと思う。

それにしても意外だったのは、店長と鈴鹿さんは案外仲がいいんだな、ってことだ。店長が馴れ馴れしいのは相変わらずだけど、鈴鹿さんが意外にも砕けた感じで接してる。もっと「ただの仕事関係者です」って態度なのかと思っていた。

「鈴鹿ちゃん僕にだけ厳しくない?何?僕にぃぽんに何かした?」

「な、何故そこで店長が出てくるのですか。今は関係ないでしょう」

鈴鹿さんは頬をほんのり赤くしてぷいっとそっぽを向いた。

前から思ってたんだけど、鈴鹿さんとお兄さんって付き合ってるのかな。いつも一緒にいる気がするし。初めは鈴鹿さんがお兄さんの秘書的な人だからいつも側にいるんだと思っていたけれど、二人のことを知ってからはそれだけじゃないような気がする。何て言うか、雰囲気が相思相愛というか……。

それは仕事でのパートナーとして信頼しているようにも見えるし、プライベートでのパートナーとしても信頼し合っているようにも見える。まぁ、恋愛経験の乏しい私の言うことだから、あんまりアテにはならないけれど。

「それでは、私は帰ります。このあともいろいろと忙しいので。鳥山さんも拾って帰らなきゃいけないし……」

鈴鹿さんはまとめた荷物を持って立ち上がった。スカートについたシワを直す。

「鳥山さん、こっちに来てるんですか?」

一度冴さんに狙われてるのに……そんなに外を出歩いて大丈夫かな。店長といい鳥山さんといい、危機感の乏しい人ばかりだ。

「ええ、私が朱雀店に行くと言ったら、自分も用事があるから一緒に、って。一人で行動するより、お互いに安全ですしね」

「それもそうかもしれませんけど……。鈴鹿さんも気をつけてくださいね。私なんて今日絶対店から出ないって決めてるのに」

「ここ来てから雅美ちゃんがずっとこんな感じでさー。冴ちゃん一人にビビり過ぎだよね」

「朱雀店長は危機感がなさすぎると思いますけれど」

鈴鹿さんはため息をつきながら言った。

「やっぱりそうですよね!店長も鈴鹿さんを見習ってくださいよ」

「相楽朱雀店長には荒木さんと瀬川君を守る義務があるんですからね。しっかりしてください」

「わかってるって。まぁリッ君の所には深夜がいるから安心だけど」

「また人任せな……。瀬川君の怪我を知ったらあのお姉さんが黙ってませんよ」

鈴鹿さんのその言葉を聞いて店長は何も言わなくなった。もしかしたら何かのトラウマが蘇ったり蘇らなかったりしたのかもしれない。

「じゃあ、私帰ります。二人とも気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございました鈴鹿さん。鈴鹿さんも気をつけてください」

鈴鹿さんは引き戸の向こう側へ消えた。これから鳥山さんと一緒に白虎店へ帰るのだろう。わざわざ遠いところまで来てもらって、申し訳なく思う。

だがそう思ったのは私だけだったらしく、店長はさっそくテレビをつけて脱力していた。

「もー、店長も少しは鈴鹿さんに感謝とかしたらどうですか?わざわざ来てくれたんですよ?」

私は鈴鹿さんのカップを片付けながら言う。すると後ろから「だって僕言われなくても知ってるし」という返事が返ってきた。私はため息をつきながら元のソファーに座る。

「それにしても、鈴鹿さん大丈夫ですかね?車だったら心配ないんですけど」

「でも冴ちゃんって喧嘩はそんな強くないしなー。それに麗雷ちゃんもいるし」

その鳥山さんは一応怪我人なんだけどなぁ。それに鳥山さんは「巻けた」とは言ったけど「倒した」とは言っていない。鈴鹿さんの身体能力がどのくらいかはわからないけれど、女性を一人守りながら逃げられるだろうか。

私は再び鈴鹿さんが車を持っていればな、と考えた。本人に確かめたわけではないけれど、普段電車で移動しているところを見ると、鈴鹿さんは車を持っていない。移動が必要なときはお兄さんに運転してもらっているから、多分必要ないのだろう。

そういう私も、仕事で自分の車を運転したことは一度もない。普段の生活でも家から駅、駅から店への往復しかしていないから車なんて滅多に運転しないのだけど……だから上達しないのか。

「お兄さんは何してるんでしょうか?送ってあげればいいのに」

「さぁ?ファミリーと集会でも開いてるんじゃないの?」

「冗談言わないでください」

本当に危機感が乏しいなこの人は。私はもう一言くらい文句を言ってやろうとしたところで、エプロンのポケットに入れているスマホが鳴った。この音は電話だ。それが鳥山さんからのものだと確認して、私は通話ボタンを押した。

「はい、もしも……」

《あんたら、まだ店にいる!?》

「えっ?」

《あいつに襲われてんの!早く来なさい!》

パッと店長の方を振り返る。鳥山さんの声はかなり大きい。おそらく店長にも聞こえていただろう。

「ば、場所はっ!?」

《駅の裏の……!なんか狭いとこ!鈴鹿さんが怪我してるからッ。早く!》

駅の裏の狭いとこ?どうやら鳥山さんの状況ははかなり悪いらしい。いつも冷静な鳥山さんが焦っている。

「とにかく、すぐ行くから持ちこたえてっ!」

電話口にそう叫んで再び店長の方を見る。が、店長はすでにそこにはおらず、引き戸の前で「雅美ちゃん早く」と言っていた。私は慌てて立ち上がる。

一足先に外に出た店長は、私が引き戸をくぐるのと同時にヘルメットを投げて寄越した。私はそれを慌ててキャッチする。

「乗って」

「バイクの二人乗りは法律で固く禁止……」

「そんなこと言ってる場合?」

私はおとなしくバイクの後ろに跨がった。車で行かないのは、目的地が細い路地裏であるためだろう。

鈴鹿さんが店を出てからまだそんなに経っていない。鳥山さんと合流して駅へ向かっていた所を襲われたんだ。

猛スピードで走り出したバイクから振り落とされないように、必死で店長の背中に捕まりながら二人の無事を願った。




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