今、どこで何をしているの?




「最初はお客さんだと思ったんです。店の方に荒木さんがいない事に気付いて出て行ったら、引き戸の前に立っていて。近づいたらナイフを出されて、そのあとはまぁ、帰ってもらいましたけど」

ベッドに座った瀬川君の説明は、とても曖昧でよくわからなかった。もっと詳しく聞きたかったが、店長も何も尋ねないし、私も黙っていることにした。「帰ってもらった」って、追い払ったじゃなくて?ああ、やっぱり曖昧でよくわからない。

「それにしても、リッ君が無事でよかったね」

「そうですね。僕が死んでいたら店長の仕事が二倍になりますからね」

店長は「ははははは」と笑った。瀬川君、店長がいなかったから刺されたとかで店長のこと恨んだりしないよね。

私は白い個室を見回した。こういう怪我って個室がもらえるものなのかな。確か北野さんも個室だったような気がする。と、その時、後ろの扉が開いた。

「また個室なんて贅沢なことしはりますね。そないたいした怪我でもないでしょうに」

振り向くと、相変わらず着流し姿の神原さんが室内に入ってくる所だった。

「誰のせいで怪我したと思ってるのさ」

「ボクのせいやありませんて」

そう答えながら神原さんは私達の隣に立つ。それから、白々しく「どないな理由でボクは呼ばれたんでしょか?」と言って店長を見た。

「とりあえず座ったら?」

「椅子ないやないですか」

「閻魔は空気イスでいいじゃん」

「もう何も言いませんわ」

結局神原さんはその場に立ったままで話を始めた。

「店長はんが聞きたいのはあれですよね。六年前の」

五年前、神原さんは花木冴と九つ歳の離れた姉、花木咲(はなきさき)を殺した。願ったのは、咲さんにとって顔も見たことない女。理由は怨恨。依頼人の浮島円香(うきしままどか)は咲さんに自分の彼氏を取られたのだと思った。

実際、それが真実なのかはわからない。私は咲さんも、浮島さんも、その彼氏のことも何も知らない。そう書かれているんだから、事実なんだと思う。浮島さんは咲さんの死を願った。その願いを叶えてくれる場所があった。

「何でも屋」だ。

白幡市に住んでいた浮島さんは、何でも屋白虎店に足を運んだ。彼女の依頼の担当者になったのは、当時まだ高校一年生だった神原閻魔。神原さんは浮島さんの願いを叶えた。当時まだ高校一年生だった神原さんが、咲さんを殺したのだ。

最も無惨な方法で。とても綺麗に。

「という訳で、ボクはただ仕事しただけや。その妹が今更どうこうとかボクには関係のない話やろ?」

「違うでしょ。閻魔がちゃんと口止めしておかなかったから僕らがやったってバレたんじゃん」

神原さんは「口止めはしましたって」と細い目をさらに細めて笑った。神原さんが話してくれたのは、見せてもらった報告書に書いてあったような表面の部分だけだ。咲さんは最愛の姉を殺されて怒っている。そんなこと誰にでもわかる。

「それにしても、何で私達まで狙うんでしょうね。神原さんだけ狙えばいいのに」

「雅美ちゃんはたまに毒吐くんやね。ボク悲しいわ」

しかし私の意見はもっともで、ベッドの上で瀬川君も賛同した。不思議なことに、私にとって神原さんは一番毒づいていい相手だった。別にどうでもいいと思ってるからかな。

「連帯責任ってやつじゃない?まったく、閻魔のせいで」

「せやからボクのせいやないですって。連帯責任やないですか」

だいたい、何でお姉さんを殺したのが何でも屋の人間だということがわかったのか。それはもちろん誰かが告げ口したからだし、その誰かがわかれば苦労しない。

「それに、依頼人も殺されてますやん。みんな薄々感づいとったやないですか」

「まぁね。いつ出て来るかなとは思ってたけど。あんまり遅いから一瞬諦めたのかと思った」

「そないに上手くいかへんもんですね。誰かに依頼さえしてもぅたら……」

「閻魔」

言いかけた神原さんを店長がちょっと睨んだ。私には神原さんの言葉の続きを想像できなかったから、店長がなぜ制止したのかわからなかった。ただ、その顔面が拗ねた女の子の顔みたいでかわいいな、と頓珍漢な事を思っただけだった。

私が神原さんの言葉の続きを考えているうちに、神原さんは「ほなボクは帰りますわ。仕事もありますし」と言って扉の方へ歩き始めた。

「何言ってんの。黄龍の暇さなんてうちとたいして変わらないでしょ」

それには何も答えずに、神原さんは「お大事に」と会釈してドアノブを捻った。神原さんが扉の向こうへ消える一瞬前、店長が「帰り道気をつけて」というなんとも不似合いな言葉をかける。

それもそうか。この仕事をしている全ての人の中で、神原さんが一番花木冴さんに殺される確率が高いんだから。冴さんが自分の姉を殺した人の事をどこまで知っているかは知らないが。

しかし、それにしても不似合いな言葉だ。店長がそんなこと言うなんて、っていうのもあるし、まさか神原さんに言うなんて、っていうのもある。この二人の関係って、本当によくわからない。

「さて、今の説明でわからなかった馬鹿は挙手してください」

「そんな風に言われて手上げる人普通はいませんよ」

店長はたぶん説明するのが面倒臭いだけなんだろうし、私も神原さんの説明でだいたいわかったから何も言わずにおく。瀬川君は相変わらず無言だった。

「リッ君はとりあえず入院だし、仕方ないから二人で行こっか」

顔を上げると、店長が私を見ていた。どうやら今の言葉は私に向けて放たれたものらしい。店長はじっと私の答えを待っている。

「どこに行くんですか?」

「行こっか」と言われても、どこに行くのかわからない。店長は椅子から立ち上がって言った。

「もう一人の重要参考人のところ」



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