今、どこで何をしているの?2




店長の黒い車の助手席で外の景色を眺めていると、今からどこに行くのかが何となくわかった。この景色は前に見たことがある。行き先はおそらく白虎店だ。

「店長、鳥山さんに話聞きに行くんですか?」

この三秒後、私は本当に馬鹿なことを言ったと後悔した。

「麗雷ちゃん?何で?」

「え?あ……」

鳥山さんには口止めされていたのに。つい口を滑らしてしまった。私が何か言い訳を思い付く前に、店長が気付いてしまった。

「なるほど、冴ちゃんの事麗雷ちゃんに聞いたのか」

「う……」

「ふーん、麗雷ちゃんは自転車で事故りそうになって冴ちゃんが助けてくれたけど名前も言わずに去って行ったからお礼を言いたいんだ」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」

さすがに外が薄暗くなってきた。何でも屋で働いている人が狙われているというのなら、もちろん私だって狙われているはずだ。それでなくても私は冴さんに顔を見られている。なるべく暗くなる前に帰りたい。

「そういえば、鳥山さんじゃないんだったら白虎店に何しに行くんですか?」

「次の重要参考人に会いに行くんだよ。依頼人が仕事を頼んだのは白虎店でしょ?」

あ、そうか。そう考えれば、五年前に白虎店にいた人ってほとんど重要参考人じゃないか?

「思ったんですけど、神原さんって前白虎店にいたんで すか?」

浮島さんは白虎店に依頼をした。そして担当者になったのは神原さん。だとしたら、神原さんは昔は白虎店に勤めていたはずだ。

「そうそう六年前に移動したけど。五年前の三月五日」

やけに正確だな、と思ったけれど、深く追及せずに「そうですか」とだけ言っておいた。白虎店の何の特徴もない建物が見えてくる。

駐車場に車を停めて、建物の外壁に取り付けられている階段を上った。ひっそりと【何でも屋白虎店】と書かれている扉を開け、中へ入る。

「にぃぽん居るー?」

店長の後ろで室内を見回すと、部屋にいた数人の人達がこちらを見ていた。店長用のデスクにお兄さんはいない。こちらを見ていた人達はすぐに視線を逸して自分の仕事に戻った。

「お兄さん、いないんですかね」

すると、奥の方から藍本さんがやって来た。相変わらずラフな格好をしている。

「すみません、店長は今ちょっと……」

「いないの?」

「そういうわけじゃないんスけど」

藍本さんはそう言って奥の会議室の方をを見た。

「今ちょっと鳥山と話してて」

「まぁ麗雷ちゃんにも用あったからちょうどいいか」

そのまま会議室の方にズンズン進んでいく店長。藍本さんは「あっ、ちょっと!」と引き止めたが、店長は無視して会議室の扉を開けた。

「ちょっとにぃぽんに話あるんだけど今いい?」

店長の後ろから中を覗くと、向かい合って座っているお兄さんと鳥山さんが呆気に取られた顔でこちらを見ていた。私の横で藍本さんがため息をつく。

「またお前は連絡もせずに……」

というお兄さんは何故だかちょっと嬉しそうだ。どこまで弟のことが好きなんだよこの人。一方鳥山さんは視線をそらして気まずそうな顔をしている。

「鳥山、すまないがちょっと外で……」

「ああ、大丈夫。麗雷ちゃんにも用があるから」

鳥山さんが私を睨んだような気がした。今度は私が視線をそらす番だ。藍本さんは「じゃあ俺はこれで」と言って部屋の奥の方に戻って行った。お兄さんが自分の隣の席を進めるが、店長はそれを無視してお兄さんと鳥山さんの中間の席に座った。私も店長の左隣に座る。これで席順は部屋の奥から鳥山さん、店長、私、お兄さんだ。

「鳥山も関係しているということは、神原の事か?」

「まぁね。実はうちのリッ君もやられちゃってさ」

店長の言葉に鳥山さんが顔を上げる。ちょうどそこへ鈴鹿さんが入ってきて、人数分のコーヒーをテーブルの上に置いた。帰り際に、私に微笑んでくれたのが何だか嬉しかった。

「そうか……。鳥山がやられた事は知ってるんだな?」

「詳しくは知らないけど。まぁ、玄武店でも一人出てるみたいだし、にぃぽんの所でももっと居るんじゃない?」

お兄さんは一瞬黙ったが、すぐに口を開いて「秋山と竜胆もやられた」と答えた。それに驚いたのは鳥山さんだ。どうやら初耳だったらしい。

「ちょっと店長!私そんなの知らなかったんですけど!」

それにお兄さんは表情を変えずに答える。

「言ったらお前は反省しないだろう」

「別に、この程度の怪我すぐに治ります!」

「俺は怪我した事に怒っているんじゃない。隠していた事に怒っているんだ」

「仕事に支障はありません」

「仕事よりも自分の身を大事にしろと言っているんだ」

ヒートアップしていく二人の言い合いを、店長が「まぁまぁ」と言って仲裁する。二人はムッとした顔で黙った。

なるほど、部屋に入ったとき、鳥山さんが怒られているような雰囲気だな、と感じたが、まさしくそうだったらしい。鳥山さんは冴さんにやられた怪我を黙っていた事がばれてお兄さんに怒られていたのだ。過去の事例を考えると、このあと鳥山さんは病院に行かされることになるだろう。

「それにしても秋山ちゃんもやられたか。でも冴ちゃんってたいして強くないでしょ?」

二人が落ち着いたのを確認して店長が尋ねる。お兄さんはいつもの冷静な口調で答えた。

「不意をつかれたらしい。財布落ちましたよ、と言われて振り返った所を腹に喰らったそうだ。今は入院しているよ」

「グサッとやられたの?」

「あぁ、少しだが内臓まで刃が届いていたそうだ」

私は腹にナイフが刺さった所を想像して思わず身震いした。その秋山さんという人は、一体どうやって冴さんを撃退したんだろう。

お兄さんはコーヒーを一口飲んで、言いにくそうに口を開いた。

「その……神原には言ったのか?」

「一応言ったけど」

「そうか……。やはり協力は無理か?」

「協力しても意味ないでしょ。閻魔が土下座しても冴ちゃんは許してくれないだろうし」

私と鳥山さんは黙って二人の話を聞いていた。私も鳥山さんも、浮島さんの依頼の事をよく知らない。何か口を挟もうにも何て言ったらいいのかわからないのだ。

「神原はどうすると言っていた?」

「別に何も。仕事があるからとか言って帰った」

「だが何かしらするだろう。わからないか?」

「何で僕に聞くのさ。本人に聞いてよ」

「いや、お前ならわかるかと思って」

「意味わかんないし。根拠ないじゃん」

「だがお前らは仲がいいだろう。俺は少し心配だ」

思わず店長が押し黙った。お兄さんは、一体どこを見て「仲がいい」と思ったんだろう。鳥山さんは二人の顔を交互に見て不思議そうな顔をしている。

「……僕はにぃぽんの頭が心配だよ。いったいどんな見方すれば僕と閻魔が仲良く見えるわけ?」

店長がため息まじりに言う。お兄さんは真顔で「違うのか?」と言った。

「全然違うね。だって僕、閻魔のことあんまり好きじゃないもん」

「だが話は合うだろう」

「合わないよ。何考えてるかわかんないし」

私は神原さんに会った時、何となく店長と同じ雰囲気がすると思ったのだけれど。と、ここで今まで黙っていた鳥山さんが口を開いた。

「あのー、さっきから思ってたんですけど神原って誰ですか?」

視線が一斉に鳥山さんの方に向いて、鳥山さんは少しビックリする。それから「何か聞いちゃいけない事を聞いてしまったのだろうか」という不安の色が顔に浮かんだ。

「何だ、麗雷ちゃんに言ってなかったの?」

「鳥山はアルバイトだし、関わりのない人間かと思って……」

「アルバイト」という言葉にムッとした顔をする鳥山さん。しかし文句をこらえて、もう一度、先程よりも語調を強めて「神原って誰なんですか?」と言った。そこでようやく鳥山さんに神原さんの説明がされる。

「あれ?」

そして、鳥山さんへの説明を聞いているうちに、私は気付いてしまった。

「そういえば、犯人がわかってるんだから、冴さんを警察に突き出せばいいんじゃないですか?」

思い付いた瞬間、ナイスアイデアだと自分を褒めた。口に出して、何でみんな今まで気づかなかったんだろうと不思議に思った。

部屋を見回してみんなの反応を確認すると、鳥山さんが呆れていて、お兄さんが呆気に取られた顔をしている。隣の店長はなぜか「まぁ雅美ちゃんだししょうがないよね」と、私を励ますように言った。

「な、何でですか?確かに冴さんは可哀相な立場だけど……私達も狙われてるわけですし、現実的に考えると……」

今この瞬間だって、冴さんがこの仕事をしている誰かにナイフを向けているかもしれない。だったら、一刻も早く冴さんを捕まえて警察に引き渡しちゃえばいいんだ。

「あのね雅美ちゃん、」

「あんたバッカじゃないの?」

鳥山さんの「バッカじゃないの」に、説明をしようとした店長は口を閉じた。今の「バッカじゃないの」には、本当に「信じられないわこいつ」という気持ちがこもっていて何だかとても悲しかった。

「そんなことしたら、その神原って奴も捕まっちゃうじゃない」

「あ」

そういえばそうか。私達が黙ってても冴さんが言うだろうし。

「でも別に捕まっても問題ないような……」

言ってから何て酷い言葉なんだろうとちょっと後悔したが、鳥山さんが突っ込んだのはそこではなかった。それに私はどうせ捕まっても何でも屋パワーでいくらでも無罪にできるんじゃないかと思ったから言ったのだ。

「違うわよ、何でも屋の人間が捕まったら何でも屋全体に迷惑がかかるでしょ、ってこと!」

「まぁそういう事だね。勘のいいお客さんとかはわかって来てるのかもしれないけど、やっぱりイメージって大事らしいし。マスコミとかに知れたら僕ら仕事無くなっちゃうよ?」

な、なるほど……。そこまで考えなかった。ああ馬鹿な事を言ってしまった。もっとよく考えてから言うんだった。

「五年前もニュースになったしね。ホントに閻魔の馬鹿のせいで」

店長が少しだけ苛々のこもった声で言う。五年前、神原さんが咲さんを殺した事はだいぶニュースになったらしい。

「仕方ない。あの事件が起こるまで、神原があんな奴だとは知らなかったじゃないか」

「は?何言ってんの?閻魔は初めっからあんな奴だったじゃん」

意見が食い違う二人。しかし店長とお兄さんだ。もちろんお兄さんが「お前が言うならそうだったかもしれない」で終わる。この二人兄弟喧嘩とかしたことあるのかな?

「にぃぽんはこれからどうする?」

「もちろんお前達と一緒に事件の解決を……」

「あ、共同作業とかはナシね。うっとうしいから」

「…………」

あなたわかってて言ったでしょう。お兄さんを馬鹿にすると鳥山さんがイライラするんだよなぁ。怖い怖い。

「とりあえず俺はこれから父さんに話をしに行く。三人も怪我させられたんだ。早く何とかしなければ」

「ふーん、頑張って」

「いや、私達も頑張りましょうよ」

「だって頑張るとかキャラじゃないじゃん?」

瀬川君のために!とか思わないのかな……。いや、でも、こうしていろんな人に話を聞いて回っているってことは、やる気はあるわけで。

「でもまぁ金ちゃんとこ行くなら何言ってたか後で教えてよ」

話は終了とばかりにイスから立ち上がる店長。私も慌てて立ち上がった。店に帰る前に、病院に寄って行かなければならない。瀬川君にこの話し合いの報告をしなければ。

店長と私が立つと、「そこまで送る」とお兄さんも立ち上がった。

「え、いいよ気持ち悪い」

「いや……」

それだけ言って先に会議室から出て行くお兄さん。店長と私も出ると、コーヒーの入っていたコップを全て片付けて鳥山さんもついて来た。

白虎店を出て階段を下りる私達。なぜか鳥山さんも一番後ろをついて来ている。私に文句の一つでも言うつもりかな。

車の止めてある駐車場まで行こうとすると、お兄さんが店長を呼び止めた。店長は私に「先に行ってて」と言うと、お兄さんと一緒に店の裏の方に消えてしまった。必然的に鳥山さんと二人きりになる。

「あんた……」

「は、はいっ」

さっそく罵倒タイムの始まりか?と思ったが、鳥山さんは眉を寄せて心配そうに私を見ていた。

「大丈夫なの?さっきの話で犯人に会ったって言ってたじゃない」

「え?あ、ああ……大丈夫だよ。人目に付くから、って何もせずに帰って行った」

正直拍子抜けだ。それにしても、私は鳥山さんに対してなんて失礼なイメージを持っていたんだ。反省反省。

「そ、そういえば、店長達何の話してるんだろうね」

なんだか恥ずかしくなったので話題を変えたくてそう言った。鳥山さんは店長達が消えた方を振り返る。

「そうね。私達には言えないことなのかしら。ちょっと見に行ってみる?」

「それってようするに盗み聞き?」

鳥山さんにはそれには答えずにさっさと歩き出した。私は迷うことなくそれに着いて行く。私だって気になっているのだ。

建物の角から顔を半分だけ覗かせると、三メートルほど離れた所に座り込む店長とその隣に立っているお兄さんがいた。思っていたよりも近くにいて、バレないか冷や冷やした。しかしお兄さんは背を向けているのでこちらに気付いた様子はない。店長は面倒臭そうにお兄さんと話している。

「だから何もしてないって。そのままそ━━っと帰った」

「本当か?俺はあの場にお前が居たことにもう……」

「大丈夫だって。実際今まで大丈夫だったんだし」

「しかし今回の事でお前の名前が出たら……」

「にぃぽん心配しすぎ。将来ハゲるよ。つかハゲろ」

「何の恨みがあって!?」

鳥山さんが私の頭の上で「お前がハゲろ」と呟く。店長の毛根の危機!

「とにかく、お前は表立って動くな。父さんの所には俺が行くから」

「あー、うん。でも僕表立って動くより陰でこそこそする方が好きだからそこは心配しなくてもいいよ」

「そうか……。いや、お前の事は信じているが。そういえば、まさか陸男辺りに言ったりなんかしていないよな?」

「え?言った言った、当たり前じゃん。むしろあの時にぃぽんが知ってたことの方が驚いたくらいだよ」

「……そうか……」

お兄さんの背中が泣いている。ちょっと可哀相になってきたな。実の兄なのに陸男さんの次って……いや、何の話なのかは正直掴めてないんだけれど。それから、さっきから鳥山さんが歯ぎしりしてて怖い。

「大丈夫だって。そんなことペラペラ喋るほど陸男だって馬鹿じゃないでしょ。勉強は出来なかったけど」

「陸男は大丈夫だと思っているが……神原はわからないだろう」

「ああ━━……。……言っとく」

「言って聞くような奴ならいいけどな……」

何かは知らないが、神原さんは店長の秘密を握っているらしい。それってヤバいんじゃないの?鳥山さんは私の頭の上で「何隠してんのかさっさと言えこのマフィアもどき」と呪文を唱えている。そんなに店長の弱みが知りたいのか。

「んじゃ僕帰るね」

立ち上がる店長。私達は慌てて頭を引っ込める。しかしお兄さんの「待て」という言葉に、もう一度恐る恐る二人の方を覗いてみた。

「何?」

「もう一つ話がある」

「長っ。簡潔にまとめようよ」

再び壁から頭を出すと、お兄さんがこっちを向いていて今度は店長が背中を向けている。

「蓮太郎、お前まだあの子と……」

「あ、その話はちょっと待って。それは後」

お兄さんが不思議そうな顔をした。

「後と言ってもお前に会う機会なんて滅多に無いだろう」

そうなんだ……。可哀相なお兄さん。毎日のように顔を合わせているのが何だか申し訳なくなってくるよ。鳥山さんは鳥山さんで「ちょっとは兄孝行しなさいよグータラ野郎」と呟いている。頭の上の呪詛も、なんかもう慣れました。

「うん……だからと言って会いに来たりはしないでね」

「だからこそ今の内に話せるだけ話を……あ、いや、ゴホン。今の内に話をしておこうじゃないか」

今ちょっとお兄さん本音漏れたよね?鳥山さんが見ていられないとばかりに顔を手で覆った。私も見ていられないよ。お兄さんが可哀相すぎて。

「いや、でもそこに……」

そう言いながら振り返った店長は、人差し指をこちらに向けていた。転がるようにして頭を引っ込める私達。

「なんか雅美ちゃん達がいるっぽいし」

「何?」

鳥山さんと二人であわあわしていると、一人分の足音がこちらに近づいてきて建物の角からお兄さんが顔を出した。

「……いつから居たんだ」

私達はしゃがみ込んだまま「あははは……」と引きつった笑みを返した。

「雅美ちゃんと麗雷ちゃんって僕達のこと付け回すの好きだよねー。そして懲りないよね」

お兄さんの後ろからひょっこり顔を出す店長。お兄さんは呆れ気味に言った。

「わかっていたなら言えと前にも言っただろう」

「こそこそされると気になっちゃうんだよね」

私ではなく鳥山さんの方を見る店長。確かに鳥山さんが「見に行こう」って言わなかったら盗み聞きしてなかったな。

「わ、わかってるならこそこそするんじゃないわよ……っ」

あくまで強気な鳥山さん。店長にはホント突っ掛かるなぁ。しかしこのあと鳥山さんはお兄さんに怒られていた。

そのあとは「お互い気をつけよう」的な話をして別れることになった。帰る前に、店長が鳥山さんに何か言っていたのが気になったが。店長の言葉に鳥山さんが顔を赤くして「わ、私には関係のない事だからっ」と言い返していた。うーん、気になる。

店長の車に乗り込んで、二人に見送られながら瀬川君の入院している病院に向かった。移動中、つい気になっていた事を聞いてしまう。

「あの……店長」

「んー?」

「あの子って誰ですか?」

教えてくれないとは思うけれど。気になるから聞いてしまう。「まだあの子と」何なんだよっ!

「あの子ってどの子?」

「だからあの子ですよっ。さっきお兄さんと話してた!」

「あーあ、言わなきゃ会話は聞こえなかったって誤魔化せたのに」

「いいですよ、どうせバレてるんだから。それより"あの子"って誰なんですか?」

「気になる?」

「当たり前じゃないですか」

「ふーん、まぁ言わないけどね」

やっぱりね。期待なんてしてなかったけどさ。

「あれ?怒っちゃった?」

「別に。いつもの事ですもん」

「雅美ちゃん大人になったね〜」

「おかげさまで」

そんなくだらない会話をしつつ、病院へ向かう。駐車場に車を停め、瀬川君の病室に向かった。病室のドアを開けて、私は驚いた。

「深夜さん!」

「よっ」

深夜さんがベッドの上であぐらをかいていたのだ。ちなみに、ベッドを使うべき怪我人の瀬川君は、来客用の椅子で本を読んでいる。

「いつから居たんですか?」

「一時間くらい前だな」

そうだったんだ……。お見舞いかな?そう考えていると、なぜか遅れて入ってきた店長がベッドの上の深夜さんを見て言った。

「そこリッ君のベッドなんだけど」

「おー、何してたんだよお前。人を呼び付けといて」

深夜さんがピョンとベッドから下りる。肩から落ちた羽織りをさっと拾い上げた。

「アタシだって暇じゃねーんだからな」

「今日仕事?」

「まぁな。アタシもう帰るけど大丈夫か?」

「まぁ何とかなるでしょ」

それから深夜さんは私と瀬川君に「じゃあな」と言ってさっさと帰って行った。

「何しに来たんですか?深夜さん」

「リッ君が一人で危ないでしょ。だから呼んだの」

なるほど。確かに、病院まで乗り込まれたら身動きの取れない瀬川君は大変だ。個室だから助けもすぐ来ないし。

「あ、そうだリッ君。夜は鍵閉めてもいいってさ」

「瀬川君、一人で大丈夫?」

命を狙われているのに、誰もいない病室に一人でいなくちゃいけないんだ。私だったら怖くて一睡もできないと思う。

「僕は雅美ちゃんの方が心配だけど。さすがに家まで乗り込んで来たりはしないだろうけどさ」

「そ、そっか……。って、店長は大丈夫なんですか?家バレてますけど」

私なんてまだマシだ。居場所がばれてないんだから。でも店長の家は店の二階だ。場所もばれてるし一人だし、正直私なんかよりずっと危ない気がする。

「ああ、僕は全然大丈夫」

「とか言って明日死体で見つかったりしないでくださいよ」

そのあと瀬川君にさっきの話し合いの結果報告をして、「戸締まり気をつけて」と何十回も言ってから店長の車で店に戻った。まだまだ寒い冬の空はもう真っ暗だった。

「雅美ちゃん、送ってくから荷物取ってきて」

「はい」

私は有り難く家まで送ってもらう事にする。部屋からリュックを取って戻ってくると、店長が私の自転車を車に乗せ終わった所だった。

「そういえば、店片付けるの忘れてましたね」

車に乗り込みながら適当な話題をふる。店長は黒い車を走らせた。

「明日雅美ちゃんが片付けてくれると期待する」

「店長も手伝ってくださいよ」

その時、ポケットに入れておいたスマホが鳴った。この音はメールの着信だ。私はスマホのロックを解除した。

「報告……?」

タイトルに【報告】と書いてある。差出人は【黄龍本部総務部】。

「にぃぽんが黄龍に連絡したんだね。たぶん冴ちゃんに気をつけて、って内容だと思うけど。開けてもいいよ。フィッシング詐欺とかじゃないから」

メールを開くと、冴さんの顔写真と【要注意人物】の文字が飛び込んできた。店長の言う通り、内容は冴さんを見かけたら挑発せずにその場を立ち去ること、見かけた場所と時間を各店長に報告することという物だった。

「それにしても、私のスマホにも送られてくるんですね。メール」

「当たり前じゃん。全員に一斉送信だもん」

面接時に提出した履歴書を思い出して、メールアドレスなんて教えてなかったはずだが、と考えた。差出人の所も登録なんてしてないのに【黄龍本部総務部】になってるし。私の個人情報、いったいどこまで知られてるんだろう。

私はもう一度冴さんの顔の画像を眺めてみた。黒いブレザーを着て緑のリボンをしている。学校の制服だろうか。写り方からして、たぶん学生手帳か何かの写真。

冴さん、なんだか可哀相だな……。そう考えておかしくなった。こっちは仲間を何人も傷付けられているのに、可哀相だなんて。

でも冴さんは大好きなお姉さんを殺されて、どうしていいか分からなくなっているだけなんだ。悲しくて辛くて仕方がないはず。できることなら、何とかして助けてあげたい。

……そう思っているのは、私だけかもしれないけれど。

私はチラッと隣の店長を見てみた。瀬川君も、鳥山さんも怪我を負わされて、冴さんの事を敵視しているに違いない。店長やお兄さんも自分の店の人が傷付けられて怒っていないわけがない。誰にも言えない。

冴さんを助けたいだなんて、誰にも言えない。



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