どうして私なんだろう3
「さて、」
時刻は午後六時半。店長はなんやかんや言いながら店を出て行った。瀬川君は相変わらず自分の部屋にこもっている。まさか今日に限って、普段来もしないお客さんが来たりはしないだろう。ということで、私は今大量のファイルが詰め込まれた本棚を全力で動かしている所だった。
「……やっぱ全然動かない」
本棚には細いレールが埋め込まれているが、ファイルがパンパンに詰込まれた本は重たく、引いても少しずつしか動かない。何でこんな不便な所に扉を隠したのだろうか。
それでも一生懸命本棚を引いていると、三、四分くらいで書庫への扉が出現した。迷わず中へ入る。万が一お客さんが来たら、店に誰もいない事になる。なるべく急いで戻らないと。
階段を途中まで下りて振り返る。
「…………」
本棚、あのままだったらお客さんが来た場合に扉の隠し場所がバレちゃうな……。でも内側からは本棚動かせないし……。
私はいったん店に戻ると、店裏の空き部屋から適当に段ボール箱を持ってきた。扉の前に段ボール箱を用意してから中に入り、本棚のあった場所に段ボール箱を積み上げる。
「これでなんとかなるかな……」
私は今度こそ書庫の中へ突入した。書庫の中は薄暗く、古い階段は何度か足を踏み外しそうになった。
「うわぁ……」
何度見てもすごい量の資料。一瞬怖じけづくが、気を取り直して本棚の奥へ進んでいく。鳥山さんの話では、その傷の人の資料は三、四年程前のものかもしれないという事だ。確証はないが、その辺の資料を探している時に見かけたような気がすると言っていた。
しかし三、四年前の資料と言ってもそれだけで膨大な量がある。この書庫の書庫の並べ方は古い物が奥の方にあるみたいなので、三、四年前の資料は比較的手前の方にあった。
とりあえず一冊ファイルを取ってみる。そのファイルはすでに埃を被っていた。
「これは……違うか」
一冊一冊中身を確認していく。写真だけを見ているので一冊見終わるのにそんなに時間はかからないが、それでも見るべきファイルは一向に減る気配がない。
「はぁ~……キリがないな」
その後も一冊一冊くまなく見ていったが、首に傷のついた人物が写っている写真はなかった。
「どうしてだろう……」
見落としたのか?それとも鳥山さんの記憶が間違っていた?わからない、が、もう一度見ている時間はない。私は仕方なく店に戻ることにした。
階段を上がっていくと、書庫の扉が開いているのが見えた。私はちゃんと閉めて段ボール箱で隠して来たのにおかしい。私は注意しながらゆっくりゆっくりと階段を上がって行った。そっと扉から店の様子を伺うと、瀬川君がカウンターの前で何かしている。こちらには背中を向けていて、その表情は見えない。
「……瀬川君?」
恐る恐る声をかけると、瀬川君は相変わらずの無表情で振り返った。しかし、振り返った瀬川君を見て私は驚いた。
「どうしたの!?その腕!」
瀬川君は血で真っ赤になった左腕に、不器用に包帯を巻いている所だった。かなり痛そうだが、瀬川君はいつも通り無表情だ。私は慌てて瀬川君に駆け寄った。
「さっき店に入って来た人にナイフで……」
「きゅ、救急車呼ぼう!」
私は自分のポケットにスマートフォンが入っているのも忘れて、カウンターの固定電話に飛びついた。震える指でボタンを押し、救急車を呼ぶ。
「救急車すぐ来てくれるからね!あ!包帯!私が巻くよ!」
片手では包帯も上手く巻けないだろう。私は瀬川君の右手から包帯をぶん取ってきちんと巻直す。その間に私は心を落ち着かせる事ができた。
「それで、これは誰にやられたの?」
店内をよく見回してみると、観葉植物が倒れたり書類が床に散らばったりしていた。轟木さんの時ほどではないが、争った跡が見える。
「顔は見てない。身長はこれくらいだった」
そう言って瀬川君は、右手を自分の頭より数センチ低いところに持ってきて、犯人の身長を表した。瀬川君より数センチ低いってことは、百六十五センチくらいか……。それってまさか、
「フードを被っていたから顔がわからなかったんだけど、監視カメラに姿は写ってるだろうから。見る?」
「あ、うん……って、監視カメラ?」
「うん……あそこにあるの、知らなかった?」
そう言って瀬川君は、引き戸の上辺りを指差した。しかし瀬川君が言っているのは、おそらく引き戸の外のことだろう。どっちにしたって、監視カメラなんて全く気がつかなかった。
「他の店にもあるよ。僕のパソコンでも見れるけど」
「もちろん見るよ」
「そう、なら……」
その時、目の前の引き戸が勢いよく開いた。ヘルメットを被った男性が二人入ってくる。
「怪我人はどこですか?」
瀬川君が普通に立って普通に話すから、救急車を呼んだことをすっかり忘れてた。
「あ、この人です……」
瀬川君が無言なので私が答える。救急隊員の人達は瀬川君が歩けるのを確認すると、担架を片付けに行った。残った一人が瀬川君を救急車に案内しようと近づく。その前に、瀬川君が私に囁いた。
「荒木さん、僕の部屋からノートパソコン持ってきて。あと、引き戸に貼り紙しておいて」
「わかった」
私はすぐに瀬川君の部屋に向かった。瀬川君の「一人付き添いにいいですか」という声を背中で聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます