ため息注意報
「あっ、深夜さん!」
「おー!雅美じゃねぇか!」
半年ぶりに深夜さんに出くわした。時刻は十時四十二分。今日はちょっと遅刻だな、と思いながらバイトへ向かっている所だった。
「久しぶりだなぁ!」
そう言って肩をバンバン叩いてくる深夜さん。正直かなり痛くて、私は苦笑いを返した。
「バイトか?」
「はい。深夜さんも朱雀店に行くところですか?」
「まぁな!今日から一週間休みもらえてよ、とりあえずレンのとこ行って、リュウのとこ行って、それからまた考えるわ」
そう言って豪快に笑う深夜さん。そういえば、今日はいつも羽織っている着物はなく、普通に上着を着ている。私と深夜さんは並んで歩き出した。
「他の友達とかはいいんですか?せっかくの休みなのに」
「うーん、っつってもなぁ……平日のこの時間から遊んでくれる奴なんていねぇし……」
「そっか、みんな学校ですよね」
「いや?空導で進学する奴なんてそうそういねぇよ。みんな仕事だ」
確かに……。空導高校ってすんごい不良校で、それを考えると大学に進学する人なんてごく小数なんだろうなぁ。
「あり?そういや雅美、学校は?お前大学生だろ?」
「あ、私は今日はお休みです。実は昨日学校に不審者が侵入したらしくて、先生とか先輩とかが壊された教室の後片付けしてるんです」
そう説明すると、深夜さんは「ふーん」と言った。昨日結構ニュースで取り上げられてたけど、深夜さん知らないのかな。まぁ、私も直接その不審者を見たわけじゃないから、詳しくは知らないんだけどさ。
「いろいろあんだなー。その不審者は捕まったのか?」
「いえ、逃げられたそうです。まぁ、見つけたのは中年の先生ですし、犯人はまだ若そうだったって言ってましたし」
目撃者の証言によると、その不審者はまだ二十代くらいの男性らしい。隣の教室で激しい物音がするな、と思ってその先生が見に行ったら、めちゃめちゃに荒らされていたそうだ。その教室だけでなく、人気の少ない教室から順に荒らしていたらしい。
「じゃあ雅美ラッキーじゃねぇか」
「そのかわり課題たんまり出されましたけどね」
深夜さんは「アタシが手伝ってやるよ」と笑顔で言った。私は「ありがとうございます」と答えたが、正直あてにはしていない。だって私深夜さんより頭いい自信あるし、結構イラスト描く課題多いし。何でもかんでも絵とセットにするのは、さすが芸大って感じだよね。
「あ、そうだ、深夜さんにこれあげますね」
私は鞄から取り出した、ピンクの包装紙でラッピングされたお菓子を深夜さんにわたした。
「何だこれ?」
「チョコです」
正確にはチョコレートクッキーだ。でも今日の場合はチョコで通じるだろう。深夜さんは一瞬キョトンという顔をしたが、そのお菓子の意味を理解したらしく、「ああそうか」と呟いた。
「今日バレンタインか」
「そうですよ。学校の友達に配れなかったから、材料いっぱい余ってたんです」
今日は二月十四日、つまりバレンタインデーだ。深夜さんにあげたクッキーは、本当はにっしー用に持ってきた物だったけど、それはまぁいい。家に帰ればまだいっぱいあるし、にっしーも今日バイトだからどうせ夜まで会えない。
「つーことはまさか手作りか?」
「まぁ、一応」
「へー、尊敬するぜ」
そう言って深夜さんはさっそくクッキーを一つ頬張った。まったくこの人は。せめて店に着いてから食べればいいのに。
「うん、うまい」
「ありがとうございます。お菓子はあんまり得意じゃないから、クッキーくらいしか作れないんですけどね」
料理は結構する方だけど、お菓子作りはあんまりしない。なんだか手間がかかりそうで、店で買った方が早いと思ってしまう。家にお菓子のレシピ本なんてなかったから、このクッキーのレシピもわざわざにっしーに借りてきた。
「それにしても、深夜さんうちに来るの久しぶりですね」
「だな。陸は元気か?」
「いつも通りですね」
いつも通り過ぎて言うことなんて特にないよ。
「いつも通り引きこもってんだなー、あいつは」
「まぁ、そうですね」
「つかアタシ、陸が笑ってるところとか見たことねーんだけど」
「私だってないですよ」
それからどうやったら瀬川君が笑うのか話し合いながら、ダラダラと店に向かった。
「おはようございまーす」
ガラガラと店の引き戸を開ける。開けた途端にため息が出た。目の前のカウンターで店長は爆睡していた。
「お客さん来たらどうするつもりなんですかね」
そう言って振り返ると、深夜さんの目が輝いていた。私はもう一度ため息をつくと、さっさと自分の部屋に向かった。
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