ため息注意報2





エプロンを巻いて店に戻ると、深夜さんが一生懸命店長の髪をみつあ

みにしている所だった。

「……何してるんですか?深夜さん」

「雅美も手伝ってくれ!レンが起きる前に!」

どんな面倒臭い嫌がらせだよ。ヘアゴムなんて持っていない深夜さんは、編んだ髪を押さえながら真剣に手を動かしている。

「雅美、ゴム持ってねぇ?」

「持ってませんよ。私の髪を見ればわかるでしょう」

深夜さんは私の茶色いショートカットをチラ見して「そうだった」と呟いた。

「止めましょうよ面倒臭い」

「面倒臭くねーよ。頑張ろうぜ」

「起きた店長が面倒臭いって意味ですよ」

私はカウンターの前に回って店長の頭を見てみた。何ともアーティスティックな事になっている。

起こした方がいいかなぁ。後で私にまでキレられたりしたら面倒臭いしなぁ。今のうちに起こしとこう。

「店長、起きてください!このままじゃ頭が残念な感じになっちゃいますよ!」

「あ!バカ!起こすなよ!」

そう言って店長の肩を揺すると、店長はようやく目を覚ました。そして当たり前ながら上にいる深夜さんに気がつく。

「……何してんの?」

深夜さんはパッと店長の髪から手を離した。

「いやー、暇だったから」

そう言って「ははは」と笑う。店長はむくりと身体を起こした。

「そうじゃなくて。今明らかに何か嫌がらせしようとしてたでしょ」

「いいじゃねぇかこのくらい。案外みつあみの方が似合うかもしれねぇぞ?」

「キモいこと言わないでよ。てか何でいんの?」

店長はあからさまに迷惑そうに顔をしかめた。

「だから暇だったんだって。久しぶりに遊びに来てやったんじゃねぇか」

「昨日も会ったような気がするのは僕の気のせいかな」

「おー、きっと気のせいだ」

昨日も会ってたんだ……。だから深夜さん、瀬川君の様子は聞いたけど店長の様子は聞かなかったのか。

店長はカウンターから立ち上がって私に「どうぞ」と言った。深夜さんも店長に続いてカウンターから出る。そしてそのまま来客用のソファーにダイブした。

「つか深夜は元気過ぎ。今何時?十一時じゃん。いつ寝たの?」

「アタシだって超眠ぃけど貴重な休日無駄にしたくねーじゃん」

「今日休みなら何でわざわざ昨日飲みに行ったのさ意味わかんない」

なんだかんだで仲の良い二人だな。ギャアギャアうるさいのはいただけないけど。

「あっ、そうだ店長」

私はチョコレートクッキーの存在を思い出した。クッキーを持って店長の所へ行く。彼はソファーに座ってテレビをつけた所だった。

「今日バレンタインなんで」

「ああそうか。雅美ちゃん去年もくれたよね」

大人になるとバレンタインなんて忘れちゃうのかなぁ。反応が深夜さんと全く同じなんだけど。

「アタシだって高校の時やっただろ」

「何年前の話してんのさ」

「だってお前お返しくれなかったじゃねぇか」

「ご飯おごったじゃん」

それから店長は「あれ?」と言って私の顔を見た。

「そういえば、何で雅美ちゃんいるの?」

今更か。私はさっき深夜さんにした説明をもう一度した。

「ふーん、雅美ちゃんラッキーだね」

あんたらは兄弟か何かか?まるで打ち合わせしたかのように同じ反応なんだけど。

「そのかわり課題がたっぷりありますから。クッキーのお返しは課題手伝ってくれればそれでいいですよ」

「雅美ちゃん、賢くなったね」

当たり前だ。元々そのつもりで朝から来たんだから。そうじゃなかったら、死に物狂いで今頃机に向かってるよ。

「また勉強ぉ~?」

勉強と聞いて深夜さんが不満を言う。いや、あなたさっき「手伝ってやる」とか言ってたじゃん。

「別に深夜には頼んでないし」

「だってアタシだけぼっちになるじゃねぇか」

「なら帰れば?」

「酷ぇ」

どうやら深夜さんも手伝ってくれるらしいが、それは正直どっちでもいい。でも店長が手伝ってくれるなら一時間で終わるぞーっ。早く来てよかった!

店長にクッキーも渡したことだし、今度こそカウンターに座ろうと回れ右したところで、店長が「待って」と言った。何だろうと振り向くと、店長はわざとらしい猫なで声で言った。

「雅美ちゃん、立ったついでにお茶淹れてほしいな〜」

それを聞いて深夜さんが「アタシも!」と手を挙げる。私はこっそりとため息をついた。私は雑用係じゃなくて店員ですよ。心の中で愚痴をこぼしながら台所へ向かう。すると店長と深夜さんの会話が聞こえてきた。

「アタシも、なんて深夜はホントに図々しい」

「だったらお前も自分で入れろよ。雅美が可哀相だろ」

「僕はいいの。雅美ちゃんは今温かいコーヒーが飲みたいと思ってた所なんだから」

う、図星だ。寒い外から入って来ると、温かいコーヒーが飲みたくなる。何だか店長の予想通りでちょっとムカつくな。いつもキリマンジャロだから今日はブルーマウンテンにしてやろう。しかもちょっと高いやつ。私はブルーマウンテンの缶に手を伸ばした。

「そんなこと思ってるかなんてわかんねぇだろ」

「いーや、思ってるね。雅美ちゃんは深夜みたいにゴジラじみてないから、冬にはちゃんと寒いと思う感覚持ってるもん」

「そんくらいアタシだって持ってるっつーの!」

「つうか深夜、コーヒー飲めないでしょ?雅美ちゃんに言ってきた方がいんじゃない?」

私はブルーマウンテンの缶のフタを閉めて、棚の上から紅茶のティーバックを取り出した。それとほぼ同時に、深夜さんが台所に駆け込んでくる。

「雅美!アタシコーヒー飲めねーんだ!」

めちゃくちゃ慌てた様子の深夜さんに、私は冷静な態度でこう答えた。

「ああ大丈夫です。今紅茶にしましたから」

「お、おお……そうか……」

深夜さんはそう呟いて店の方に戻って行った。私は温めたコップに紅茶を入れて、念のため砂糖の入ったケースを持って店の方に向かった。深夜さんが砂糖いれるのかどうか分からなかったからだ。

「紅茶淹れてきましたー」

紅茶を乗せたお盆を持って店に戻る。そして私は呆れた。この二人、また喧嘩をしていた。

「コーヒーの一つも入れられないなんて人間として終わってるってこと!」

店長が小馬鹿にしたように言う。

「そ、それくらいやれば出来るっつーの!」

深夜さんは立ち上がって言い返した。

「ならやってみたら?今。すぐに」

「い、今は雅美が淹れてくれてるから……」 

「まぁ深夜はガサツだしね。そんなの中学のころから分かってたけどね」

「は?全然ガサツじゃねーし!ゴジラじゃねーし!別にこのクッキーくらいヨユーで作れるし!」

「無理しなくていいって。めちゃくちゃ可哀相に思えてくるから」

私は二人のやり取りをボーッと突っ立って眺めていた。元気だなぁ、この二人。確か二人とも昨日全然寝てないんじゃなかったっけ。

「無理なんかしてねぇっつーの!あんまし馬鹿にすんなよ!?このくらいちょちょいのちょいで……」

「じゃあ作ってよ。今。ほら」

「材料がねぇだろ」

「買ってこればいいじゃん」

「…………」

「ほらやっぱり出来ない。正直言って料理とか僕の方が上手いもんね」

そりゃあそうだ。そんな勝負し出したら、深夜さんどころか私だって勝てないよ。深夜さんは拳をフルフルと震わしていたと思ったら、人差し指を店長に突き指し、怒りで顔を真っ赤にしながらこう叫んだ。

「ああ分かったよ!ならめちゃくちゃ美味いチョコレートケーキ作ってお前に食わしてやるよ!」

「へー、楽しみ。花音よりはマシなもん作ってね」

店長に怒鳴り付けた深夜さんは、クルッと方向転換して私の腕を掴んだ。その拍子に紅茶がお盆にこぼれる。

「雅美!行くぞ!」

「ど、どこにですか?」

「買い物に!」

そして私の腕を掴んだまま歩き出す深夜さん。私は慌ててお盆を店長にパスした。そのまま引きずられるように店から出て行く。店長は「行ってらっしゃーい」と言って手を振っていた。



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